第60話 招かざる客【前編】

 二人は海流石を握りしめ唱えた――


「バルス!」


「目が、目がぁ~」


 俺は目が潰れて、苦しそうに藻掻く王様の演技をすると場内にいた人たちは息を飲んだ。


 そして崩れゆく海底城から小さな船で脱出する主人公たちのくだりでは、割れんばかりの拍手が巻き起こる。そして喜びを表すかのように左右に揺れる紫色をした太い尻尾……


 どうしてこうなったの――


             *     *     *

 

 雨期が終わってから何かと忙しい日々が一月ほど続いた。そんな中、久しぶりに四人そろって家でくつろいでいたとき玄関の呼び鈴が鳴った。普段なら誰も動かないのだが珍しくレイラが立ち上がり玄関へ向かった。俺は雨でも降るんじゃないかと思いつつその勇者を称えた。


 突然リビングに真っ青な顔をした彼女が飛び込んできた。


「は、早く逃げろ!」


 レイラの怒号が部屋中に響く……。

 

 俺たちは何事があったのかと息を飲んで、彼女の真っ青になった顔をみながら立ち上がる。


「あら、なんて躾のなってない猿なのかしら」


 招かざる客は俺たちを見下すように言葉を吐いた。


 何故か三人に守られ後ろに追いやられている俺。後ろから見た彼女たちが、かすかに震えているのが分かる。


「ヤバすぎるぜおっちゃん……」


 レイラが小さく呟くと、ルリとテレサも大さく頷いた。怯えている彼女たちを軽く押し退け俺は前に出た。


「おっちゃん、あれは人間の顔を被った化け物だ!」


「そうだなあれは完全な化け物だ」


 そう答えると頭から電撃を堕とされた。


「まったくこの猿は、とんと成長しとらんな」


 ため息をつきながら女は笑った。


「心配するな……こいつは魔物のターニャだ……俺たちに食われたりしないさ」


 そう言うと三人はポカンとした顔で俺をガン見した。そこで彼女の出会いを含め軽く説明をして、ようやくこの修羅場もどき茶番が収まった。何故来たのかと愚問になるが問うてみると、飯が食べたくなったからだと答えが返ってきた。


「アイスは用意していないのでプリンだけで構わないか?」


「仕方がないの、今日はそれで許してやる」


 どこぞの姫かと突っ込みたかったが、電撃が嫌なので喉まで出かかったそれを飲み込むことにした。


           *      *      *


 俺は四人がトランプを楽しんでいる声を聞きながら、台所で夕食の準備を始めた。いつもならレイラの悲鳴をBGMに調理しているが、今日はターニャが彼女の代わりをしている。


「あのー肉が足りないので、誰か買い物に行ってくれませんか~!!」


 四人の我が娘達は俺の声を当たり前のように無視しやがる……。風呂の準備を済ませた俺は、響かないのは分かりつつも百倍の音量で『行ってきます』といってやった。


 沢山の荷物を抱えて家に戻ると、トランプに負けたレイラがターニャの椅子にされており、彼女の幸せの短さに呆れてしまった。


「風呂が沸いたから入ってこいよ」


 ターニャに風呂を勧めると、スッと立ち上がり部屋から出て行った。


「土産じゃ」


 そう言って、部屋に戻ってきた彼女は大きな袋を俺に手渡した。袋には沢山の瓶が詰められていて酒とは中々良い選択をすると思った瞬間、俺の心を見透かしたかのように


整髪料シャンプーじゃぞ、それは……」


 俺は両手に整髪料を持ちながら絶句した。


「赤は妾専用なので勝手に使うでないぞ」


 シャンプーを片手に持って、ターニャは風呂場に向かう。もちろん風呂場から早く来いと呼び出しをくらう……。

 

 俺は三助の如く彼女の艶やかな髪を洗っていると、当たり前のようにレイラとルリも風呂に入ってきた。彼女たちは人化を解いて青みがかった肌の色、下半身はヘビであるラミアを見て驚く事はなかった。それよりターニャの髪をいやらしく洗っている俺の姿を見てドン引きしていた。テレサも入ってこいよと場の雰囲気を変えようと思ったが『バカ!』の一言でさらに自分の株を下げてしまった。


 このままではいけないと、二人を強引にターニャの横に座らせて、指の腹で頭皮をマッサージするように髪の毛を洗って蕩けさせてやった。この初めてのシャンプー体験で帳消しに出来たと思いたい。


 風呂上がり、二人はお互いの髪の仕上がりに驚いた姿を見て、こんな当たり前だったことが出来ていなかった異世界に慣れきってしまったことを痛感した。


 艶々髪を見たテレサが何があったのか問い詰めても『何にもしていないし』と答える二人に女の性を見た。


 風呂に入ったというのに、汗を掻きながら料理を再開しているこの理不尽さに少し疑問を感じたが、料理を並べて喜んでいる娘達を見ていると全て許してしまう。とんだチョロインだと突っ込みを受けそうだが、美味しそうに食べてくれれば本当に気持ちが良いものだ。大皿に盛った唐揚げやカツレツは瞬く間に彼女たちの腹に消え、俺の取り分さえこの雛鳥たちは狙ってくる始末。仕方がないので残った肉を簡単に調理してお腹を満たしてやる。


 最後に少し大きめのプリンと、冷え冷えのフルーツを各自に配るとなんとなく宴の終わり一抹の寂しさを覚える―――筈だった。


「おっちゃん! 久しぶりに未来に戻る馬車物語が聞きたいねェ~」


 レイラがテーブルを叩きながら催促する。テレサとルリもその音に合わせて指笛を鳴らす。


「あれ……三部作だから」


 と、小さな声で反論するがテーブルから身を出してしらじらしく耳を傾げる可愛い仕草を見せられるとやらざるを得なかった。決めゼリフの『俺はもう一度、未来を変えるために戻ってくる!』を語った頃には窓から薄明かりが漏れ、鳥の囀りが始まる時間だった。


 大長編を語りきった俺が大きな達成感と共にテーブルに突っ伏したとき


「こいつを数日借り上げていくぞ」


 突然、俺を抱え上げターニャは部屋から飛び出した。遠くから『いってらっしゃい』という三人の声が聞こえたような気がした。 

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