023 幽霊の身体検査②

 椅子に座っている黒髪ポニーテールの女子高生を眺めながら、僕は考えた。


 すでに、彼女の手は握った……。

 足だって、太ももまでは触らせてもらえた……。


 もう充分といえるほど『ありがたい思い』をさせていただいた。

 感謝! 涙!


 それなのにまだ僕は、彼女の身体を触らせていただけるのか?


「うーん……」と、僕は思わず声を漏らした。


 おっぱい……。

 おっぱいを触らせてほしい……。


 ああ……これは絶対に言えないや。

 さすがに言えないだろう。


 僕は黙ったまま首を横に振った。


 もう少しまじめに考えよう。

 ちゃんと考えなくちゃ。

 嫌われたくないし……。


 おっぱい……。

 この子のおっぱい、ステキなサイズだったよなあ……。

 今はジャージを着ているからわかりにくいけど、セーラー服のときけっこうステキなサイズだった気がする。

 僕好みのちょうど良いサイズというか……。


 ああ、ダメだ。

 どうしてもおっぱいを触りたくなってしまう。

 あの緑色のブラジャーに包まれたおっぱい。


 僕は黙ったまま、もう一度首を横に振った。


 本当にまじめに考えよう。

 彼女のどこを触りたい?


 僕は椅子に座っている女子高生の足元に視線を向けると、そこから順番に視線を上へ上へと移動させた。


 足の裏?

 そこは触るなと言われただろうが!


 くるぶし?

 うーん……。

 足首からふとももまでは、先ほどありがたく触らせていただいたし……。


 内ももは?

 もう一回、内ももを触りたい?

 もう一回触って、ストップと言われても内ももを触り続け、彼女をずっと笑わせ続けたい気もする。

 内ももが、彼女の弱点みたいだしな……。

 でも、きっと嫌われるか。


 またとか足の付け根――鼠径部そけいぶっていうんだっけ?

 いや……股や鼠径部なんて、おっぱいと同じくらい無理だろ……。

 絶対無理だ。


 お尻?

 考えるだけ無駄だ。

 絶対、嫌われる。


 脇腹わきばらは?

 んっ……こしょこしょと脇腹をくすぐる?

 ぎりぎり交渉の余地はあるだろうか?

 でも、幽霊の確認作業で脇腹を触るとか、なんの関係が?


 へそ? へそはどうだ?

 いや、無理だろ。

 へそは他人に触らせるのは、ハードルが高い気がする。


「うーん……」と、声を漏らしながら、さらに視線を上に移動させる。


 肋骨ろっこつは?

 肋骨を触らせてくれなんて言えないな?


 肋骨の上は……おっぱい……か。

 おっぱい……。

 うん。おっぱいを触らせてもらうのは無理だ。

 それはもうさっき結論を出した。


 脇は? 脇をくすぐる?

 脇腹と脇だったら、どっちが難易度が高い?


 鎖骨さこつは?

 鎖骨触らせてくださいって言える?

 なんか、無理だな。


 首? 首筋? アゴ?

 顔の周辺は、難易度が高くないか?


 くちびる?

 不可能だろ? バカか。


 耳? 耳たぶ?

 耳たぶかあ……なんか、もっと他にあるだろ?

 でも、耳たぶ触るの好きな人もいるよな。

 僕は違うけど。


 鼻?

 鼻の頭をちょんと触る?

 顔のパーツでも、鼻の頭くらいだったら、ぎりぎり交渉の余地はあるか?


 おでこ?

 おでこも、ぎりイケる?


「うーん……」と、何度目かの声を僕は漏らした。


 女子高生は両目をぱちぱちとまばたかせながら、僕の言葉を待っている様子だった。


 どうしよう……。

 早く何か答えなくちゃ。


 女子高生がもう一度尋ねてきた。


「どうしますか? 足の他に、わたしの身体で触って調べたいところはありますか?」


『おっぱい』って言っちゃえよ――と、僕の心の中の悪魔がささやいた。

『おっぱい』と言ってはダメです――と、僕の心の中の天使がささやいた。

肩甲骨けんこうこつ』はどうだろうか? ――と、僕の心の中の誰かがささやいた。

 えっ……誰?


 そう思いながらも僕は、『おっぱい』と言うよりは、はるかにマシだろうと思い、彼女に向かって言った。


「一度、肩甲骨を触って調べたいです、うッス」

「肩甲骨って……背中の? 肩の下あたりの?」

「うッス」

「いいですよ。背中だから、椅子に座ったままだと、椅子の背もたれが邪魔になりますかね?」


 そう言うと女子高生は、自主的にベッドに向かう。


「ベッドでうつぶせになりましょうか?」


 彼女からそう尋ねられたので「はい」と、僕は答えた。

 ベッドのシーツは洗濯したての清潔なものだ。

 枕カバーも洗ってある。

 この日のために、部屋の掃除もいつもきちんとしてある。

 彼女がベッドで横になっても、シーツや枕が臭いとは思われないと思う。


 僕は掛け布団をベッドから移動させた。

 続いて女子高生がベッドの上でうつぶせになってくれる。


「これでいいでしょうか?」

「うッス」


 うつぶせになっているジャージ姿の女子高生を僕は、彼女の足側から眺めている。

 お尻のかたちとか、すごく可愛い気がする。

 後ろから眺める黒髪のポニーテールとかもすごくステキだ。


 彼女はうつぶせになっているから、僕からジロジロ見られていることには気がついていないだろう。


「ベッドのシーツ、すごくいい香りがしますよね」

「うッス。洗いたてです」

「もしかして、わたしのためですか? ありがとうございます。前回もベッドで横になったとき、いい香りがするなあって思ったんですよ。前回も洗濯してくれていたんですよね」

「うッス」

「最初に来たときからこの部屋は綺麗でしたし、色々と清潔ですよね。そういうところ、なんだかすごく安心できます」


 女子高生はベッドでうつぶせになりながら、僕の方を向かずに会話を続ける。

 だから僕は、彼女の可愛いお尻を背後から眺め放題だった。


「あの……あなたって、女の子からけっこうモテますか?」


 はあ?

 えっ……?

 急にどうした?

 僕のどこを見て、彼女はそう思ったのか?


「い、いえ。僕はモテないッスよ。うッス」


 と、僕は答える。

 女子高生はベッドでうつぶせになったまま、こちらを見ずにこう言った。


「うッス。すみません。なんか、ちょっと気になったので……女の子の友達とか、どれくらいいるのかなあって」


 んっ?

 なんか、人間関係の調査をされてる?


「お、お、女友達とか、一人もいないッスよ。僕には男の友達しかいないッス」


 まあ、白衣を着た女子高生『ナナゴクシ先輩』は、僕が女友達としてカウントしては失礼だろう。

 そもそも彼女とは、まともに会話をしたことがないし。


「男友達しかいないんだ……。そうなんだ……」と言って、女子高生は何も言わなくなった。


 僕もなんだかしゃべることがなくなって、女子高生の可愛らしいお尻を眺めながら黙ってしまう。


 二人ともしゃべらないので、部屋の窓にぶつかる横殴りの雨の音が、すごくよく聞こえる時間が訪れたのだった。

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