第61話 招かざる客【後編】

 俺はターニャにお姫様だっこをされながら、タリアの町を離れていく。全く現状が分からないまま拉致されている。『止まってくれ』とのお願いにも従うはずもなく猛スピードで抱きかかえられ疾走し、周囲の景色が溶けるように見えた俺は生きた心地がしなかった。


 森の入り口にそびえ立つ大木の前で彼女の足はようやく止まった。


「お前はバカか!!」


 肩を震わせながら怒鳴りつけた。こので頭に電撃が落ちるはずが全く痛みを感じない。


「あの講談は褒めてつかわす……この世界で生きられないタミネタが、自ら火口に飛び込む様は心をわしづかみされたぞ」


 後ろを向いて静かに話すターニャの声は震えていた。彼女は大木の裏に魔法陣を浮かび上がらせた。


「今から妾の家に帰るのでついてまいれ」


 木に描かれた魔法陣の前で手首をぐっと捕まれた。俺は彼女と共に身体が溶け込むように引き込まれていった。緑の光に包まれた俺は、初めて異世界に落ちた時見たあの光とよく似ていると感じた。


「着いたぞ」


 先程まで木々が生い茂り新緑だった世界が、全く違う世界へと変貌していた。地面はレンガ地の石畳で敷き詰められ、辺りは多くの馬車が行き来している。そしてゴシック建築のような美しい街並みに目を奪われた。


「我が国ぞ」


 ターニャはどや顔で俺を見下ろす。


「素晴らしい国だ……」


 彼女は一台の馬車を止め乗り込んだ。行き着いた先で俺はさらに声を失ってしまう。その建物は壮大な城であった! この城を例えるならシンデレラ城以外に例えることが出来ない――誰をも魅了してしまうそんな外観をしていた。ターニャが高貴な人物だとは感じていたが、まさか城持ちの令嬢とは思いもしなかった。


 馬車から飛び出た彼女は門番に近づいた。ターニャを見た門番は慌てて誰かを呼びに城の中へ駆け込んでいく。暫くするTHE執事という印象の黒で着飾ったラミアが迎えに来た。


「ターニャ様ッ! また勝手に城を抜け出して女王は大変お怒りですぞ」


「そうかそれはすまない、我に代わって謝っておいておくれ」


 しれっと返事を返していた。


「それに汚い猿まで連れて帰ってきて、猿など不味くて食べられませんぞ!」


「ホホホ♪ 灰汁を抜いたらいけるかしら」

 俺はそのやり取りを聞いてイラッと来たが、本気マジで食材にされたら笑えないので


「美味しい肝は町に置いてきたから、早く家に帰しやがれ!」


「さ、猿がしゃべった!!!」


 目を白黒させながら本気で猿と思っていた執事に、肝を冷やすことになった。とりあえずターニャには、某国の料理店で預けた愛犬が大皿の上で丸焼きになって出てきた小話をして爆笑を取ってやった。   


            *     *     *


 いまだここに連れてこられた理由も分からないまま城内に入る。学校の体育館より高いと思われる天井には、見事な装飾が施されており息を飲む。内装は豪華そうな陶器や絵が並べられているが、まったくいやらしさを感じない。電気を使っているような照明器具のため古さは全く感じず、日本に戻ったと錯覚してしまうほどだ。


「馬鹿みたいに口を開けたまま、妾の家をガン見しておるのじゃ、お菓子の家では無いぞ」


 何か言い返そうとしたが


「凄い」


 平凡な返ししか口から出なかった。


「で…この家を自慢したくて俺を連れ去ったんだな」


「呆れた物言いだな――あの講談をして欲しいから我が家に招待したのじゃ」


 それならそれでやり方があるだろうにと、言葉にしなかったのは彼女らしいと思ったからである。


「流石に昨日から喋り続けて疲れたぞ……催促するみたいで悪いが寝かせてくれ」


 俺はわざとらしく目をしょぼしょぼさせた。


「妾も流石に疲れたぞ」


「まあ、あれだけただ飯食って朝まで遊んだらそうなるな」


 頭に電撃を堕とされた(結構強め)。


 メイドに案内され客間は、どこぞの一流ホテル以上の広さであった。俺がVIP扱いだったのが大きかったせいかもしれないが、一人で寝るには大きすぎるベットを見てラミアメイドに


「お嬢さん俺と添い寝アバンチュールしませんか」


 完全に無視され部屋から出て行った。どうやらそういうオプションは付いていなかったらしい。ベットに横になったがあまりにも柔らかすぎて寝づらい。贅沢な不満を口に出したにも拘わらず、舌の根の乾かぬうちに天使のような軽い布団に包まれ幸せな眠りについた。


            *     *     *


 オプションがないというのは嘘であった。今の俺はメイドに身体の隅々まで磨き上げられている。起きたばかりなので息子がチョメチョメなんですがと抵抗したが、真っ裸にされ部屋の浴室まで強引に放り込まれてしまう。後はまな板の鯉が如く身体を蹂躙され、あまつさえ髪の毛まで綺麗に刈り揃えられた。風呂上がりに数人のメイドに囲まれて、柔らかなバスタオルで身体の水気を拭き取られる。そして、ゆったりとしたズボンと身体にぴっちりとしたスーツを着せられ、ある部屋に通されることになった。


「猿も服を着せれば何とか様になったではないか」


 真っ赤なドレスを着たターニャが俺に近寄り手を取った。


「お母様これが喋る猿です」


 胸の大きくあいた純白のドレスを着た女性がターニャをたしなめた。


「静岡音茶と申します。ターニャ様にはいつも可愛がって頂いております」


 そういって恭しく頭を垂れた。


「妾はシルベスタ・レオン・ナーナ――この国を司るものです。娘の我が儘に付き合わせてしまい悪かったわね」


 ターニャに電撃を喰らわされるより、女王に頭を下げさせてしまったことの方が百倍恐ろしく思う。


 立ち話はここまでにしてと、部屋に通されるとすでにターニャとその王族の関係者らしきまもの達がテーブルの前に立っていた、ナーナ女王が一番奥の席に座ると一斉に腰を下ろした。


 そこから会食という拷問が始まった……出される料理が生のネズミや兎ということではない。運び込まれる料理はご馳走なのだが、誰も俺に話しかけてこないのだ。皆が黙々と食事をとっているので、隣に座っているターニャにさえ声をかけてよいのかサッパリ分からない。心の中で(おい! 何でもいいので口火を切ってよターニャさん)と言わずにはいらなかった。


 焼き菓子とカップに入ったお茶が俺の前に出たとき、ようやくこの地獄から解放されるかと胸をなで下ろす。


「今からこのおっちゃんが少し長めの講談をするので、しばしの休憩を取る」


 この予定されていたサプライズを断ることなど到底出来るはずもなく、ジト目で彼女を睨みつけるしか出来なかった。


 なんとか長時間かけた俺リサイタルは、無事に終了し拍手喝采を受けることとなる。そこからターニャの関係者とハートフルな交流になるはずが――否!!!!!!!!!!!!


 ここから三日ほど昼夜を問わない俺の独演会が行われることになる。二日目の講演の題材に同居人を震撼させた怪談をぶっ込んでやったら、講談の後に俺は正座でばばをちびるぐらいみっちりと叱られた。


 二人は海流石を握りしめ唱えた――


「「バルス!」」


「目が目がァァ~」


 俺は目が潰れて苦しそうに藻掻く王様の演技をすると、場内にいた観客達は息をのんだ。


 そして、海底城から小さい船で脱出する主人公たちのくだりで割れんばかりの拍手が巻き起こる。そして喜びを表すかのように左右に揺れる紫色をした太いしっぽ……


 この冒険譚は至って気に入ったらしく三度目――


 ここから話の詰まったICレコーダーにされてしまうことになるのであった。この王宮に客を呼んだのはもちろんのこと、ターニャとナーナ王女に関係各所にまで引きずり回された。


 このリサイタルも早十日……ターニャに俺もさすがに仕事をしないとと帰宅を強く申し出た。


「ここで暮らせば良いんじゃ!」


 パンがなければケーキを食べればいいじゃない的ノリで簡単に返された。


「ここの生活環境は捨てがたいものがあるし、ラミアという種族と付き合うのに何の問題もない。ただ俺には俺の世界の繫がりがある。すまないがそれを捨てることは出来そうもない」


 彼女は少し寂しそうな顔をしながら


「それもそうじゃな。必要があれば肝を取りに行けばいい話だ!」


 恐ろしいことを小さく呟きやがった!


 ナーナ女王にお暇をもらうことを告げ


 

「これだけ楽しませて貰ったのですが、魔族のお金は人間界では使えないですしどうしましょう……」


「お母様それにはおよびません」


 大きな箱に詰まった沢山の整髪料シャンプーと石鹸。


「それだけでは面子に関わりますので、一つだけ私の借りということで何か困ったことがありましたら力になりましょう」


 俺は女王に頭を下げた


「これなら十分以上の対価だ! 向こうで喜んで換金させて貰うぞ」


「それは良かったな猿♪ だがそう上手く事が運ぶんじゃろうか?」


 ターニャは不敵に笑う。俺はその笑みの意味に気がついてしまった……。


 転移門までターニャとそのお付きに送られ彼女としばしの別れ


「長いこと世話になったな」


「大木の前で妾の名を呼ぶと良いぞ、妾が城におればじゃが!」


 俺の長いおつとめはようやく終わった。久しぶりにシャバの空気を吸って我が家の扉を開くと、珍しく三人がそろって家にいることが分かる。


「長い監禁生活だったな」


 ターニャと短い付き合いだった割に、彼女の行動がよく分かっていらっしゃると思いつつレイラ達に迎えられた。俺はソリから今回の売り上げを部屋に運び込む。


「それはなんだ?」


 そういって箱に手を伸ばす。


「今回の報酬だ……明日、金貨に変えるからまあ土産は楽しみにしてくれ」


 箱の重さに耐えきれず少しバランスを崩すと、箱から整髪料の瓶が一つ転げ落ちた。レイラはそれを拾い上げ顔色を変える。俺から箱を取り上げ三人は歓声を上げる!


「お土産はこれで十分だ!」


 まだ整髪料を使っていないというのに、目がしみて涙が止まらなくなった。

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