季節が生き物であるという話に深く興味を惹かれました。
そしてその直後に、クワイヤさんがその「季節」であるという驚きの事実。どこか人間離れしたものを感じていましたし、まるで雪の化身のようだとも思ったことはあったのですが……。
ここで描写されているクワイヤさんの姿もすごく美しいですね。美しいのに、暖炉の前に寝そべって踵をぱたっとさせるようなところは子供っぽくて愛くるしくて、本当に魅力的だと思います。
そんなクワイヤさんを愛するセツの姿がとても好きです。セツの口調が変わるとドキッとします。
セツの故郷の、四季のほかにもう一つあった季節が気になりました。
そして、この地の春はなぜ殺されてしまったのでしょうね……。
作者からの返信
ありがとうございます。
わたしは《美しいものは悲しい》というのを、あらゆる小説の基にしている
節がありまして、この小説における季節がまさにそれです。それに加えて、昔から青年と幼い娘の組みあわせが好きすぎて……松宮さんの小説にもいつもひそかに、きゅんきゅんしているのです。
謎が謎を呼ぶ幻想譚……興味深く追っていただき、ほんとうに有難いです。こうしたなぞかけ、というか、伏線を散りばめるのが実は得意ではないので、そうやって拾いあげて、気にかけていただけると嬉しいです
「人形のように精緻なる美貌」から始まるクワイヤの描写がとてもきれいでした。こんな表現を僕もしてみたいです。「壊れ物の白磁」という言葉のチョイス、絶妙だと思います。白磁のような、だとよくある表現で味わってもらえないし、「壊れ物」という言葉に儚い美しさが漂います。
作者からの返信
刈田狼藉さん
ここまで読み進めていただき、ほんとうにありがとうございます。
壊れ物、という言葉が何故か好きです。壊れやすいもの、……あるいはすでに何処か壊れているもの。壊れている、というもばらばらになっているのではなく、琥珀のなかのひび割れ……グリッターのようなきらきらと輝く瑕を想像します。クワイヤもまた美しく、高貴でありながらも壊れものの季節です。そうして、セツもまた。