第1356話 ダンダンダダン

 例のね、玉子お一人様一パック98円の日だったんですよ。


 だけれども、宇部さんは学びました。


 16時05分に着いて買えないんなら、いっそ諦めた方が良い、ってね。


 いつも通りまぁ急ぐは急ぐけど、残ってるなんて期待はしないでいこう。むしろ残ってたらラッキー。今週良いことがあるかも!


 毎週土曜の夕方に開催される狂気の祭にね、今週の残り一日半の運勢全部賭ける気持ちで(宇部さんの一週間は月曜始まり)臨んだわけです。


 仕事を終え、ブルゾンを脱いでパーカーを羽織り、安全靴からスニーカーに履き替え、鞄を持ってゴーです。その間ずっと脳内では「期待しちゃ駄目だ、期待しちゃ駄目だ」とどこぞの汎用人型決戦兵器のパイロットみたいなことを考えておりました。


 チャリをかっ飛ばして向かうはいつものスーパー。無駄のない動きで駐輪スペースに愛車を停め、しっかり鍵をかけ、マイカゴを外し、カートに乗せて、あくまでも早足で(店内を走ってはいけません)玉子売り場へ!


 あぁっ!


 ありました!

 残り三パックです!

 勝ちました!

 今日の宇部は勝ちました!

 やりました! やりましたよ皆さん!


 全世界に発信したくなる気持ちをぐっとこらえて戦利品をカゴに入れます。さぁあとは、のんびりゆったり広い心でお買い物です。さて、お次は明日のパンでも……。


 と、パンコーナーに向かいますと、いつも買ってるたけや製パンのグルメソフト(ヤマザキのダブルソフトみたいなやつ)がありません。はっきり言ってダブルソフトの方が美味しいのですが、価格がかなり違うのです。せっかく98円の玉子を買えたのに、ここでまさかのプラマイゼロ!?


 ただまぁ、良いのです。

 もうここまで来ると、節約のために買ってるというよりは、限りなく自己満足の世界。例えダブルソフトを買うことで結果としてマイナスになろうとも、どうだって良いのです。


 でもまぁ、どうしようかな。

 いっそトーストじゃなくてホットドッグとかにしようかな。


 しばしパンコーナーでまごまごしておりますと、何か、おかしな動きをしている人が私の視界に入ってきました。宇部さんは基本的にうつむき加減でもそもそ生きておりますので、その人の腹から下くらいしか見えておりません。ただ、やべぇやつがいる、ということだけは確かです。


 早々にここから離れなさい、と脳が警報を鳴らします。


 が。


????「ライン! ライン見た!?」


 やべぇやつが話しかけてきました。嘘でしょ。私に何の用!? ラインって何!?


 思わず顔を上げますと――、


宇部「よ、良夫さん!? どうしてここに!?」


 良夫さんなのでした。

 視界の隅でやべぇ動きをしていたのは、我が最愛の夫だったのです。やめて、ここは店内よ!?


 しきりにラインライン言うので、スマホを取り出します。はっきり言ってスマホなんて見てる余裕はありませんでした。尻ポケットに入れていたのに、バイブにも全く気づいてなかったし。何だ、大臀筋を鍛えすぎたか?


 以下、良夫さんからのラインです。


『ダーッシュダーッシュダンダンダダン』


『ダーッシュダーッシュダンダンダダン』


『スクランブルーダーッシュ』


『俺は〜』


『玉子を逃さない』


『ダダッダ!』


『(「よろすぐ!」と秋田弁で訛るうさぎのスタンプ)』


『(玉子の画像を添付)』


『ダダッダ!』



 どうやらたまたま仕事が早く終わったらしく(旦那の仕事は8〜17時)、これなら玉子買えんじゃね? と15時55分から並んでいたようです。


宇部「買ってる! 玉子買ってるじゃん! 嘘、ありがとう! えー嬉しい! じゃあこれ返してくる!」

旦那「買ったやつは車に置いてきたし、お一人様一パックなんだから、いまならもう一パック買えるよ?」

宇部「いや、ウチにはまだ玉子あるし(168円の)、返してくるよ。誰かのために」


 もうね、そんな清らかなことも言えちゃう。これが既に玉子を手に入れている、という心の余裕の為せる技。


 大丈夫、手はちゃんと入店時にアルコール消毒してる。気になる人は仕方ないけど、気にならない人が買えばいいのよ。


 置いた瞬間に別のおばちゃんが買っていきましたわ。そうだよね、欲しかったよね。どうぞどうぞ。


 というわけで、今回は助っ人のお陰で無事、玉子をゲットすることが出来ました。どうなる、来週!?


(ちなみに、雪が降ると旦那の仕事がほぼなくなるので、毎回こんな感じになりそう)

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