2-8 ガスト村 1 宿屋の看板娘

 ウエスタンドアを開けるとすぐカウンターがあり、恰幅のいいおばさんが出迎えてくれた。


「いらっしゃい、リョーマ君だね? 村長から話は聞いてるよ。泊りかい? それとも食事かい?」

「今晩は、リョウマです。名前は伸ばしません。食事付きで一泊したいのですがいくらになりますか?」


「リョウマ君か、夕飯と朝食付きで4500ジェニーになるけど、その鳥はどうするんだい?」

「この子、俺の従魔なのですが、清潔にしていますし、同じ部屋で構わないでしょうか? それとこの子の食事も俺と同じものをお願いします」


 鳥と思われてるならその方がいいと思い、あえて訂正せずに『この子』と言って言葉を濁した。


「従魔はほんとなら獣舎で寝てもらうんだけどね……その子小さいし、綺麗に手入れもされてるようだから特別に許可してあげるよ。その代り何か壊したりその子がそそうをしてしまったりした場合はちゃんと補償はしてもらうけどいいかい?」


「はい、ありがとうございます。さっきダラスさんにこの宿にはお風呂もあると聞いたのですが?」


「ええ、こんな辺境だけど貴族様が来るからね。国の寄付金で領主様が割と立派なお風呂を作ってくれたのさ。入りたいなら別途で500ジェニー要るがいいかい?」


「はい、夕食を終えたらこの子と一緒に入りたいですね」

「じゃあ、全部で7000ジェニーだね」


 この世界の支払いはほぼ前金だそうだ。

 飲食関係ですら注文時に払う店も多いらしい。そうしないと逃げる奴が多いのだろうなと思いながら、銀貨7枚を支払った。


 お金に関する知識は一応サクラに教えてもらっている。

 この世界では紙の貨幣は無く、すべて硬貨で取引されているようだ。全世界共通の貨幣単位がジェニーと言われている世界通貨なのだが、それ以外にも各国が造幣している硬貨が9種類ほどあるそうだ。


 各国で硬貨に使われている金や銀の含有量が違い、換算レートが違うそうで国家間の商業取引でよく揉めているらしい。


  各硬貨価値

      銅貨:10ジェニー

      鉄貨:100ジェニー

      銀貨:1000ジェニー

      金貨:10000ジェニー

  ミスリル硬貨:10万ジェニー

オリハルコン硬貨:100万ジェニー


 昔は屑銭と言われるすぐ錆びる鉄の硬貨が1ジェニーとして使われていたそうだが、現在は10ジェニーが最小価値の硬貨だとか……。それと以前は鉄貨が10ジェニーで使われていたが、現在では武器や農具や工具やらと用途が様々で鉄の方が価値が高くなっているのだそうだ。 


 正直一泊7000ジェニーが高いのか安いのかが分からないが、このおばさんが良心的なのは何となく分かった。 本当なら従魔は獣舎で2000ジェニー要るのだ。


「夕飯と朝食はどっちで食べるんだい? 奥に食堂があるのだけど、夜は酒場も兼ねてるから少し騒がしいかもしれないが、ここの連中は酔って絡むような事はしないから安心おし。嫌なら部屋に届けるよ」


「食堂でこれからすぐ頂きたいですね。食後にお風呂に行きたいと思います。それとこの子用の器はこれでお願いします。木の器だと軽くて引っ繰り返しちゃいますので」


 フェイ用にエンチャント強化したガラスの器を作っておいたのだが、人化できることが分かったので、折角ナビーが作ってくれたが、今後あまり使う機会は少ないのかもしれない。


「あんた、これガラス製じゃないか! 従魔にこんなの使うのは勿体無いよ!」


 どうやら、ガラス製品はまだ一般には普及されてない贅沢な物らしい。


「問題ないです。可愛いこの子の為ですから」

「わかったよ。そこから入って好きなテーブルについて待ってな。すぐにうちの旦那に作らせて持っていくから」


 言われた通りに右の奥に進んでみると、中には10人ほどの男が3つのテーブルで飲んでいた。


 俺が中に入ったら賑やかだった喧騒が一瞬で静かになった。おや? これは絡まれるかなと思ったのだがどうやら違うらしい。ここの客は村人や固定でいる冒険者ぐらいしか来ないらしく、単に物珍しかっただけのようだ。


「おお、お前が噂のリョーマ君か。これじゃカリナ隊長も心配だわな」

「今晩は、リョウマです。名前は伸ばしません……どういうことですか?」


「いやーな、昨日あのカリナ隊長が直々に村長にコールしてきたんだってよ。明日か明後日ぐらいにリョーマという少年が村を訪れるかもしれないのでよしなに頼むって。そしたらすぐにフィリア様からもコールがあって、同じような内容で頼まれたって村長が騒いでたからな」


「連絡入れてくれていたのは門でダラスさんが教えてくれたのですが、さっき言ってた『これじゃカリナ隊長も心配だわな』の意味が分かりません」


「気を悪くせんで聞いてくれな。この村でカリナ隊長って言ったら、大の男嫌いで通っているからな。そのカリナ隊長が直々頼むって言ってきたんだから、どんな奴が来るのか皆、興味津々だったわけよ。で、実際にリョウマ君が来てみたら女の子のような美少年だ。この辺は少し森に入ったら危険な魔獣が一杯いる辺境だからな、心配されたのも納得だ」


「そういうことですか。カリナ隊長とアラン隊長には1カ月程騎士宿舎で剣の稽古をつけてもらっていたので仲良くなったのです」


「いいなー、俺もカリナ隊長に稽古をつけてもらいたいぜ!」


 皆同じように頷いている。カリナ隊長大人気のようだ。確かに彼女は可愛いしな。


「それと、フィリア様に頼まれてた卵と牛乳は明日の昼までには集まるがそれでいいか? 悪いな、来るのは明日以降って聞いてたからまだ頼まれた数集まってないんだよ」


 別の男が申し訳なさそうに言ってきたのだが、こっちこそ急なことで申し訳ないと思う。


「いえいえわざわざすいません、よろしくお願いします。それで代金は幾らぐらいになりそうですか?」

「ああ、お金は神殿もちで払ってくれるそうだから要らないよ。次の卸の時に一緒に払ってくれるそうだ。頼まれた物が集まったらここに届けるから待っててくれな」


 この村から10日に一回ほど神殿に食糧の配達をおこなっているそうだ。この村の存在価値はまさにその為なのだろう。神殿はこの世界で一番高い山の7合目辺りにある。


 牛や鶏なども騎士宿舎の裏で飼育されているが、標高が高い為、野菜類はあまり育たないのだ。

 冬の豪雪時期には完全に行き来はできないが、転移魔法でちゃんと食料は配達されている。


「おまたせー。リョーマ君はどこかな」


 厨房の奥から間延びした声とともに、可愛い少女が俺の夕飯を運んできてくれた。


 まだ席にも着いてなかった俺は、皆に頭を下げ奥の隅の席に座った。

 食事はゆっくり摂りたいからね。根掘り葉掘り酒の肴にされてゆっくり食べれないのは俺的にNGなのだ。


「こっちに頼みます。それと、リョウマです」


 リョーマって間延びして言われるのは、何となくナナ以外に呼ばれたくなかったので毎回修正している。


「おいおい、パメラちゃん。いきなりリョウマ君に一目惚れか! クソー嫌なもの見てしまった。なんて罪作りな男なんだ」


 そうなのだ、パメラちゃんと呼ばれた少女は俺を見た瞬間ほんのり顔を赤らめてトレーを持ったまま固まっている。あの目はアンナさんやカリナ隊長が最終的に俺に向けてきていた目だ。

 俺の見た目だけで惚れるとは……納得できないが、魅力値:測定不能の影響なんだろう。


 フェイの美少女っぷりなのも考えたら、フード付きのローブか何かが要るな。


「あの、どうしました? 大丈夫ですか?」

「ひゃい、大丈夫です。お待たせしました。この宿屋の看板娘のパメラです」


 噛んじゃってるし、自分で看板娘って言っちゃってるよ。テンパってる感がひしひしと伝わってくる。

 俺の分のトレーを置いて、すぐにフェイの分を持ってきてくれた。


「フェイは人前だから足元で我慢な」

「ピィー」


 足元に食べやすいようにトレーから器を出して横一列に並べてやる。

 パンなどの大きなものは、全て一口サイズに切り分けて食べやすいようにしてあげる。


「頂きます」


 献立はこんな感じだった

 ・何か不明の煮込んだ肉のシチュー

 ・オーク肉入り野菜炒め

 ・鶏肉のようなモノの香味焼き

 ・オニオンスープ

 ・パン


 期待以上に美味しかった。

 まさか一汁三菜で出てくるとは思ってなかったのだ。朝夕で1500ジェニーって言ってたから下手したら自分で作った夜食がいるかもと思っていたくらいなのだが、ボリュームもたっぷりあってとても満足できた。


 フェイも満足したようだが、結構な量なのにあの小さな体のどこに入ったのかが不思議でならない。


「ごちそうさまでした。お風呂に入りたいのですがどこでしょうか?」

「こっちです。私が案内しますね」


 俺が食べてる間こっちをちらちら窺っていたパメラさんが案内してくれるようだ。

 後ろをついて行ってたのだが、パメラさんが振り返って話しかけてきた。


「リョウマ君、夕食どうでしたか?」

「とても美味しかったです。期待以上でした。シチューのお肉は何の肉なのでしょうか? 臭みも無くて軟らかく煮こまれていてとても気に入りました」


「ホーンラビットっていうウサギの肉です。この辺には結構沢山居るのですが、警戒心が強いうえに逃げ足がとても速いので基本罠で獲るのですが、頭も良くて数が獲れないので、町に持っていけば意外とお肉は高めで買ってくれるのですよ」


 おや? 宿屋の看板娘にしては狩人っぽい言い方だなと思い鑑定魔法をパメラさんに使ってみた。



《パメラ》

 主神:アリア

 副神:ネレイス・ヴィーネ

 HP:1279

 MP:218

 レベル:28

 種族:人族

 性別:女

 年齢:18

 職業:冒険者


 攻撃力:228

 防御力:187

 敏捷力:154

  知力:280

 精神力:272

   運:88

  魅力:170



 なるほど、これが18歳の女の子のステータスか。

 レベルは俺とそんなに変わらないのに、俺とのステータスの差がこれではっきり分かった。


『……一応言っておきますが、彼女は18歳にしては種族レベルは高い方です。夜はこうやって家の手伝いをしてウエイトレスをやっていますが、朝・夕は冒険者として活動しているので、レベルが高いのです』


『へぇ~。働き者だな……』



「パメラさんは冒険者もしているのですか?」

「はい、村の周囲に罠を仕掛けて薬草採取とウサギ専門の狩人みたいなことをやってます。角と毛皮はギルドが買い取ってくれますし。肉も沢山取れた時は町にも持っていって売ったりします。宿屋の手伝いより稼げるんですよ」


「この辺の森は危険だと聞いたのですが大丈夫なのですか?」

「村の周辺や街道付近は村の狩人や冒険者の人たちが定期的に狩っていますので危険はあまりありません。でも油断は禁物ですよ。時々強い魔獣が紛れ込む事があって命を落とす人もいます。辺境なので危険は一杯です。私は3人で罠の回収時は行動するようにしています」


「そうですか、俺はソロなので気を付けます」


「リョウマ君、その肩に乗ってる可愛い鳥は何なのです? 実はずっと気になっているのです」


「一応俺の従魔です。可愛いでしょ?」

「凄く可愛い! どこでテイムしたの? 私も欲しい」


「この子は希少種なので、残念ながらこの周辺では手に入らないです」


 この子1匹だけとか言うと面倒そうなので、この辺には居ないと誤魔化した。


「そうなの? 残念ね……ここがお風呂場です。なにか要る物とかあるかしら?」


「いえ、亜空間倉庫に全部必要な物は所持していますので大丈夫です」

「私は食堂の方に居ますので、出たら声を掛けてください。部屋に案内します。ではどうぞごゆっくり」 



 神殿の風呂と比べたら小規模だが、5人ほどが体が伸ばせるだけの広さはあり、疲れていたせいかかなり長湯をしてしまった。お湯の中で足を揉み解すと今日の疲れがお湯に溶けていってるように感じた。


 フェイもかなり疲れているようだし、明日は一日休んだ方が良さそうだな。


 通常の旅人は徒歩なら1日30~50km、ロバで40~60km、荷馬車で50~80km、馬で70~120kmほどの移動距離なのだそうだ。他にも地竜の下級種や飛竜の下級種がいるが一般で所有できるようなものじゃないので普通は馬車の移動が基本とのこと。街道なら定期便の馬車が通っているのでお金に余裕があるならそれを利用するのだそうだ。俺は今日徒歩で200km近く走ってきたわけだが、流石に女神謹製のこの体でも疲れたようで足が痛い。久しぶりの筋肉痛になっている。


 風呂から出た俺は食堂に行って、この村で服を売っていないかパメラさんに尋ねた。


「品数がほとんどないですが、雑貨屋に行けば少しは置いています。でも買うなら町に行ってから買った方がいいですよ」


「そうですか、服以外も見たいので明日雑貨屋に行ってみます。それから少し今日無理しすぎたようで、明日ゆっくり疲れを取りたいのでお母さんにもう一泊すると伝えといてもらえるかな? お昼は要らないので夕飯と朝食付きで予約しておいてください。今日は疲れたのでもう寝ることにします」


「うん、じゃあ部屋に案内するね」


 俺がもう一泊すると言ったら凄く嬉しそうな顔をしているのだが……顔に出過ぎですよパメラさん。


 食堂には一組だけ客が残っていたが俺に絡んでくるような人もなく、俺が先に寝ますと言ったらちゃんとおやすみと挨拶までしてくれる。とても行儀のいい酔っぱらいたちだった。


 部屋に案内されたが中々良い部屋だ。

 一人用の個室なのだが、貴族が泊まるだけあって、おそらくその従者たちが泊まるのを想定して建てられているのだろう。思っていたより広いし、ベッドもフカフカで清潔な部屋だった。


「疲れているようだけど、朝食は9時までですのでそれまでに食堂で食べてください。何か分からない事とかあるかしら?」


「今のところ大丈夫です、おやすみなさい」

「おやすみなさい、リョウマ君」



 一応神殿メンバーに連絡を入れとくか。


 ・今日、日暮前にガスト村に着いたこと

 ・道中ほとんど魔獣に遭わなかったこと

 ・宿屋の夕飯がとても美味しかったこと


 村に着いたら村人全員が俺のことを知っていて、本当は使徒としてこっそり活動したいのに、名前や容姿の特徴まで知られているのはどういうことだと、フィリアとカリナさんには抗議文も添えておいた。



 かなり疲れているようで、フェイは既に舟を漕ぎ始めている。

 指ガジガジやったら今度こそ床で寝かすからなと念を押して俺とフェイは眠りについた。

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