第78話 続・大蛇狩り
俺はテントの中で大きな伸びをした。此処には巨大な
テントから出ると辺り一面が、
「ふわぁ~、まだ眠たいよ……」
旅に出てから。テトラを起こすことがルーティーン化してきた。
「早く出発しないと明日には着かないぞ」
「ふえぇ~~~~っ」
変な声を出して飛び起きてきた。
簡単に朝食を済ませ、いつもより一足早く出発する。まだあたりは薄暗いまま、水の音だけが森に響く。
苔むした道を慎重に進むと、沢へと降りる踏み跡があり、その痕跡を見て漸く旅の終わりが見えた。
「昨日の汚れをここで落とそう」
そう言って、足を止めた。
「久しぶりの水浴び」
荷物を置いて衣服を脱ぎだした。
「おい! こんな所で脱ぎ出すバカはいない」
「ニシシシ、誰も見てないのにどうして慌てるの?」
しれっとした顔をしながら水浴びを始めた。
からかわれているとわかってはいるが、返す言葉が見つからず負けを認めるしかない。もう少し若ければ、ズボンを脱ぎ捨てブラブラしたものを見せ付けただろうが、流石にこれが通じるとは思わない。俺も仕方なく服を脱ぎ捨て、後ろを向きながら水を浴びた。
「この少し先に、狩り場があるので仕事をするぞ 」
全身の汚れを落としながら、彼女に伝えた。
「えーー」
やる気のない返事が返ってきた。
――――テトラの歩くスピードが極端に落ちてきた。これ見よがしに足を引き摺るように歩く。俺は狩りのことを先に話して後悔した……。
「ガンバレ! ガンバレ! テ・ト・ラ!」
裏声で彼女を応援したら半切れされた。数十分、歩を進めると少し広い沢に出た。もうあと少しだと、土手にある狩り場を指差した。
水の流れで削られている土手に大きな穴が沢山開いている『蛇の巣』に
「この狩り場にはボウワという大蛇が生息している。そいつを狩り取る簡単な仕事だ」
「うひー、蛇って苦手かも……」
彼女はずいぶんと緊張した様子で、辺りを見回した。
俺は土手に空いる幾つかのボウワの巣穴を吟味して、ボウワ狩りの方法をテトラに話し始めた。
「穴の下に小石が溜まってない新しそうな穴をみつけ、その中から一番大きなやつを選ぶ。テトラは探知魔法があるので、この穴に蛇が居るか確認してみろ」
「わっ! 大きな獣の反応が出たわ」
偉そうな説明をして、空の穴でなくホッとする。
「この穴の中に大蛇が住んでいる、そこにこの煙玉を入れる」
俺は導火線に火を付け、玉から煙が出たのを確認して穴に投げ込んだ。
数分後、白煙と共に真っ黒いボウアの頭が巣穴から飛び出してきた。軽い気持ちて薙刀を上から振り下ろすと、音もなく蛇の首に刃が沈む。後ろで見ていたテトラの前に首が転がる。頭のなくなった身体が、何事もなかったように穴から這い出てきた。それは、しばらく地面をクネクネとのたうち回りやがて静かになる。
前回と違うのは、緊張感を欠いたまま薙刀を振ったことぐらいか……。大蛇に飲み込まれたノエルの姿を思い出し、ああはなるまいと反省した。
テトラは目を輝かせながら
「私も狩りたい!!」
彼女は壁に空いている穴を、魔法で確かめながている。
「巣穴を覗くと、パックリと食われるので絶対覗くなよ!」
「わぁ~今、覗くとこだったよ! そういう大切なことは先に言うもんだよ」
師匠が弟子に叱られた……
「大物がいそうなこの穴に決めたわ」
俺が煙玉を投げ込みアシストする。万が一のためテトラの後ろで薙刀を構え直す。
穴からぬるりとボウアが顔を出す。ボンという破裂音と共に首がはじけ飛ぶ。間近で見る彼女の魔法は改めて凄いと……。
頭を失ったボウアが地面でのたうち回っている姿を、キャーキャー言いながら笑っている。
「おっちゃんが狩ったのより大きいわ」
テトラは俺の狩ったボウワの横に、自分で仕留めた獲物を並べる。
「おお、見事なサイズの蛇だな」
「じゃあ次、狩るね」
数時間もせず十匹のボウワが皮に化けた。狩る時間より皮をはぐ方が時間が掛かりそうだ。テトラに皮を剝ぐのを手伝うように頼むと、キモイの一言で無視された。どうやら育て方を間違ったらしい……。しかし、探査魔法って本当にチートだと、心の底から羨ましく思った。
彼女はもっと狩りたいとお強請りしてきた。狩りを始める前とは大違いの反応に苦笑するしかない。
「ここは友人の狩り場だからこれ位で我慢な」
「うん……分かった」
素直に引き下がる――
「じゃあ、最後にこの大穴に!」
二倍以上の大きさの穴に煙玉を入れようとしたので、俺は大慌てて彼女の蛮行を止めた。
沢を抜け、また苔むした深い森の中を進む。太古から続く森に敬意さえ覚える。鳥たちのさえずりに耳を傾け、足を動かしながらドワーフ王国に近づく。後ろを振り返りテトラを見ると、しっかりと俺に付いて来ている。旅立ち当初はどうなるかと心配したが、今では休息を取る時間も減り、この短い時間で大きく成長している姿に感心した。
俺たちは勝手知ったる山道を進んでいる。どこまでも続く原生林を歩いていると、ノエルの事を思い出す。まさかもう一度ここに自分が来るとは夢にも思わなかった。
「また大鬼が出たらどうしよう……」
「この辺りは、小鬼と中鬼ぐらいしか魔物は出てこないので心配するな」
彼女の不安をかき消すために、俺はドワーフの歌を陽気に歌った。
「変な歌……」
そう言って、テトラはクスクスと笑った。
西の空が赤く染まるり、俺は最後の野営の準備をする。火を起こし今日狩ったばかりのボウワの肉を焼く。肉の塊が焼ける濃厚な匂いが鼻腔をくすぐる。最初は絶対こんな肉なんて食べないと言っていたテトラは、口から涎を出して肉に魅入られていた。
「んふぅ~幸へ……」
串刺したボウワの肉を次々と焚き火で炙る。
「焼き過ぎだぞ!」
「だってこの肉は余っても捨てちゃうんでしょ!」
「それはそうだが……」
余りにも美味しそうに食べていたので、これは俺の分だと言い出せなかった……。
テントに入るといつもなら、すぐに寝入るテトラがまだ起きている。
「この旅も明日で終わるのよね」
「ああ、問題なく昼前にはドワーフ王国だ」
「私、おっちゃんに助けて貰ったのに一度もお礼を言ってなかった」
「今更だな」
俺は大声で笑った。
「恥ずかしいから耳元で言うわね」
俺の頬に小さな唇がそっと触れた。
テトラは毛布を頭まで被り、俺が寝入るまで顔を出さなかった。
最終日――
「早く起きてよ! 今日は快晴よ」
俺はテトラに揺り起こされた。太陽が少し昇り、かなり寝過ごしたようだ。昨日は何もなかったように二人で朝食を食べる。
最後の拠点を後に俺たちは出立した。前回はノエルが霧の中を道案内して、ドワーフ国に無事に着いたが、今回は俺のナビが何処まで正確か試される。頭の中にある程度の地図は入っているが、最後で遭難なんて洒落にもならない。
ドワーフ王国に着くまで慎重に歩を進める。藪を掻き分け、前に進む度に不安が消えていく。自分はもう冒険者だと実感した。深い木々を抜けると、ついに人が作った山道が現れた。坂を下ったところでテトラは息を飲む。目の前には白い建物が建ち並ぶ都市が広がっていた。
白い街並みと青空のコントラストを見たテトラは感嘆の吐息を洩らす。
「私、この景色を一生忘れない……」
俺たちは遂にドワーフ王国に到着した――
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