第77話 試練の旅路
魔の森に入ってから半日がたつ。まだ冒険者が行き来する道が残っているので、それほど苦労せずに進んでいた。
俺たちが目指すのは、異国の中では一番近いドワーフ王国。そこでエルフ皇国の情報を集めるのが目的だ。二国間の国交を期待していたのだが、彼女の話ではドワーフとの交易は無いそうだ。文明は発達しているので、ある程度の地図は簡単に手に入ると思う。ドワーフ王国を起点に、彼らと関係の良好な国に移動し、皇国に近づければという期待を持つ。
荷物が多い旅なので、予想した距離を稼げていない。ドワーフ王国まで六日掛かると機動修正し、食料と水の配分を調節する。
「もうすぐ暗くなるから、野営の準備をしましょう」
「そうだな……」
体力を温存するため、出来るだけ水と火を使わずに保存食で乗り切る。小さなテントに二人で肩を寄せ合い睡眠を取る。もう少し深く進めば、見張りを付けなければいけないが、彼女の探知魔法がここでも大きく役立った。
「なんだかワクワクしない?」
「夜明け前に立つから早く寝ろ」
修学旅行の引率する先生みたいな言葉を吐いて、自分の顔が熱くなるのがわかった。彼女は直ぐに、くうくうと小さな寝息を立てる。暗がりで彼女を見ると天使の寝顔
「もー、顔を叩いて起こさないでよ!」
鼻をプクリと膨らまし怒る。
「何いってんだ……かなり揺らしたのに爆睡しているお前が悪い」
軽口を叩きながら山道を進む。
だんだんと植物が密生して歩きにくくなってきた。腰から山刀を抜いて藪こぎ始めた。後から少し息を荒げながらテトラが付いて来る。
「ここを抜ければ、比較的楽な山道に出るのでもう少しの辛抱だ」
「うん……」
絞り出すような細い声で返事が返ってきた。
身体を低くして笹の中を進む。ソリが魔道具だということがよく判る。普通のソリなら藪を突っ切ることなど出来なかったであろう。荷物の重さは感じないのが救いである。それでも、荷物を引いての藪歩きは当分したくないと思った。
俺たちはようやく、大きな難所を切り抜け、歩きやすい山道に出た。疲労した彼女にポーションを一瓶与えて小休止を取る。
「こんな山奥に道なんて不思議よね」
「ああ、大型獣の獣道かもな」
「怖いこと言わないでよ! 探知、探知」
便利なナビだ。
「ここから途切れ途切れでの道が、数十キロほど続くから時間を稼げるぞ 」
「もう山はお腹一杯って感じ」
(先週まで冒険者になろうかしらって言ってのはどいつだ……)生きるナビのお陰で何事もなく二日間を乗り切った。
四日目の朝、空を見上げると、雲行きが妖しくなってきた。
「とりあえず、行けるとこまで進むぞ」
「そうするしかないわね」
自分の背丈以上の藪を刈りながら、道無き道を突き進む。アップダウンの道は俺の腰を徐々に蝕む。取りあえずポーションを栄養ドリンクの如くガブ飲みして、この難所もなんとか乗り切った……。テトラは完全に白目を向いている。
遠くの方からゴロゴロと、地響きのような雷鳴が聞こえる。顔にぽつりと雨粒が当たる。
「ヤバイぞ! すぐテントの準備だ!! 俺は荷に雨よけをするので、設営はまかしたぞ」
「うん、任された」
荷造りとテントを設置した後、強い雨がテントを叩き出した。
テントの中で、稲光と雷の音が聞こえる度にギュッと身体にしがみついてくる。
「ここに雷なんて落ちやしない」
「わ、判っているけど……あの音は反則で『ドーン』ヒギィィ」
テントに雨粒がパラパラとぶつかる音が次第に大きくなってきた。雨粒の音を聞きながら、小さなテントの中で二人は縮こまる。
「雨が中々やまないわね……」
「雲の動きからそれほど続きはしないさ」
雷鳴が響き稲光がテントの中を照らすたびに、また、俺の身体をギュッとつかんでくる。やがて音が遠ざかっていくと、テトラの静かな寝息が聞こえた。
* * *
早朝、テントから出ると雨がやみ、木々の隙間から光がこぼれてくる。空に向かって大きな背伸びをして外の空気を吸う。朝食の準備を済ませ、テトラを起こしにテントに戻る。
到着に目処が立ったので、いつもよりゆったりとした朝食を取った。
「昨日の雨で足場がぬかるんでいるので気をつけて歩けよ」
「足が泥に取られて少し歩きにくいわね」
「ここからの道はある程度平坦になるから、我慢するしかないな。明後日の夜までにはドワーフ王国に着くので、それまでの辛抱だ」
テトラの顔が可愛く崩れた。しかし、その笑顔も一瞬で崩れる。
「おっちゃん! 前方にかなり強い魔物の反応が出てる」
「右にそれて、様子を見るか?」
「もう私たちを見付けて動いている感じなのよね」
「仕方がない、此処でやり合うしかね―な」
ソリを木の陰に寄せ、俺たちは臨戦態勢を取った。
数分後、前方の藪から二メートル以上の、ねずみ色の皮膚をしたゴリラのような身体に醜い顔の大鬼が現れた。
「あれはヤバイ……大鬼だぜ。テトラよく聞けよ……奴は冒険者が六人掛かりで何とか倒せる相手だ。俺の腕では到底かなわない。しかし、お前が居る。魔法を足に当てさえすればこちらの勝ちだ。けどよ……お前がやられたら完全に詰む。」
大鬼が牙を剥いて威嚇してきた。
「私はどうすればいいの」
「俺が身体を張って大鬼を止めるから、何があっても気にせず魔法に集中しろ。助けようとは絶対思うな。片足をとばせば俺らの勝ちだ!!」
テトラは片手を前に出し、手のひらから魔法を繰り出した。
大鬼は左にちょいと跳ねて、魔法をぎりぎりでかわす。――見切られたと言うより、野生の感で魔法を避けられた。大鬼は小さな唸り声をあげて、俺たちに向かって走ってくる。
「う、嘘、早すぎる!!」
魔法を外した彼女は動揺を隠せない。
「焦るな」
そう指示したとたん、俺は彼女を庇い一撃で吹き飛ばされた。
「おっちゃん!! 大丈夫!?」
俺はよろける足でテトラの前にもう一度立つ。テトラの足は恐怖でガタガタ震えている。
「良く聞け、ババアに金貨二十枚預けた……それを俺に返すだけの簡単な仕事だろ! もっと師匠を信じろ」
俺は薙刀を捨てて、大鬼の前に全速で走り体重をのせてぶつかる。口の中に自ら手甲を押し当てる。
「ぐはあああぁ……」
牙が手甲を完全に突き抜け食い込む。しかし、大鬼は俺の体重に持って行かれバランスを崩し倒れた。
「やぁーーーーーーー」
テトラの気合いの入った声が魔法にのる。
俺は大鬼と共に魔法で弾き飛ばされた。否、大鬼に当てた魔法の煽りで吹き飛ばされただけだった。
「イテテテテッ」
身体をさすると泥まみれだが怪我はない。大鬼は衝撃を受けた痛みで足を抱えて、腰がくの字に曲っていた。
「よっしゃ!! テトラ」
歓喜の声を上げたが、その喜びもつかの間……。
「ひっ!!だ、大鬼が……」
足を一本失ったにも関わらず、かなりの早さで膝を突きながら四つん這いで襲ってくる。
一瞬やられたかと嫌な想像が頭をよぎったが、先ほどの動きとは雲泥の差があった。
俺は痺れる手を我慢し腰から山刀を抜く。両手で刀を握りしめ、大鬼の手首を切りつけた。骨に刺さる感触が腕に伝わる。
すかさず、もう一本の足をテトラの魔法が吹き飛ばした。
それでも諦めない大鬼は、血だらけになった両足をずるずると引きずり近づいてくる。
俺は薙刀を拾い直し、勇者の首を落とした。
全身から力が抜け、ようやくこの危機から抜け出たことを実感した。
「良くやった! テトラ! すまないが傷口にポーションを掛けてくれ」
高級ポーションを傷口に掛けてもらい、残りを飲み干す。傷は完全に塞がらなかったが血は止まった。
「おっちゃんが死ぬかと思った……」
「俺も死ぬかと思った」
お互いの顔を見合わせ生還を喜んだ。
静寂の戻った森から、沢の音が小さく聞こえてきた――
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