第15話やりがい
「ガイさん、野菜の仕込み終わりました!」
「ああ、ご苦労さん!君は呑み込みが早いね」
僕は店長のガイに褒められて、ちょっと嬉しい気持ちになった。
まな板、包丁、そして野菜くずを片付けて、僕の厨房周りは綺麗になった。
何の取り柄もない僕だけど、料理は好きで続けてこれた。
この店で現実でも役に立つスキルを学んでいこうと思う。
「ガイさん、他にやる事ありますか?」
「・・・うん、そうだな。店の前のゴミを箒で掃いてきてくれるかい?道具は外の隅のロッカーに入ってるから!お客さんが入ってきたら、あいさつも忘れずにね」
僕は元気にうなずき、店の玄関に向かった。
「これか」
僕は玄関脇に置いてあるロッカーから掃除道具を取り出した。
右手に箒、左手にチリトリを持って玄関先を掃除していく。
「お、ここだよ!ここ!戦闘の時に能力が上がるっていう定食屋!」
「スゲーよな、カルマの中じゃこの場所だけなんだろ?ポテンシャル・ライスだっけ?この前ログで知ってから、一度来てみたかったんだ!」
2人組の冒険者が僕が働く定食屋に入って行く。
「いらっしゃいませ!」
僕の口から自然と挨拶の言葉が出た。
店長のガイの優しい教育のおかげだろう。
今まで働いた事のなかった僕のやる気を自然に引き出してくれる。
良い店で働くことが出来て、僕の中でヤル気が満ちていく。
「よっし、玄関先は綺麗になったな!またガイさんに次の指示を仰ぐとしよう」
僕はロッカーに掃除道具をしまう。
店の中央上部に取り付けてある看板に目をやる。
朝日に照らされて誇らしげに輝いている店の看板『元気食堂』
食べると元気が出ると噂の、この店にピッタリな名前だ。
僕が掃除をしている間にも、つぎつぎと元気食堂に冒険者が入店してく。
「よし、つぎの作業をガイさんに聞きに行こう!今まで遊んでいた分、どんどん自分から仕事を覚えないとな!」
僕は身につけていた、黒いエプロンの紐を閉めなおして店内に戻った。
「ガイさん、次は何をしましょう?」
「あっと、次はお客さんの料理を配膳して!」
僕は分かりましたと頷き、配膳の仕事を開始した。
「お待たせしました!豚の生姜焼き定食です」
「お待たせしました!焼き魚定食です」
「お待たせしました!季節の野菜たっぷりの酢豚御膳になります」
はぁ、はぁ、はぁ、結構大変だな!
見てるのとやるのじゃ全然違うもんだ!
お腹を空かせて殺気だっている冒険者に間違いのないように配膳していく。
「慣れてきた?銀河君?」
「ええ、そうですね」
配膳を担当して約2時間が過ぎた頃、僕にガイが尋ねて来た。
料理を運ぶだけだから、イージ、イージ!楽勝だよ!
「えっと、それじゃ!お客さんの注文を聞いてバックヤードで働く俺達に注文を伝えてくれる?」
「はい、わかりました!注文ですね!」
僕は笑顔で返事を返した。
「えっと、銀河君!注文だけじゃないよ?注文と配膳両方だからね♪」
「え?」
ガイは嬉しそうに笑っている。
ま、大丈夫だろう!なんとかなるさ!
配膳の要領もだいぶ掴んできたし、大丈夫さ!
「えっと、銀河君はすこしぽっちゃり体型だから、良かったね!今から忙しい昼ピークだから、結構な運動量になるよ!ここで働き始めてから、皆スリムになっていくよ!はははは!」
そう言うとガイは笑っている。
よっしゃ!やったろうじゃんか!
伊達にニートやってないから!(意味不明)僕にだってそれぐらいできるさ!
「あ、腹減った!俺、野菜炒め!大盛!」
「俺は豚カツ定食!大盛と、ボンレスハムサラダをくれ!」
「ええっと、俺は味噌ラーメンと、チャーハン大盛!それからギョーザで!」
店に入ってくるなり、ノールックで注文を投げかけてくる冒険者の3人組。
僕は挨拶をして、開いている席に案内した。
その間に必死に注文を暗記する。一つ作業が増えるだけで、難易度が上がるな!
ま、やって覚えるしかないけど。3人組の席にウェルカムウォーターを置いて、カウンターへダッシュする僕。
忘れないうちに、注文をガイ達、調理班に伝える。
「野菜炒め、大盛!豚カツ定食、大盛とボンレスハムサラダ!それから・・・味噌ラーメンとチャーハン大盛、・・・あと何だっけか?あ!餃子をお願いします!」
ふぅ、ギリギリだったな!
日頃脳みそをここまで使う事はないし・・・・。
いつもは可憐さんと戯れる事に、僕の脳みそは使われているし。
ワーキングメモリーだっけ?この作業を通じて少しは磨かれるだろう!僕がんば!
「お!結構客多いな!」
「だな、俺腹減ったぞ!」
「いっしゃいませ!」
元気食堂に入って来た冒険者2人組に僕はあいさつした。
(坊ちゃん、大変そうですね♪)
ストラップに変化したバフォちゃんが、クソ忙しい僕に話しかけてくる。
「な、なに?!僕忙しいんだけど?」
(仮にも魔王なんですから、そんな庶民的な労働しなくても・・・今年のカルマを象徴する存在ですよ?坊ちゃんは?)
ああも、五月蠅いな!
僕は目が回る忙しさなのに!いやホント猫の手も借りたいよ!
ヤギの手でもいいけど、たぶんバフォちゃんは手伝ってくれないだろうな!
小さくなっているバフォちゃんの、五月蠅い口を僕は押さえつけた。
(も!べ!モ!べ!!!)
ストラップに変化して僕のズボンのベルトで揺れているバフォちゃんはジタバタしている。
これでちょっとは静かになるだろう!
「おい、注文まだかよ!」
「早くしろよ、このデブ!」
ちっ!わかってるよ!今行くよ!
僕の額からは滝の様な汗が流れている。
ゲーム内でも汗が出るって凄いな!どんな仕組み何だろう?
僕はダッシュで先ほどの2人組を席に案内した。
「えっと、俺ガーリックチキン定食、大盛で!あとシーザサラダくれ!」
「俺は純和風定食で!」
「は、はい!かしこまりました!」
僕は昼のピークの時間慌ただしく店内を駆け抜けた。
「ごちそうさん!ああ!みなぎって来たぜ!!これで今日もモンスターを倒しまくってやるぜ!」
「ふぅ、うまかった!やっぱここの飯は最高だぜ!ガイさんまた来るぜ!」
「おつりになります!ありがとうございました!」
僕はおつりを最後の客に渡し終えた。
先ほどまで大勢いた冒険者たちは、みな50の塔に出かけていった。
殺人的な昼のピークの時間を経験した僕。
バフォちゃんが用意してくれた黒のジャージは、僕の汗でびちょびちょになっている。
(水も滴る良いニートですね!坊ちゃん!)
「テメェ!褒める気ねーだろ!クソヤギ!」
ブツブツと痴話げんかをしている僕とバフォちゃん。
そんな僕たちに作業場からガイが声を掛けてくる。
「銀河君、遅くなったけど昼の賄いを作ってあげるよ!すこし待っててね!」
「はい、ありがとうございます!ガイさん!」
僕はガイに促され、開いている店の席に着席した。
先ほどまで賑やかだったのが嘘のように、店内は静かになっている。
ガイが出してくれた、温かなお茶を飲みながら慌ただしく駆け抜けた自分を思い返していた。
なんとかなるもんだな、こんな僕でも何かの役に立つことが出来た。
「はい、お待たせ!銀河君!メイン料理の切れ端を集めた、デラックスメニューだよ!召し上がれ!」
ガイは柔和な表情で僕の前に、料理を差し出した。
言葉の通り目移りしそうなほど、たくさんの具材が皿に盛り付けてある。
ちょっとづつ色んな味を楽しむことが出来そうだ!
「いただきます!ガイさん」
「ふふ」
ガイは嬉しそうに笑っている。
僕は恐る恐る出された食事を口に運んだ。
「!!!・・おいしい!!美味しいです!ガイさん!なんだか、みなぎってきます!」
「はは、そう。ありがとう!」
そう言いガイは店内の入り口を真剣な表情で見つめている。
「?・・どうかしたんですか?ガイさん?」
「あ!いや・・・なんでもないよ」
僕は食事を頬張りながら、感じたままにガイに質問してみた。
「ガイさん!どうしてここの食事を食べると戦闘力が上がるんですかね?」
「ああ、それね・・・それはね」
そう言うとガイは僕の前の席に座った。
「ボクも不思議だったんだけど・・・このゲームは休んだり食事を取らないと、プレイヤーの能力が下がるのは、銀河君も知ってるだろ?」
「ええ、そう聞いています」
僕はご飯を食べながらガイの話の続きを聞いた。
「現実とゲーム内の食事は、ブレインを通してリンクしているよね!そして現実だとカロリーとして・・ま、ぶどう糖ってことね!ゲームを動かすのには何が必要かわかるよね?銀河君?」
「はぁ・・コンセントをさすから・・・電気が必要です」
僕は宙を仰ぎ、考えながらガイに答えた。
「そう、この電気だね!なんでかわかんないけど、この食堂のご飯を食べるとゲーム内の電気量が上昇する見たいだね!最初はボクも知らなかったんだけど・・後でいろんなプレイヤーがそう言う現象が起きたって言ってきてね!ま、今でも半信半疑だけど!ボクは皆のご飯を作るだけさ!」
そう言うとガイは目の前の席から立ちあがった。
「さっ、夜の仕込み始めようかな!銀河君、1時間休憩取っていいから!昼からは仕込みのサポートよろしく!」
「はい!わかりました!」
僕は元気に返事を返した。
よし!昼からも頑張るぞ!この賄いのご飯も美味しいし、この店で働けて嬉しいな!
(坊ちゃん!どうですか?何かスキル上がりましたか?)
「え?そんなすぐに上がるの?どれどれ・・・」
僕はメニュー画面を開き、スキルの欄を開いた。
「えっとね・・・わかんない!バフォちゃん」
(スキル欄の上にゲージがあるでしょ?それが右端まで行くと、レベルが1上がる仕組みです!よく見てくださいね、坊ちゃん!)
そうなの?知らなかったな!どれどれ?
「あ、ちょっぴりゲージが上昇してる!・・・えっと、駆け足スキルが上がってるね、まだレベルが上がるまでは時間かかりそう!」
(でもよかったじゃないですか?自分の好きな仕事が出来て!でも魔王になったのにもったいないですよ?カルマの象徴ですからね、坊ちゃんは!)
小さなストラップになってぶらぶらしてるバフォちゃんに、僕はデコピンを放った。
(な、なにするだ!また、女に手を上げるさ、ろくでもね~男だな!べ~だ!)
小さい体を動かして、僕の体を殴りつけているバフォちゃん。
でもそんなパンチじゃノーダメージだよね!
バフォちゃんが小さくなっている今が、日頃の恨みを晴らすチャンス!
でもま、小さくて可愛いストラップにしか見えないよね、普通の人が見たら。
「ごちそうさまです、ガイさん!美味しかったです!」
「そう、ありがとう!じゃ早速仕込みを始めようか!このキャベツを千切りにしてくれる?」
僕は賄いで使った皿を素早く洗い所定の場所に収納した。
「よし、キャベツの千切りっと!」
いつもどうり、家でご飯を作っている感覚で僕はキャベツを千切りにした。
「おお、凄いね!銀河君!家でも料理するでしょ?違う?」
「ええ、やります!料理好きなんで!」
ガイは僕の包丁さばきを見て頷いている。
「っていうか、銀河君!スキル見てごらん!多分リアルの能力がゲーム内で反映されてるはずだから!」
「そうなんですか?見てみます」
僕は包丁をまな板に置き、メニュー画面を開いた。
先ほどと同じ要領でスキル欄を開いていく。
「あ、ホントだ!包丁さばきレベル4ってなってます!」
「凄いね、銀河君!キミならもっと上達できるはずだよ!頑張って行こう!」
僕は元気よく返事を返した。
~2時間後~
「お疲れ様、銀河君!今日はここまでで、上がっていいよ!」
「はい、お疲れ様です!」
僕は深々とガイに会釈をした。
「ああ、そうそう!今日働いた給料は、ジョブ・コインで支払われているから安心してね!受け渡しのモーションは気分的な儀式だから!お金の増減は瞬時にゲームに反映されるから覚えておいて!」
「はい、わかりました!ありがとうございます!」
僕は他のスタッフにも、終業の挨拶を言って元気食堂を後にした。
「ふぅ、疲れたけど・・・充実した一日だったな!」
「ですね・・・汗クサ!城に帰ったら、ジャージ着替えてくださいね♪洗ってあげますよ!」
夕日が町を染める頃、僕たちは城に帰るため歩き出した。
~銀河達から少し離れた店先~
「あれが・・・いつも銀河か・・・・・」
「どうかしました?豪気さん?」
荷物を持った男がやって来た。
「・・・・いや、なんでもない!さぁ、休憩も終わりだ!また、ダンジョンに行くぞ!」
「はい、豪気さん!こっちの準備はいつでもオッケーです!」
豪気と呼ばれる男がマントを翻し、ダンジョンに向け歩き出した。
「ふっ、お前たち頼りにしている!さぁ、行くぞ!オレについて来い!!」
『おお!!!』一同
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