背後霊
前回のあらすじ
銀髪の少女を助けようとしたところ、弓の男に襲われた
現れた
○
目を覚ました銀髪の少女は、自身に刺さっていた矢を引き抜いた。肉体がないため、命そのものがこぼれたが無視して立ち上がる。
立ちくらみはすっかり治まっていた。
雷撃による痺れも大方抜けていたようだった。
銀髪の少女はべらぼうに回復力があり、復帰が速い。これは内包する
弓男はいつの間にか逃げたらしく、血痕の足跡が、道路にボツボツと残っていた。
少女は、ピクリとも動かない凪を見た。
(……きっと凪にとって、このままぽっくり死んだ方がいいんだ)
銀髪少女はそう思ったものの、凪を生かそうとしていた。
妹のわがままだった。
少女は懐刀を握り、己の手を傷つけた。そして凪の傷口にそっと手を押し当てる。
「白鷹……力を貸して。
御霊遷し。呪術行使者と対象のモノを繋ぐ術。少女の知る、たった二つの呪術のうちの一つだった。
(発動させて途中で破棄すれば、白鷹神と
というのが銀髪少女の目論みだった。
つまり、この術は治癒に使えるかもしれないと考えたのだ。術解釈がどうであれ、少女の持つ救急手段はこれしかなった。
「掛けまくも畏き
この術を使ったのは十年以上も前の事だったが、手順はちゃんと覚えていた。
「――――この神籬に
少女は
「お願い……起きて……お兄ちゃん――!」
○
血の臭いがした。次に眩しさを感じた。
夜は明けようとしていた。
なんだか体が重い。
見れば、銀髪の少女が俺に
てっきり俺は死んだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
「えっと……?」
なぜ腹上に人がいるのか。なぜソイツの顔がドアップ状態なのか。
「何もしてないっ――違っ! 違う!」
銀髪少女は慌てて手と顔をブンブンさせて、身じろいだ。
「お兄ちゃ……お兄ちゃん……!」
俺の胸に頭を押し付け、うぐうぐと
さっきまでは慌てふためいてたのに、今度は泣き始めた。忙しい女だった。
「あー……、えっと、俺はお前の兄なのか……? 人違いじゃないのか?」
この幽霊は、自分のことを妹だと思いこんじゃってる精神異常者なんじゃないか。
ああでも、俺は小学校低学年以前の記憶を思い出せない精神異常者なので、その空白期間に妹がいたという可能性もなきにしもあらずか。
「……え⁉ お兄ちゃんでしょ。私を救ってくれる人っていったら、凪くらいだから……間違いないって」
なんだそれ。
「確かに俺の名前は凪だ。が……」
なおも疑う俺に、銀髪の顔に悲しみと呆れの表情が見え始める。
「じゃあ俺は兄ってことで……。実をいえば俺、昔の記憶がないんだよな。だから銀髪、お前が誰か分からない」
俺の記憶は小学二、三年辺りから始まる。
「あ、そうなんだ」
「そこはもっと驚くべきとこだろう」
銀髪の反応は淡白だった。
「じゃあ自己紹介から始めないとダメだね。――私の名前、なんでしょう」
「当てられるか」
「ナギに似た感じで、最後に〝ぎ〟が付くからワンチャン当たるよ」
「なぎ、にぎ、ぬぎ、」顔色を伺いながら聞いていく。
「ねぎ」
ここで表情が揺らぐ。
答えは得た。
「ねぎだな」
「なわけないでしょ……。正解はそよぎ」
三文字かよ。
「当てられるか。ひらがなでいいのか?」
「いや、漢字あるよ。後付けだけどね」
「ふーん……? じゃあ改めて……俺は凪だ」
「初めまして、久しぶりだね、お兄ちゃん!」
○
「ええと、私のこと助けてくれてありがとう」
「いや礼を言うなら俺じゃなくてハバキ……? の方に言ってくれ。それに
「あっ、うっ、ううん、いえいえ」
ところで、今この時に至るまで、
理屈は分からないが、幽体でも重さがあるらしい。重いものは重い。
俺は「悪いが一度俺から降りてくれないか」と言おうとしたのに、疲れのせいか、不幸にも思ったことを素直に口にしてしまう。
「なぁ、重いから俺から降りてくれないか……」
「なっ! おっ、おもっ!?」
「へぶっ!」
情けない声を出して、盛大にずっこけた。俺から離れたはずなのに、俺の方に向かってずっこけた。
「大丈夫か⁉」
そして止まった。
「
「――は? そんなわけ……」
「なら私から離れてみて」
俺は立ち上がる。
ヒョイ、と
「あっ……すまん」
どうやら本当に、俺達は離れられない状態になっているようだ。
うつ伏せの梵は、土下座の体制になった。
「こうなっちゃったんだね……。――ごめんなさい。凪を助けるにはこの術しか持ち合わせてなくて、見殺しにはできなくて……」
「いや、どのような方法であれ、助けてくれたからには感謝してるよ。顔を上げろって」
梵は立ち上がり、乱れた袴を整えた。
「御霊遷しっていう、上位の存在を御するために作られた術があって……術の仕組みから考えて、凪から流れ出た部分を私で補完できる――って思ったんだけど、魂を融合させる技だから、副作用で離れられなくなっちゃった……」
「なるほど……?」
「三割。凪が失った三割くらいは私の方で補完したんじゃないかな……」
梵はじっと俺を見ていた。
「妙に具体的な数字だな」
「だって凪の髪の三割くらいが銀髪になってるし」
「……嘘だろ」
梵がおずおずと懐刀を差し出す。
刀身を覗き込む。
「うぉ……」
学校に行ける状況なのかまだ分からないが、入学式してすぐに銀メッシュヘアにしてくるヤツがどこにいようか。
「なぁ
「掛け方しか教わってなくて……。
「じゃあ俺達はこのままなのか……?」
「そうなる……」
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