第21話目的


~VIP席~


「・・・・・・ちっ!」


「・・・どうしたの?博士?・・・・!・・・泣いてるの?」


見た目が5歳ぐらいの少女が、白衣のドクターSに尋ねる。

ドクターSは俯いたまま、少女の問いには答えない。

二人の間に、しばしの沈黙が流れた。


「ああ!頭がっ!!・・・割れそうだ!!!」


ドクターSは突然、頭を両手で押さえ苦しみ出した。

その時少女がドクターSの頭に手を当てる。

慌てる素振りも見せずに、慣れた様子の少女。


「・・・だいじょうぶ・・・だいじょぶだから・・・」


「・・・・・・・!!」


少女の手が光輝き、部屋中が温かなぬくもりに包まれる。

手の輝きがドクターSの頭を優しく温めていく。

しばらくするとドクターSの症状が治まった。


「・・・いったい・・・誰なんだ?・・思い出せない・・・」


「・・・・・」(記憶が途切れ途切れに・・・いつもの事ね)


ドクターSから手を放し、少女はいつも自分が腰かけている椅子に座る。

座りながらドクターSに問いかける少女。


「・・・・・その人は・・大切な人だった?・・博士」


「・・・ああ、たぶんな。・・・・・・遠くに・・・遥・・・・君は・・・」


ドクターSの方は見ないように、話しかける少女。

椅子に座っている少女は、足をぶらぶらさせて外の景色を眺めている。

ドクターSは椅子に座ったまま、黙り込んでいる。

部屋に重苦しい空気が漂っていた。

沈黙に耐えられなくなり、座っていた椅子から少女が飛び起きる。


「・・・・ちょっと出かけてきますね!博士!」


「・・・出かけるのか・・・聖女様は忙しいな」


白いワンピースを着た少女が、ドクターSの方を振り向く。


「その呼び方はやめて!博士!」


顔を膨らませ、ふてくされている少女。

ドクターSは涙を拭い、少女にいつもの柔和な表情で話しかける。


「・・ああ、イブ。遊んでおいで」


「うん!」


イブは部屋に一つだけある、扉をくぐり外に出ていった。



~銀河宅~



「じゃあな・・・・銀河・・・・・あまり・自分を責めるなよ・・・」



葬儀が終わり、最後の客が僕に言葉をかけて出ていった。

あっという間に母さんは骨になった。

すこしだけ骨を拾ってもらい、小さなペンダントにしてもらった。

のこりは火葬場で供養してもらう。宗教や価値観は人それぞれで、僕は大切な人を身近に感じる方法をとった。

正しいのかはわからない。何もかも慌ただしく終わり、僕は家に帰って来た。


『・・・・ぐぅ~』


自分の腹の音が聞こえて来た。

僕は自分の部屋にある時計に目を移す。

2050年7月10日(日)・・午後8時3分か・・。

母さんが亡くなってからもう一週間か・・・・。

・・何してたっけ・・・・何か食べたっけ・・・・そう言えば、水しか飲んでないな・・・・。

僕は力の入らない体を無理に起こし、食べ物を口に入れるため、ふらふらとキッチンに向かった。


自分しかいない暗がりの廊下を進んでいく。

あれほど眩しかった、ささやかな日常は僕の目の前から消え去った。

芽生えかけていたジョブ・ガチャへの情熱も消えてしまった。

病気の母が喜んでくれる美味しくて健康的な・・そんな料理を作りたくて、ガイの店で仕事を始めた僕。

その大切な母さんは・・・・もう・・いない・・。


キッチンに到着して、僕は冷蔵庫を開けた。

暗がりの中で庫内を照らす冷蔵庫の光だけが眩しい。

僕は茹でて冷蔵庫に入れっぱなしだった、ゆで卵を取り出した。

すこしべたついていたが、水道で綺麗に洗った。

だいじょうぶ・・かな?ま、いっか・・・どうでも・・・・・・。

そのまま口に放り込んだ。


「・・・・まずっ・・」


咀嚼しながら嫌な匂いが、口いっぱいに広がった。

だけど僕はそのままそれを飲み込んだ。

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、口の中に残っている物をすべて体内に流しこんだ。

僕は力なく冷蔵庫の扉を閉めた。


暗がりの部屋の中が、まるで今の僕の心の中を映しているみたいだった。

どうしよう、何をしよう・・目的を無くしたこれから先を・・・。


「・・・はぁ・・・・もう・・死んでもいいかな・・・いっそ・・・・このまま・・・」


考えて出てくるのは、暗い思考だけだった。

母の死から一週間、考えて思い至るのはこの結末だけ。

だけど、死ぬ勇気もなくて・・・・・・。

僕は何がしたいんだろう・・・。

その時、今際の際の母さんの言葉を思い返した。


『・・・でも大事な事だから聞いてちょうだい。母さんが死んだら、母さんの部屋の机を調べてみて・・・大事な物が入ってるから・・』


その言葉を思い出し、僕は母さんの寝室の前にやって来た。

最後に母さんが僕に託した思いを確認するため、僕は寝室の扉を開いた。


『ガチャ!』


扉を開け、すぐ横の電気を付ける。


「!!」


僕の目の前には、母さんの寝室が飛び込んできた。

今にも母さんが現れそうな・・・そんな気持が僕をよぎった。

母さんの好みがわかる、ナチュラルテイストの家具が綺麗に配置されている。

僕は母さんが言っていた部屋の机を発見した。


「・・・これだろうな・・」


それは木製の机で塗られた漆が光沢を放っている。

取っ手は金属製で出来ている、僕はその取っ手を引いた。


「・・・・・」


僕の目の前に、2通の封筒が現れた。

一通は遺書と書かれ、もう一通は『銀河へ』と記された手紙。

遺書から先に僕は開いてみることにした。


『 遺書  全財産を子 いつも銀河に譲る 2050年×月×日』

遺書の下にはもう一通紙が入っていた。


『友人で弁護士をしている○○に話をしています。相談してください。電話番号は・・・・』


母さんは自分が死ぬ事が分かってたのかな・・。

いつも僕の将来を心配してくれていた、聡明な母さんの事だから、死んだ後の事も綺麗に片付けたかったのかな・・・。


遺書を引き出しに置き、僕はもう一通の手紙を開いた。


「銀河へ、あなたがこれを読んでいるとしたら・・・私は死んでいるでしょう。あなたにはつらい事かもしれないけど、母さんはこれでよかったと思っています。

別に自分が死ぬと予測していたわけじゃないからね、銀河!自分でいつ死ぬかなんて誰にもわかりません。銀河、あなたは病気の私を献身的に支えてくれたね!母としては嬉しい限りです。

でもそれと同時にあなたの可能性を奪っているとも感じていました。この前銀河、あなたが好きな子が居ると言った時は、驚きと同時に嬉しい気持ちを感じました。子供の成長を見る事ができるのが親の楽しみの一つでもあります。

あの時は私はその好きな事付き合う事を反対しましたが、銀河が幸せならそれでいいと今は思います。これからはその人を大切にして、未来を二人で切り開いてください。財産を残しますが、あなたの好きなように使ってください。最後に手紙の底に写真を添えています。

あなたの父、そしてお兄さんと撮った家族写真です。裏に名前も書いています。銀河あなたには、分かれた夫の事そして、兄の事は話してきませんでした。ごめんなさい。 じゃあ、母さんの出番はここまでです。 頑張って生きてね・・・私の愛しい銀河へ!母より」



その時僕の頭に激痛が走った。

いつものことだ・・・そういつもの・・・。

父の事を思い出すと、決まって頭痛に襲われる。

理由は分かっている、そう父が幼い僕に言ったあの言葉のせいだ。


「・・・・この子はいらない」


これは僕の頭の中で合成された記憶?

それとも実際に起きた事なのだろうか・・・。

幼い僕が父の元へ駆け寄り抱っこをせがむ、そして父が振り向き僕にこの言葉を投げかけるのだった。

時が経ってもたびたびこの場面を思い出し、僕は結婚や離婚の事を小さい頃から考えていた。

そしていらない僕は何のために生まれてきたのだろうか?という問いにいつもたどり着いていた。

そんな暗い僕の心を癒してくれたのは、母さんだけだった。そんないらない僕を必要としてくれたから・・。


「・・・だけど母さん・・・まだ、可憐さんとは付き合ってもないよ・・・ただ殴られてるだけで・・・」


母さんの寝室に居ると、まだ母さんが生きているような気がして・・僕は独り言をつぶやいていた。

僕は一週間ぶりに小さく笑っていた、大好きな可憐さんを思いだしたからかな・・。


「・・・それに母さんの手伝いは、僕が好きでやってたんだ・・・母さんあなたは・・・僕のルーツだから・・・いや、僕自身なのかもしれない・・・」


独り言をつぶやきながら、手紙の下の写真を手に取る。

そこには幸せそうに笑う母さんと、初めて見る父親、そしてすこし気の強そうな子供、兄?が写っている。

母さんの手には生まれたばかりの身包みに包まれている僕が居た。

手紙の言葉を思い出し、僕は写真の裏面を確認する。

そこには母さんの文字が書かれていた。


父 九門龍 最高 、兄 九門龍 豪気 か・・・・・。

初めて知った父と兄の情報、でもこれから先出会う事もないだろう。

母さんが死んでも葬儀には現れなかったのだから・・・。



その時、急に吐き気が催してきた。

僕は口を押えキッチンへと、大急ぎで走った。


「・・お、おえっ~!・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・」


嘔吐した卵を水に流し、僕は口を水で洗った。

母さんの手紙を読んで、すこしだけ元気をもらった気がする。

僕はリビングに行って、電気を付けた。

久しぶりに電気を付けたような気がする、リビングにいつもの光が輝いている。

それでも一人の家は寂しくて、人の声を聞きたくなりテレビの電源を付ける。


「・・・・・・」


僕はミネラルウォーターを飲みながら、テレビを見ていた。

番組が終了し、時刻は夜の8時55分。

9時までのひと時、短めのニュースとCMが流れていく。


「・・あ!ジョブ・ガチャのCMだ・・・」


テレビの中でジョブ・ガチャのCMが流れ始めた。


『仕事探しに困ったら~~?そうジョブ・ガチャ~!雇用創出エンターテインメント!!!ジョブ・ガチャ!!!ジョブ・ガチャの楽しさは仕事だけじゃありません!ダンジョン50塔の最上階には『はじまりの物質』と呼ばれる超絶アイテムが!!!ゲットすると、何でも願いがかなうとか~?!

どんな願いが叶うのか、ぜひその手でゲットしよう!!もちろん観覧するだけで、プレゼントをもらえるキャンペーンも継続中です。さらに、今ならジョブ・ガチャ内から配信された動画にコメントしてくれた人の中から、50名様に私が設計したサングラスプレゼントしちゃうぞ!!みんな、欲しいだろ~?応募待ってるからな!!」


サングラスの男が手を振った所で、CMは終わった。


「サングラスは・・・いらないな・・・・・ダンジョン攻略か・・・・どんな願いも・・・か」


僕の中で瓦解していた目的。しかし今のCMを聞き、新たな目的が見え始めた。

腹が空いている事に気が付き、僕はまたキッチンへと向かう。

明日からの為に冷蔵庫にある残り物で、有り合わせの料理を作った。

僕はその料理を心のそこから味わい、そして明日から始まるダンジョン攻略の為に早めに就寝した。

ベットに横たわり、明日が来るのを待ち遠しく感じる自分に気付いた。


「ダンジョンの最上階を目指す!!」


僕はベットに横たわり、天井に向けて右手を握りしめた。

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