第32話 ドワーフと秘密の風呂
「お前が何故乗ってんだ!」
何もかもぶち壊しである。
「ブラウン伯に包丁を届ける事を頼まれたのじゃ。届けるには道を知らなければ駄目じゃろ」
俺は馬車の中でも道を覚えられるのか? と、突っ込もうとしたが止めにした。それとは別に、乗っていた馬車も普通ではなかった。キャビンを引くのは馬ではなくサイのような四つ足の魔獣。四駆の獣が草木をなぎ倒しながらもの凄いスピードを出して走っているのが分かる。驚いた事に森の出口まで二日で着いてしまった。俺はここで馬車を止めてもらうように指示をした。
「ここまででいい、もしこの馬車がタリアの町に着いたらとんでもない事になりそうだ」
同行していたドワーフも頷いた。俺はソリに荷物を積み込むと一つの問題が出た。荷物が多くてソリに載せきれない……。ノエルはどや顔でもう一つのソリに残った荷物を載せた。とりあえずノエルを町で一泊させてから、ここに戻ってくる約束をして街に向かって歩いた。
「人間の町というのは臭くて汚いの」
どこかで聞いた言葉だ――
「ドワーフ国とは天と地ほど違うな……」
大きな荷物をソリで引きながらギルドに着いた。
「すまんが直ぐ戻ってくるので、荷物の番をして待っててくれ」
「了解したぞ」
一月振りのギルドの中はいつもと変わらなかった。俺は酒を飲みながらくだを巻いているオットウを驚かせようと探したが生憎いなかった。俺の悪口を言いながら涙を流す彼の後ろから、突然出現するドッキリが出来なかったのは残念だ。俺は本来の用件であったお金を下ろしに窓口に行く。受付窓口にはマリーサさんが業務を行っていた。
「よっ! ひさしぶり」
彼女は幽霊を見たような顔をした。
「お、おっちゃんさん生きていたんですね!」
普段はおしとやかに話す彼女が声を荒げた。
「ちょいと野暮用で直ぐに帰れなくてよ」
「連絡もないまま一月も野暮用って考えられません! 心配したので今度一杯おごって貰います」
彼女は笑顔で言った。
「分かった、心配した日数分おごってやるさ」
「三十杯も飲みきれません」
そういうと自分の発言に気がついたのか真っ赤な顔をしてうつむく。俺は
「おっちゃんさんが帰ってこなかったので、ギルドは大変だったんです。レイラさんとルリさんが居なくなった場所を教えろとずいぶん暴れて、私たちを困らせました。特にレイラさんの慌てっぷりは、今思い出しても可愛そうなぐらいでしたよ! 今度から長期の仕事が入ったら連絡くださいね」
「それはすまなかった」
俺は思った以上にギルドで時間を取られ、足早にノエルのところに戻った。
「ずいぶん待たせたな」
「問題ない」
「お詫びに寄りたい店があるから、もう少しだけついてきてくれ」
そういって彼を酒屋に連れて行く。
「な、なんと天国のようなところじゃ」
彼は満面な笑みを浮かべる。
「リズさんの土産と今夜飲む酒を選んでくれ。あまり高いのはむりだがな!」
ノエルは目を輝かせながら次々と酒をカゴに入れる。
「申し訳ないの~」
全然気持ちがこもっていない……
「武器を買うとき世話になったから気にするな」
俺はギルドによって正解だったと彼の爆買いを見守った。帰り道、料理を作るのは流石にしんどいので、屋台で夕食とつまみを買って帰る。
* * *
久しぶりの我が家にほっとする。ノエルもいたくフローリングを気に入ったみたいだ。馬車で帰ってきたとはいえ、二日の長旅で疲れた身体を癒すため風呂に入る。
「良い湯加減じゃの~」
「ああ、ノエルの風呂と比べたら恥ずかしいな」
「何を言うか! こんな見事な魔道風呂なんぞ、儂らの国でも中々お目に掛からんぞ」
「はあ?」
彼のいう事がさっぱりわからない。浴槽から突然パチパチと音が鳴り出した。ノエルが浸かっている湯船の中から細かい気泡が湧き出す。
「おお、気持ちいいぞ」
俺はその光景に息を飲む。恐る恐る浴槽に足を入れると細かい泡に包まれた。全身を湯船に沈めるとマッサージされている気分になる。
「ふー炭酸風呂のようだ」
身体全体に柔らかい水流が満遍なく身体を揉みほぐす。湯船の中は沸騰したお湯のような大きな泡が湧いた。家庭の見かけ倒しのジェットバスではなく、スーパー銭湯で楽しめるボディジェットが身体を震わせる。水流の強弱が変わる。
「この仕掛けを知らずに風呂に入ってたのか?」
「こんな装置が付いているとは気付きもしなかった」
「宝の持ち腐れじゃな。こんな仕掛けもついとるぞ」
ノエルが浴槽についてあるボタンをポチポチと押す。
「ふおおおおーーーっ」
ピリピリとした刺激が筋肉に突き刺さる。アバババババ身体が勝手に動いてしまう。まさか家庭で、電気風呂を体験するとは思いもしなかった。電気風呂は筋肉や血流に働きかけてくれると聞いた事があったが、銭湯で初めて試したときは痛くて好きにはなれなかった。しかし、この風呂から流れ出る電気は癖になる気持ちよさを感じた。もしかしたら電気ではなく魔石の力が働いているのかもしれない。風呂から上がると身体に魔力が残るように感じた。
まさかドワーフの親父と一緒にお風呂に浸かって、キャッハウフフとはしゃぐ日が来るとは想像も出来なかった。人生とはままならないものである。
あっ、やめてよ♪ でんりゅうあげちゃいやん。
身体の疲れが取れ、床に座って二人で酒を酌み交わす。久しぶりに気兼ねなく酒を楽しんだので酒がすすむ。酔っぱらって、お互いに何を言っているのか分からなかったが楽しかった。最後に覚えている記憶は、ノエルがお土産の酒まで飲もうとしていたのを止めていたところまでだ。目覚めると部屋中に所狭しと酒の空瓶が転がっていた。
軽い頭痛を覚えながら簡単な朝食を準備する。酒瓶を抱えて豪快にイビキをかいて寝ているノエルを揺り起こす。気怠そうな声で飲み過ぎたと頭をかきながら目を開ける。
朝食を黙々と食べ家を出る。空になったソリを引きながら、ノエルは俺の顔をちらちら覗く。
「もうあえなくなるのはざんねんだ」
「そうだな、こんどあえるのはほうちょうをもってくるときだぞ」
「りずが、かえるのをまっているからはやくいそごう」
「そうだな、そりがかるくてらくだぞ」
「それはよかった。きのうおまえがさけをぜんぶのんだおかげだ」
「もうすこしそりを、おもくしてもよいとはおもわないか?」
「まったく、おもわないな」
「ほら、もうあえないのはかなしいじゃないか」
「ああかなしいな。でもそのかなしさはべつのことではないのか」
「あーーーー面倒くさいわ! 酒、酒じゃよ! 人間の酒をお土産にしたいんじゃ!」
「なにもきこえません」
結局、酒屋によって彼のお土産を買わされるはめになってしまった。リズにはお世話になり続けたので、仕方がないと割り切ることにした。俺はまさかとは思ったが、帰りの道中に飲まないように念を押し彼に別れを告げた。
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