ふたりぼっち ~5~

 そして現在。


「ミカァァァァァ!」


 私を呼ぶ声と共に放たれる上段蹴り。ゲドを踏み抜き壁に叩きつける強烈な一撃。


「このっ!」


 倒れ込んだゲドにすかさず銃弾を浴びせハチの巣にするサマエルちゃん。

 今、私のこと……。


「さぁ、逃げ……痛っ!」


「さ、サマエルちゃん?!足から血がっ!」


「痛っつぅ…カウンター食らったみたい…。やっぱりケモノ相手に打撃なんてするもんじゃないわ…最悪。」


 最悪と言ったサマエルちゃんの視線の先には、瓦礫から這い出ようとするゲドの姿。


「そんな・・・私がちゃんとやらなかったから・・・・・・。」


「・・・いいえ、上々よ。足止めとしては・・・ね。朽ちた天井なんてあんなもんよ。撃退する気も無かったけど・・・これは不味いわね・・・。」


 1体また1体と瓦礫から抜け出し、にじり寄ってくるゲド達。


「・・・ミカエル。あなた1人で逃げなさい。」


「えっ?!」


「私は見ての通り足手まとい。2人でなんて逃げきれないわ。あなたが隊長たちと合流してあわよくば救援に来なさい。・・・大丈夫。それまで死ぬ気は無いから・・・。」


 すぐその言葉が嘘だと分かった。

 まともに立てない、弾薬にも限りがある、そしてあの数・・・。例え合流して救援に戻って来たってそこにあるのは・・・・・・。


「分かったら行きなさい。早く!」


「・・・い・・・だ・・・・・・。」


「・・・ミカ・・・エル?」


「嫌だ!」


「なぁ?!ちょ・・・ばっ!」


 私はサマエルちゃんを守るようにゲド達と立った・・・はいいけど、どうしよう・・・・・・。


 自動小銃を構える。その程度でケモノが怯まないのは百も承知。じゃあ、どうする?


 手が震える。


 怖い。


 何が怖い?ケモノ?死ぬこと?それとも仲間を失うこと?


 足が竦む。


 逃げたい。


 何から?非情な現実から?守りたいと言った自分の心から?


 違う・・・全部違う!

 怖がっちゃ、逃げちゃダメなんだ!

 すぐ後ろに守りたい仲間がいる。私のために傷付いた仲間が・・・。私が逃げたらサマエルちゃんは……。


 だから逃げない!怖くない!大切な仲間を失うより怖いものなんかない!


 そう思うと、心がスーっと軽くなった気がした。


「…サマエルちゃん、大丈夫だよ。私が絶対守るからね。」


 後ろで震える女の子に、精いっぱいの笑顔を向ける。虚勢でもいい。それでも偽りのない笑顔を。大丈夫だよ、怖くないよ、って。






「『ミカエル』の名に相応しい子が見つかったわぁ。」


「なっ?!」


 上機嫌で話す隊長に、私は言葉を失った。


 長らく使われていなかった『ミカエル』の天使名。シャングリラには特例ではあるけれど天使名の改名が認められている。

 私は当然、ミカエルの名はアリエル隊長に相応しいと思っていたし、時が来れば改名されると信じて疑わなかった。盲信、といってもいい。


 だから私は、隊長の言葉を聞いた時、珍しく隊長に噛みついた。


「ミカエルは隊長にこそ相応しいです!」


 って。



 新人が小隊に配属される日。私は落胆した。


 自身無さ気にオドオドする子。目に包帯なんかしてボーっとする子。

 そして何よりミカエルの名を授かった子。


 全然笑顔じゃない。反応も鈍い。バカなのに頭を使う、一番使えないタイプ。時折見せる愛想笑い。これのどこに士気を高める程の力があるのか…。

 私は酷く落胆し、絶望した。


 この子たちは今日の親睦会で死ぬ……。



 新人たちはすごい子ばかりだった。

 サリエルは先頭になれば音だけで敵を感知し、正確に急所を射抜く。

 ラファエルは戦えないけど、応急手当以上の処置が行える。また頭の回転も速い。


 ミカエルもそこそこには動けるけど、他の2人のように素直に認めたくなはかった。

 隊長がなるはずだったミカエルの名を奪った。そんな気持ちが胸の奥底に刺さっていたんだ。


 私、こんな嫌な女だったかな…。


 サマエルの名に恥じぬよう行動して、元来の性格もあり多少厳しく当たってしまう事もあるけど、常に正しくあろうとしていた。


 今の私は正しいの?


 分からない。きっと他人に聞けば「正しくない」と言われるだろう。その意見は正しい。でも認めたくないんだ。


 優しく微笑む隊長が『ミカエル』じゃなくて、笑えない、誰かを引っ張る事も出来ないあいつが『ミカエル』なんて……。




「…サマエルちゃん、大丈夫だよ。私が絶対守るからね。」


 その言葉、その屈託のない笑顔が私の心の楔を引き抜いた。


 目の前の背中は小さく、足は震え、腰も引けている。誰かが支えないと崩れてしまいそうなほど弱々しい。

 どうしてこの状況で笑えるの?自分は怖くて、逃げたくて仕方ないくせにどうして私を安心させようとするの?


 あぁ、そっか。これがこの子なんだ……。


 誰かを助けるためなら形振り構わず突っ込んで、他人を守ろうとして…。そのくせ非力なもんだから進む事も戻る事も出来なくなっている。

 楔が抜けた今ならすんなりと理解できる。ミカエルというどうしようもない人間像を。


 なら、その背中を支え…ううん、押してあげないと…。


「…ったく、みんなを引っ張るどころか、背中を押されるミカエルなんて前代未聞よ……。」


「え?サマエルちゃん、何か言―――。」


「なんでもないわよ!ミカエル、余計なことは考えず感覚で行動しなさい!後ろから援護はしてあげるから、思いっきり行きなさい!」


 なんでちゃんと動けるのに、反応が鈍いのだろう…。


 それはこの一か月嫌でも見てきたから分かる事。その答えは今日の特訓で分かった。

 彼女は直感…第六感ともいえるものが発達している。フォートレスが現れた時もいち早く何かを感じ、回避の指示を出せていた。

 では、なぜ反応が鈍いのか?

 蓋を開ければ簡単な事。彼女の頭が邪魔をしているのだ。

 元々五感とは別の次元、科学でも解明できない第六感を彼女の頭は理解しようとしてしまう。お世辞にも回転が速いとは言えない頭でだ。

 そんな分かりもしない事を分かろうと考えてしまった結果、身体と脳でズレが発生し、瞬時の反応が出来なくなる。


 特訓でそれが分かった私は、自分で気づいてもらう為アドバイスをしたが、結果彼女を怒らせてしまった。


「あんたは自分の勘を信じなさい。そうすれば最悪の結果にはならないわ。」


「え、う・・・うん。」


 そうだ。最初からこう言えばよかった。


 覚悟を決めたようで彼女の表情が変わる。

 ほら、また腰が引けてきた。まったく・・・しょうがないわね。


「2人で・・・絶対生きて帰るわよ!」


「っ!うん!」


「あらあら、2人じゃなくて6人よぉ?」


「プラス15人ッス!」


「隊長!みんな!」


 通路の奥から駆け寄ってくるのは隊長率いる第七の隊員たち。・・・あれ?もうヨエルに切り替わってる?!


「これより負傷者サマエルちゃんを護衛しつつゲドの殲滅に当たりましょ。マシロちゃん、銃は扱えるかしら?・・・あら?マシロちゃん・・・?」


「能天使様ぁ!後ろッス!後ろにいるッスよぉ!あと銃はミニガンとかじゃなきゃ使えるッス!」


「あ、あらあら・・・ごめんなさいね?」


 誰だろうあの人。騒がしいのに全然印象に残らない・・・。ひょっとして隠密のプロ?


「ラファエルちゃんはサマエルちゃんの手当を。サリエルちゃんはその護衛及び後方支援。私とミカエルちゃんで弾幕を張るから、ヨエルちゃんとマシロちゃんで前衛、ケモノの撹乱をお願いね?」


「了解!」


「了か・・・って、えぇ!私も前衛ッスか?!私、実戦経験が・・・。」


「大丈夫よぉ。あなたは強いわ。ヨエルちゃん、一緒に行ってあげて?」


「了解・・・。行くよ、騒音おばけ。」


「強いって、まだ戦ったとこ見せてな・・・っというか、知らないうちに変なあだ名付けられてるッスゥゥゥゥゥ!」


 ヨエルに引きずられて前線に飛び込んでいく・・・マシロさん?

 あの短時間に2回もツッコミを入れるなんて・・・ある意味すごいわね・・・・・・。


 なんて考えていると、隊長がミカエルの横まで来る。


「た、隊長!私・・・・・・。」


 あぁ、もう!またそんなしょぼくれた顔する・・・。希望が生まれたんだから、さっきみたいに笑ってなさいよ!


「サマエルちゃん、ミカエルちゃん。よく耐えてくれたわね。もう大丈夫よ。ケモノを撃退してみんなで帰りましょ?」


「はい!」


 頭を撫でられようやく笑った。同じく撫でられた私はどんな顔をしているだろう?ミカエルみたいな笑顔?・・・やめよう、私には似合わない。


「ラファエルちゃん、手当を。」


「は、はい!えと・・・止血しますね・・・。少し動かしますよ?・・・骨折はしていないみたいです。瘴気が侵入しているかもしれないので、念の為ナノマシン注射も打っておきますね?」


 ナノマシン注射は名前の通り、体内に侵入した瘴気をナノマシンで無力化する為の注射。大規模作戦などで使用の許可が下りる希少品だ。

 って、なんでそんなものを下級衛生兵が個人所持しているのよ!


「え、えと・・・ドッグタグから抽出しました。ナノマシンの種類も同じだったので・・・磁石で注射器に誘導して生理食塩水で満たして・・・・・・あ、あれ?何かおかしかったですか?!」


 おかしくないと思っていることが、既におかしいわ・・・。

 自分の命綱削って薬品作る衛生兵なんて聞いた事ないわよ!


 なんで私がツッコミに回らなきゃいけないのよ・・・。

 ただ、見守る彼女たちの背中は頼もしかった。


「しっ!」


 ヨエルが二振りのカタナでゲドの群れをなで斬りしていく。いつ見てもその太刀筋は美しく、心から味方でよかったと思う。


「ばっちこーい!・・・って、なんでゲドまで無視するッスか!?ケモノからもシカトって複雑ッス!・・・・・・わっ!ぴゃぁぁぁ!やっぱ無視していいッス!来ないでぇ!ヨエルちゃん、ヘルプミー!」


 せっかく背後を取れたのに、なんで攻撃せず騒ぎ立てるのだろう・・・。おかげでゲドから注目を浴び追いかけられるマシロさん。

 なんとかヨエルの足元へ飛び込み、誘導された?ゲド達にヨエルが一閃。


「た、助かったッス・・・。」


「あ・・・居たんだ。・・・危なかった・・・・・・。」


「って、私を認識してなかっただけッスか!?危うくゲドと一緒に真っ二つにされるところだったッス!」


 あれは連携・・・なのかしら・・・。


 ヨエルたちが撹乱させたゲド達を隊長とミカエルが、弾幕を張りながら撃破していく。


 隊長は私の使っていた2丁のサブマシンガンを連射。適当に撃っているようでしっかりとヨエルの視界へ誘導している。そんな業を笑顔でやってのけるのだから、やっぱり隊長は凄い。


 ミカエルは3~4点バーストで群れから乱れたゲドをすかさず撃ち抜いている。私のアドバイスをしっかり守っているようね。

 でも、サイトを覗き過ぎ。あれじゃあ・・・。


「グルゥァァ!」


「っ!」


 ゲドが1体、死角からミカエルへ飛びかかってくる。瞬時に銃を構え直すけど、持ち前の勘の良さがあってもあれじゃ間に合わない。


 ドッ!


 お腹に来る重い音と共に、ミカエルに飛びかかったゲドの頭が消し飛ぶ。ついでにその奥にいたゲド2体ほどの胴体も貫通。


「・・・4体は行けなかった・・・。」


 サリエルは相変わらずの人間離れ業。ずば抜けた狙撃センスに聴覚。目を使わない狙撃は一見すれば他兵への挑発、嫌味にしか見えないのだが・・・。


「っ!・・・サマエル、肩借りるよ。」


「は?」


 コツっと右肩にくる硬さと重み。そこから伸びる長い銃身。


 ドッ!


 視線の先にいたゲドが弾ける。


「ひぃ!馬鹿っ!人の肩をスタンドに使うんじゃないわよ!」


「・・・低反動だから・・・大丈・・・夫?」


 聞くな!そしてやるな!

 当の本人はこんな悪意ゼロのド天然である為、それを知ってしまうと挑発にも嫌味にも感じなくなる。

 彼女なりの愛嬌と思えてくる・・・私は毒されているの・・・?


「・・・サマエル、屋内は音がよく響く・・・。・・・大声は、やめてほしい。」


「あ、ごめん・・・そうよね・・・・・・ってなんで私が謝ってんのよ!」


「・・・大声、出さないで。ケモノの位置が、分からなくなる・・・。」


「こ、後方よりゲド3体です!」


 ラファエルの声で後ろを振り向くと、ゲドが3体こちらへ迫って来ている。

 迎撃を・・・駄目だ!私の銃は隊長が使っている。常時携帯のハンドガンはあるが、それじゃ仕留めきれない。


「サリエル!お願い!」


「・・・だから、大声は・・・・・・仕方ない・・・。」


 そう言うとサリエルは目の包帯を解き、ドッグタグを握った。

 今・・・ドッグタグの電源を切った・・・・・・?


「すぅ・・・・・・っ!」


 深呼吸をしてゆっくり目が開かれる。

 何しているの!と注意しようとした私は言葉を失った。

 綺麗な紅い目・・・。そして微かに光を放っている。


「グギィ・・・。」


「ギャガッ!?」


「グギャゥ!」


 その瞬間、視線の先にいた3体のゲドは不自然に転倒し、勢いを殺しきれず私たちの目の前まで転がり滑ってくる。

 3体とも身体が痙攣し、動きそのものが封じられているようだ。

 これは親睦会の時のヨエルと同じ・・・・・・。


「あんた、何を──。」


「コホッ・・・今のうちに撃って。・・・ラファエル。」


「う、うん!行きます!」


 パンッと軽快な音と共に放たれた3発の弾丸は、ゲドの胴体に1発命中。2発はラファエルの意気込みも虚しく、床に吸い込まれた。


「私がっ!」


 逃した分は私が撃ち、無事仕留める。まったく・・・衛生兵だからって止まった的に当てられるくらいの技量は身につけなさい。

 まぁ、そんな事は置いておいてと・・・サリエルに目を向ける。


 彼女は目を閉じたまま、また見えないようにドッグタグの電源を入れた。

 その口から血が一筋垂れる。


「サリちゃん、血が・・・。口の中怪我したの?」


「・・・ん。口の中を切った・・・かな。」


「大変!早く手当てを・・・。」


「・・・問題ないよ。それより周りを警戒して・・・。」


「えぅ・・・う、うん。痛みが強くなったら言ってね?」


 銃を構え周辺警戒へ徹するラファエル。

 と、ラファエルの目線が逸れた瞬間から、サリエルが静かに肩で息をし始めた。

 口を固く結び、目を閉じているが明らかに苦しそうな表情。


 口の中を切ったなんて嘘・・・。やっぱり何か隠している。となれば、さっきの血だって・・・。


「ねぇ、サリエ──。」


 名前を呼ぶ途中で、口の前に人差し指を立てられる。


 言わないで。


 そう訴える片方だけ開けられた紅い目は、先程のような光を灯していなかった。それでも私が黙ってしまったのは、彼女の表情がとても悲しそうだったからだ。



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