第44話 断罪の時間
朝からギルドは騒然としていた。王都から来たギルド職員が、忙しそうにギルド内を出たり入ったりしている。彼らの両手には数え切れない書類の山が詰まれ、馬車に積み込まれていた。そんな様子を当巻きに見ながら、冒険者達は何が起こったのか噂し合う。
王都のギルドの対応は素早かった。普通なら頭を一つ下げてことを収束させるのだが、今回はそれが出来なかった。何故ならゴードンの妻が王族の直系の血筋にあたる人物だったからである。事の真相を知ったゴードンより、妻の方が怒り心頭で王都のギルドに激震が走った。王都のギルドで重要な役を任されていた青白い顔の男はタリアの町のギルドマスターに左遷され、返り咲きを計ろうとした結果この事件を起こしていた。もちろん、これだけではなく、他にも彼が依頼料を誤魔化した事例が多く出てきた。職員の関与も問題になったが、ギルドマスターの絶大な権力の下での命令だと分かり不問とされた。
コジコジ達も冒険者を見殺しにしたという事で拘束された。しかし、限りなく黒い噂は沢山あったが、おっちゃん以外の確実な証言を取る事は出来なかった。ギルド本部がコジコジ他メンバーに与えた罰則は鉱山送りだった。
「証拠もないのに鉱山送りとはどういうことだ!?」
コジコジが息巻く。
「そうよ! 私たちを貶めるために、あのおっさんが嘘をついていたに違いないわ」
「奴が自分のミスをなすり付けたでやんす」
「俺、悪くない」
四人はギルド内で喚き散らす。王都から来たギルドマスターは、彼らに冷たく言い放った。
「我々が決定したことが覆るはずなかろう!」
彼らは顔面蒼白になる。ギルドに呼び出されていた俺も、彼らの哀れな成り行きに笑いが止まらなかった。
「十年まじめに働いたら帰ってこれるさ」
コジコジにウインクを投げかけてあげた。正直、鉱山に飛ばされた冒険者が無事に戻ってくる話など一度も聞いた事はない。
「お前が手を回しただろ!」
コジコジが手を縛られながら俺に噛みついてきた。
「俺ごときがギルドを動かす力なてあると思うか? 口は出したがな」
ことの成り行きを見ていたギルド仲間が爆笑した。もとから悪い噂の多かったパーティだったので、誰一人彼らを擁護する者はいなかった。元ギルドマスターとコジコジ達がギルドから連れ出された後、騒然としていた室内が静かになる。俺は窓口に行き金貨50枚の違約金を受け取った。袋に入った金貨の重みを感じながら、自分の命の軽さに笑うしかなかった……。知らず知らずのうちに口から愚痴を吐いた。
「クソッタレな世界だぜ……」
窓口に座っていたマリーサさんの肩がビクッと震える。
「大変申し訳ありませんでした」
何度も何度も彼女は頭を下げた。
「その謝罪が俺の得になるのか?」
辛らつな言葉を吐きかける。彼女に恨みは全くなかった。ただ、今回自分がギルドにやられた事を考えると、はいそうですかと素直になれるほど大人ではない。
「それでも私はおっちゃんさんに謝りたいんです」
彼女は毅然とした態度で謝罪した。俺は窓口から覗いている彼女の面前で線を引いた。
「安全な内で仕事をしている奴と、命をかけて外で仕事をしているこの境界線で、内から何を言われてもなんも響かんのよ」
完全な八つ当たりだと分かっていたが、吐露せずにはいられなかった……。
「お酒三十杯の貸しを返して貰います!」
彼女は机をバンと叩いて窓口の奥に消えていく。周りは何が起こったのか分からず俺に冷ややかな目線を送る。窓口の前で呆然としているとマリーサさんが服を着替えて俺の前に立っていた。
「さあ! 飲みに行きましょう」
俺の手を強く引っ張りギルドを後にした……。
* * *
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な?」
マリーサさんはメニューを見ながらお酒を選ぶ。いつもは制服姿しか見ていなかったので、私服の彼女は幼く見える。短く切りそろえた青い髪の毛からすこしだけ耳が覗くのをみてにやけてしまう。
「あんまり高い酒は勘弁してくれ」
心とは裏腹にわざとふてくされたように話す。
「懐に大金が入っているんだから心配ないでしょ!」
可愛く愚痴る。いつもは敬語で話してくるので、そのギャップがまた良い。まさに
「「カンパーイ!」」
陶器のカチンとぶつける。彼女はグビグビと喉を鳴らし酒を一気に飲む。
「酒はいける方なのか?」
「どうなんでしょう? だって私初めてだから」
俺の顔をジッと見つめてクスクス笑う。俺は彼女が言った言葉が嘘か誠か分からなかった。年下の女性におもいっきり遊ばれているのも悪くないなと俺も一気に酒を呷った。美味しそうな料理が次々と運ばれてくる。彼女は目をキラキラさせながらそれを口に運んだ。
「おっちゃんさんは良い店を知ってるんですね」
「さんはいらんよ……おっちゃんと呼んでくれ」
俺はこの店を紹介してくれたオットウに感謝した。最初は彼女がギルドで俺にした事を 謝っていたが、酒が進むにつれてギルドと同僚の悪口に変わる。
「だからでしゅねぇーおっちゃんちゃん、ちゃんと聞いてましゅか!」
赤い顔をしながら呂律の回らなくなっりながら語りかけてくる。
「ああ、聞いてるとも」
完全に
「店員さーーーん、もう一杯!」
ジョッキを高く掲げて酒のお代わりを要求する。
「もう、ほどほどにしとけよ」
「なんでしゅか! まだ七杯しかのんでいましぇん。あと二十三杯残っているんでしゅからね」
「後、二十三杯飲むのかよ!!」
突っ込むとケタケタ笑う。
「おっちゃんそれは違いますゥ! あと三十三杯飲むんれしゅ」
「何勝手に十杯も増やしてんだ」
「私が十日間おっちゃんを心配したからです」
彼女はうつむきながらそう答えた。完全に
二人で肩を組みながら店を出た。マリーサさんは鼻歌を歌いながら千鳥足で練り歩く。数日前まで死にものぐるいで、森の中で足掻いていたことが嘘のように感じた。突然、彼女が俺の腕を引っ張り店の扉を開け中に入った。そこは冒険者が泊まる宿というより、情事を目的にしているすこし古びた連れ込み宿であった――
俺たちは二階の部屋に通され中に入った。俺はやらしい気持ちより……ギルドのアイドルと一緒にこんな店に入ったのを誰かに見られでもしたらと思う、不安な気持ちの方が大きかった。
「なんて顔をしてるんれす~」
俺のそんな顔色を察してか、彼女は俺の腰に腕を回してきた。ゆっくりと顔を近づけ俺の目をじっと見る。彼女の口から酒の臭いが甘く漂ってくる。心の中で頂きますと手を合わせ口づけを交わした。彼女の柔らかい唇の感触を味わう……それに答えるようにねっとりと舌が絡んできた。室内にピチャピチャと淫靡な音が静かに響く。俺はゆっくりと手を尻に回すと彼女の吐息が漏れる。
彼女は自分から焦らしたように服を脱ぎ出す。豊満な胸が飛び出し、俺は我慢しきれずに彼女をベットに押し倒した。柔らかい青い髪に顔を埋めると甘ったるい匂いが漂う。その匂いを存分に楽しんで彼女の顔を覗く。彼女は妖艶な笑みを浮かべながら――
小さな寝息を立てて眠っていた……。それ以上手を出せなくなった俺は、やり場のない気持ちをどこに持って良いのか分からず、彼女の可愛い寝顔を覗き込んだ。
「いくじなし……」
彼女の寝言が小さく聞こえた。俺はその通りだと深いため息をついた。
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