第27話 家に帰るまでが冒険です

 今まで足を踏み入れたことのない山道を進んでいる。どこまでも続く原生林を歩いていると、ひょっとしたら日本にたどり着くのではないかという妄想に捕らわれた。この辺りは小鬼と中鬼ぐらいしか魔物は出てこないので心配するなとノエルは言うが、もし集団に襲われでもしたらと思うと気が気でない。そんな俺の気も知らないで、ソリに乗ったドワーフは陽気に歌を歌っていた。


「いつも一人で山奥に潜るのか?」


「普段は仲間数人で山に入るんじゃが、今回は仕事が立て込んでて儂だけで狩りに出かけたのじゃ」


「場所があれだけに単独の狩りは少し危険な気がしたが……」


「まあそうじゃの、あそこはなので、仲間以外には知られとうはなかったのよ」


「なるほど……そういうことか」


 ぽんと膝を叩き、俺は納得した。


「仕事が立て込んでて景気が良いとは羨ましいな」


「ははは、戦争特需じゃよ」


「……戦争!?」


 俺は少し言葉に詰まった。


「いま儂らはリザードマンと一触即発の危機を迎えているんじゃ」


「その戦いは避けられないのか?」


「まあ、無理じゃな……一月後には両者はぶつかると読んどる」


「勝てそうなのか?」


「どちらも力押しする部隊が多いので、体格の差で分が悪いな」


 彼は忌々しそうな感情を見せた。


「ドワーフの秘密武器みたいなのがありそうなものだが」


 俺はドワえもんの作った超兵器を頭に浮かべて小首を傾けた。


「ははっ、情けない話だが、武器を金に換えていたのでアドバンテージはないの」


「それはヤバイな。しかし、この地は魔王が治めていると聞いているが」


「魔王様はよほどのことがない限り干渉してこんぞ。まあ、どちらかが滅びかければ話は別じゃな」


 口髭をいじりながら、ノエルは少しだけ重苦しい口調でそう言った。


 西の空が赤く染まる――俺は最後の野営の準備をする。本当なら風呂に浸かって疲れを癒しているはずが、未だにドワーフの国にさえ辿り着いていない。明日の昼までには帰れると言うノエルの言葉を信じるしかなかった。夕食を食べて直ぐに横になったが中々寝付けない。仰向けになり木々の隙間から漏れる星空を眺めていると、何故だかレイラを思い出した。


             *     *    *


 夜露で目覚めると辺りは一面霧で覆われていた。まだイビキをかいて寝ていたノエルをゆり起こして霧の中を出発した。道に迷うほどの濃い霧ではなかったが、数時間歩いているにもかかわらず霧は晴れてこない。ノエルにこの辺りは霧が濃い土地柄なのかと尋ねると、珍しい現象だと答えが返ってきた。


「帰り道は間違っていないだろうな」


 霧で湿った服が重たく感じ、不安になってノエルに声をかける。


「ははっ、家の近くの山でお前は迷うのか?」


 そう返されると少しだけほっとする。しかし、この霧と不安はいつ晴れるんだろうか……頭に浮かんだ上手い言葉につい笑ってしまう。山に風が吹いてくると霧が少しづつ晴れてきた。深い木々を抜け、少し山道を下ったどころで俺は息を飲んだ。


 目の前には白い建物が建ち並ぶ都市が広がっていた。まだ人の行き交う姿まで見えないが、ドワーフの国に着いたことを実感した。先ほどまででこぼことした道が、いつの間にか舗装された道に繋がり、彼らの文化の高さが垣間見えた。


 城壁に守られた小さな王国をイメージしていたが、彼の住んでいる国は城壁で囲むことは出来ないほど大きかった。ただ、道のそばに憲兵が立っておりそこで通行証を見せて入国する仕組みになっていた。


にんげんが入っても大丈夫なのか?」


「まかせておけ、命の恩人に粗相などさせはせんよ」


 力強い言葉が返ってきた。やがてノエルを乗せたソリは憲兵の居るとこまで辿り着く。当然のこと憲兵は慌てて俺のところに走ってくる。ノエルがソリに乗ったまま、憲兵に一言二言話すとあっけなく道を通された。


「拍子抜けしちまった」


「人徳じゃよ!」


 そういって彼は大きな声で笑った。


 俺は都市に入って言葉を失う。二階建て以上の建物が大きな道の両端にどこまでも立ち並ぶ。しかもレンガ造りではなく、慣れ親しんだコンクリートの白い建築物。道は完全に舗装されており、石畳で出来たタリアの町とは大違いだった。


「何故、泣いておるのか?」


 彼に指摘されるまで、自分が泣いているとは分からなかった……。


「昔住んでいた故郷を思い出しちまった」


「そうか……」


 ノエルはそれ以上言葉を掛けてこなかった。俺は元いた世界を思い出しながら、異世界気分を味わうことになる。この大きな都市で蠢く人々は、当たり前の事なのだが全員ドワーフなのだ。身長150センチメートルを満たない住人が、所狭しと歩いている姿は都市を偽って営業しているネーズミーランドを彷彿させた。


 ノエルを乗せながら町中を歩く俺の姿を奇異に見つめる住人たち。薬局に着くまでその羞恥プレイは続いた。彼は店で買ったポーションを苦そうな顔で一飲みすると、さっきまで立つことさえ出来なっかった怪我が、嘘のように完治し歩き出した。


「本当に助かった。改めて礼を言うぞ」


 彼は俺に手を差し出した。俺は汚いから嫌だという素振りを見せ、あのときのシーンを再現して二人で大爆笑した。


「本当ならこのまま宿で一泊して帰りたいんじゃが、この荷物を早く届けたいのでもう少し我慢してくれんかの」


「そんなこと気にするな、冒険者はまず換金をしてからゆっくりくつろぐのが習わしだ」


 なんとなく格好いい感じで返辞した。


    *     *     *


 俺たちは馬車に揺られてノエルの家に向かっていた。二時間ほどで到着するということで 馬車の揺れに辟易すると思いきや、この馬車は殆ど揺れなかった。


「この馬車は揺れないので驚いた! よほど凄いサスペンションが働いているんだな」


「ああ、よく知ってるの。新しい魔王様に代わってから急激に乗り心地が良くなったそうじゃ」


「それはいつの話だ?」


「新しい魔王様が王位に就いてから百年ほど経つかの……」


 人間とドワーフとの文明の開きにさらに驚いた。車窓から街を眺めると白い建物の中に時折、木造の大きな屋敷が目に入る。ここでは木の建築物の方が価値が高いと窺い知れる。俺も数回、仕事の依頼で大都市に行ったことがあったが、ドワーフの建造物と比べるとあまりにも貧弱な建物ばかりだった。しばらくして馬車が止まり、彼はここで降りるように俺を促した。


 大きなコンビニを経営できるぐらいの敷地の中に彼の家は建っていた。二階建ての建物は車の修理工場を思わせた。扉は大きく開いており、中から忙しなく働いている従業員の姿が見え隠れした。その中の一人がノエルを見つけて駆け寄る。


「おやっさん帰ってきたんですね」


 笑顔で彼を迎える。その声を聞いた他の従業員も作業場から飛び出してきた。


「今、帰ったぞ」


 そういうと直ぐにソリに乗せたボウアの皮を彼らに手渡した。


「これを待っていたんです」


 従業員は積荷を手に取った瞬間、もう親方には用がないとばかしに、くるりと背を向けて作業場に戻っていった。ノエルは俺の顔を見ながらヤレヤレと苦笑いした。


「あんた……帰ってくるのが遅くて心配したよ」


 小太りの女性が遅れてノエルを出迎えた。どうやら彼の嫁らしい。


「リズよ、心配掛けてすまん」


 そういって二人は嬉しそうに抱擁を交わした。その後、俺は命の恩人として紹介され、そのまま家に招待されることになった。直ぐにノエルの嫁リズが風呂の用意をしてくれた。


「生き返るわぁ~」


 風呂に浸かりながら幸せを噛みしめる。隣には毛むくじゃらのノエルが湯に浸かって蕩けていた。


「それにしても大きな風呂だな」


「自慢と言うにはちょいと恥ずかしいんじゃが、結構気に入っておる」


「どの家にも風呂があるのか?」


「よほど貧乏でない限り、家には風呂がついておるぞ」


 不思議そうな顔で俺を見たので、自国のインフラの話をするとめちゃめちゃ驚かれた。俺はもう一度身体を洗い流しながら、蛇口から出るお湯を見つめて改めてドワーフの生活水準の高さに感心した。


 身体が温まったせいか、この数日の疲れが一度に表れる。俺は用意されたベットに潜り込み泥のように眠った。

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