第42話 交渉の時間
部屋一面に真っ赤な絨毯が敷かれている。壁には高そうな絵が掲げられ、豪華な家具や調度品に囲まれた中、ゴードンが大きな椅子に鎮座していた。
「テレサ様が何用でお越しになったのでしょうか?」
揉み手をしながら、分かりやすい作り笑いを彼女に向けた。
「申し訳ない。実は用件があったのは隣にいるおっちゃんさんなのだ……」
俺を値踏みする様な目つきでしげしげ見てきた。
「俺は月光ユリの採取を依頼された冒険者の静岡音茶だ。ちょいとばかしお願いを頼みにここに来た」
「ああ、ギルドで採取を依頼したのは儂だが、テレサ様がいなければ、小汚いお前ごときが、この家の敷居をまたがすのさえ不愉快だ!」
いきなりの高圧的態度に腰が引けそうになる。だが、営業職をやっていればこれぐらいの事は多々あるのでグッと我慢する。
「悪いが少しだけ話をさせてくれ……俺はあんたの依頼を引き受け、この書面にしたためられた条件を反故にされたので違約金を貰いに来た」
「それはギルドと君の取り決めであり、儂には何の関係もないはずだ」
「勿論それは承知している。俺の頼みはこの俺の後ろ盾になって欲しい」
「ハハハハ、話は聞くだけ聞いた。テレサ様の義理も果たした事だし、その紙を持ってとっとと帰ってくれ」
俺はテーブルを強く叩く。
「俺はお前の指名依頼を無理矢理受けさせられ――しかも殺されかけた。今現在もギルドで死んだ事になっている」
「じゃあ、勝手に死んどいてくれ」
そういって、俺を小馬鹿にしたようにせせら笑った。
「な、ゴードン氏さすがにそれはいいすぎだ!」
テレサは怒りを露わにした。俺は鞄からある物を取りだしテーブルに置く。
「月光ユリの根だ! 悪いがこれをここで処分させて貰う」
テレサの前に球根を投げつけた。彼女は腰から剣を抜き出し球根を空中でみじん切りにした。ゴードンの顔が真っ青になり、慌てて椅子から立ち上がり細切れになった月光ユリの根を集め出す。俺はそれを足ですり潰してやった。
「な、なんてことをする!!」
悲鳴混じりの声を上げた。
「これがそんなに大切だったのか!?」
俺は本当の月光ユリの根をゴードンに突き付けた。
「い、幾らだ! これを儂に譲ってくれ」
ゴードンは床に這いつくばったまま俺に哀願する。
「幾ら詰まれても売る気はない、いやお前が俺にした態度で売る気が完全に失せた」
彼は絨毯に頭をつけて搾り出すような悲痛な声を出す。
「娘にそれが必要なんだ……」
俺は床に頭を擦りつけ、身体を震わしている彼の肩を両手でつかんだ。
「ゴードンさん顔を上げてくれ、依頼人のあんたにここまでさせる気は無かった、ただ、俺に見せたあの態度は大商人としては悪手だったな」
そういって俺は笑った。
「じゃあ、儂にそれを譲ってくれるというのか!」
「もちろんそのつもりで、命をかけて月光ユリを狩ってきた」
そういってユリの根を彼に手渡した。彼は涙を流しながらそれを受け取った。
「話は後だ、それを必要とする人に早く渡してこいよ」
俺は彼の部屋にある椅子にドカリと座った。
「すまんが直ぐに戻ってくるので、ここで待っててくれないか」
いうが早いかゴードンは部屋から飛び出していった。
「仕事の途中によく来てくれた」
俺はテレサに頭を下げた。彼女はキョトンとしたかかおをしながら
「おっちゃんを守る剣に遠慮なんか必要ないぞ」
ゴードンに後ろ盾になって貰う事を承諾させることができた。依頼主ともめる予定は無かったが、あまりにも酷い対応に自分も完全にキレてしまった。もっと穏便に解決する方法は幾らでもあったはずが、彼の頭をかち割るまでへこませてしまった。後悔はしていないが反省はしている。彼も月光ユリを手に入れた事で、俺に対して遺恨は残らなかったと思いたい。
* * *
ギルドの窓口で報酬と違約金の支払いを求めた。受付にいたマリーサさんは、幽霊を見たような真っ青な顔になった。俺は彼女が何か言う前に
「早く支払ってくれ」
そっけない態度で彼女を見つめた。
「し、暫くお待ちください」
そういって窓口を離れて奥の部屋に走っていった。しばらくの間待っていると奥から、青白い顔をした男が彼女の代わりに窓口に座った。俺はあの時と同じ状況に笑みがこぼれた。
「どのようなご用件でしょうか?」
白々しい対応に反吐が出そうになったが
「先日、指名依頼された報酬と、その時ギルドにつけられたメンバーが俺を守らなかったので違約金を貰いに来た」
彼は金貨五枚を俺に差し出した。
「あまりにも少なすぎるんじゃねえのか?」
「依頼料に色をつけたので十分でしょう」
俺は彼に書かせた紙を突き付け
「違約金が足りないといってんだよ!」
「何を根拠に言っているのか私にはさっぱり分からないのですが?」
「コジコジが俺は冒険で死んだと報告を受けてるよな、俺は彼に殺されかけたが、なんとか生きて帰ってこれたのよ」
「私は彼からあなたとはぐれたとしか報告を受けていません」
そうキッパリ言い切られた。俺は想定内の問答にため息をつき、これ以上付き合いきれないので、このやり取りを見ていたゴードンを呼んだ。
「彼に払った依頼料はなんだ! 儂がギルドに支払った依頼料はこんなちんけな額ではなかったぞ。しかも、一流の冒険者に依頼を頼んだはずが、このさえない三流のオヤジがなんで報酬を受け取っているのか説明して欲しい」
彼は口をパクパクさせながら
「依頼されたとき冒険者がいませんで、急遽ギルドにいるメンバーでパーティを組ませました」
俺は鼻で笑う
「はは……月光ユリの採取を依頼して断られた……当たり前だろ。まだこの花が咲く時期には早すぎて、お前が提示した依頼料では引き受けて貰えなかったんだろ。だから、報酬を少なくするため三流の冒険者たちを集めたんだよな」
「そんなことは推測でしかありませんよね!」
震える声で否定した。
「ああ、ホワイトイーズルに殺されかけた俺のたんなる邪推さ。このやり取りをみてゴードンさんはどちらを信じたんだろうね」
俺は金貨五枚を掴んでギルドを後にした……。
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