ふたりぼっち ~4~

 しばらく通路を走ると開けた場所に出た。

 錆びたベルトコンベアや朽ちたコンテナがあり、作業室のようだ。


「確か、この辺だよね?」


「えぇ、ドッグタグの反応もあるわ。・・・・・・。」


 サマエルちゃんが俯く。

 理由はきっとあの腕の持ち主の事だ。


 あの後、血痕は途中で途切れ、持ち主はおろか血痕の続きも見つかっていない。


『最悪な結果を常に視野に入れるのは、兵士として当たり前のことよ。』


 口では何とも思っていないようにきつく言うけれど、それは彼女ので、本人の心は年相応の少女である事は明確だった。


「・・・大丈夫。きっと見つかるよ。」


 口から出たのは、根拠の無い励ましの言葉。


「・・・・・・何よそれ・・・。」


 彼女は口を尖らせ、そっぽを向く。

 今日、30分行動を共にして、その仕草が照れ隠しである事を、私は理解していた。

 つい口元が緩んでしまう。


「・・・いたっ!人よ!シャングリラの軍服を着ている!」


 唐突に声を上げたサマエルちゃん。

 指差す方を見ると、壁にもたれかかって力無く座る女性が居た。


「大丈夫ですか!?返事をして下さい!」


 駆け寄り女性の肩を叩くと、ピクリと反応する。良かった!生きている。

 けれどその脇腹は黒い軍服の上からでも分かるほど赤く染まり、床には血溜まりが出来ていた。


「う・・・ん・・・。あ・・・あんたらは、救援か・・・?」


「はい!シャングリラ第七機動小隊所属のミカエルとサマエルです!今、傷の手当をっ!」


「・・・私は支援隊・・・指揮のアズラエルだ・・・。辞めとけ・・・もう長くもたない。物資の無駄だ・・・。」


「そんなこと!・・・っ!」


 反論と同時に軍服を捲った私は言葉を失った。ラーちゃんみたいな医学の心得が無くても分かる。・・・これじゃ、もう・・・・・・。


「あなたアズラエルと言いましたよね?このペンダントに見覚えは?」


 サマエルちゃんが懐から、先程の腕に握られていたペンダントを見せた。

 女性・・・アズラエルさんは一瞬目を見開くと、悔しそうに歯を食いしばる。


「その写真に写っているのは・・・私と、ラグエルだ・・・。」


「・・・親友だった、とは?」


「あいつは・・・あの野郎はっ、偵察中に・・・突然後ろから刺してきやがった・・・・・・。反撃で発砲した時、確かに顔を見た!間違いない!あいつは『』したんだ!っ!ゴホッ!ゴホッ・・・!」


「急に動いたら血がっ!・・・堕天だてんって・・・・・・。」


「シャングリラにおける反逆、脱走の事よ・・・。でも、こんな近くに国もない所で堕天なんて・・・聞いたことないわ。」


「っヒュー・・・ヒュー・・・知らねぇよ。私もあ、あいつとは長い付き合いだが・・・・・・堕天の素振りなんか・・・1度も・・・・・・。」


 血を吐きながらも涙を流すアズラエルさん。

 親友と認め合っていた2人。なのに、何処かにこんな致命傷を負わせるほどの憎悪を募らせていたのか・・・。


「はっ、はぁ・・・そのペンダントは・・・冥土の土産に持っていくよ・・・。何処に落ちていたんだ・・・?」


「っ!それは・・・・・・。」


「ここへ来る途中、切断された腕がドッグタグと一緒に握っていました。・・・それとこの紙も・・・。」


「・・・腕・・・・・・。」


 そう呟きながら、渡された紙を読んだアズラエルさんは肩を震わせ、笑い出した。


「・・・ふっふふ・・・ははははは!・・・そうか。そうだよな・・・ラグがそんな事するはずない・・・。考えればすぐ分かる事なのにな・・・。私は、仲間を・・・親友を疑っちまった・・・・・・。これは・・・その天罰なのかもな・・・。ゴホッ!・・・。」


 一頻り笑った後、アズラエルさんは整うはずのない呼吸を整えるように深呼吸し、言葉を続けた。


「支援隊の部下たちは・・・ここから東の棟へ避難させた・・・。予備のドッグタグも渡してある・・・。そこで救助を待っているはずだ・・・。なぁ・・・あんた・・・・・・。」


「・・・私?・・・サマエルよ。」


「・・・サマエル。部下たちを・・・頼む・・・・・・。」


 首のチェーンからドッグタグを1つ外して、ペンダントと一緒に差し出してくる。


「・・・任せなさい。あなたの部下は誰一人欠けることな・・・・・・あっ・・・!」


 受け取ろうと伸ばされたサマエルちゃんの手の数センチ先で、ドッグタグとペンダントは床に落とされる。

 糸が切れた人形のように、だらりと脱力するアズラエルさんの腕。


「えっ?・・・あ、アズラエル・・・さん?」


 肩を揺さぶるが、揺すった強さのままに揺れるアズラエルさんの体、首。


「・・・やめなさい・・・。もう、死んでいるわ・・・。」


「っ!?・・・そんな・・・・・・。」


 信じられず、下から覗いた彼女の瞳からは輝きが消えていた。まるで抜け殻・・・。


「・・・新人、彼女を横にして、手を組ませるわよ。」


 サマエルちゃんの指示に従って、アズラエルさんを横にし、手を組ませそこにドッグタグを握らせる。

 そしてサマエルちゃんの横は行き、アズラエルさんへ敬礼。

 殉職した仲間へのお別れの儀式。


「・・・何も、言わなくていいの?」


「・・・いいのよ。彼女はようやく解放されたの。この狂った世界から・・・・・・。」


 狂った世界・・・。サマエルちゃんの言葉が胸に刺さる。まるで今まで正常に感じていたものを覆されたような・・・。


「・・・ねぇ、って知ってる?」


「戦前の・・・世界?」


「そう。星が荒廃する前・・・荒廃に追いやった大戦のもっと前の世界。私達くらいの歳の女の子は、学校に行っていたの。士官学校じゃない普通の・・・。軍服じゃない可愛い制服を着て。そこで友達と笑い会って、遊んで、恋もして・・・。」


 生まれた時から今の世界だったから、全く想像できない。そんな平和な世界があったなんて・・・。


「当然のように大人になって、好きな人と結ばれて、幸せになって・・・。そんな世界があったらしいわ・・・。と言っても、古文書の絵空事かもしれないけど。」


 フッと短く鼻で笑い、言葉を続ける。


「私は・・・私はね。そんな世界を作りたいのよ。幸せで平和な。その為なら兵士にも礎にでもなるわ。」


 横目に見たサマエルちゃんの表情は真剣そのもの。


 幸せで平和な普通の世界・・・夢のよう。

 でも、そこに兵士や礎になった人の・・・サマエルちゃんの居場所は・・・・・・?


 その疑問を口には出来なかった。口にするのが怖かった。


「・・・・・・あんたは死ぬんじゃないわよ・・・。」


「え?サマエルちゃん、何か言っ──。」


「ヴオォォォォォン!」


「っ!これ!」


「ケモノね・・・近いわ!警戒しなさい!」


 そう言われ銃を構え警戒体勢に入ると、圧を感じた。うまく説明出来ないけど、私の方へ向かってくる確かな圧。

 それはアズラエルさんがもたれかかっていた壁から・・・。


「サマエルちゃん!下がって!」


「え?・・・っ!」


 私とサマエルちゃんが飛び退いたその瞬間、圧を感じた壁が砕け、巨大な口が姿を現す。

 その口がアズラエルさんにかぶりつく。


要塞フォートレス・・・!?逃げるわよ!」


「でも、アズラエルさんが・・・!」


「あんたまで死ぬなんて許さないわ!いいから走りなさい!」


「っ!・・・ごめんなさい。」


 2人で巨大な口に背を向け走り出すと、崩れた壁から次々とゲドの群れが侵入してくる。

 そして壁が更に崩れ、巨大な口の主が姿を現す。


 一言で言えば『岩』。岩に空いた穴から鱗のついた足と首が伸び、四足歩行でゆったりと歩いてくる。

 なんだ…足が遅いみた―――。


「っ!伏せなさい!」


「ふぇ?…わっぷぅ?!」


 突然の指示に驚いていると、行動へ移す前に後頭部を掴まれ強引に押し伏せられる。

 何するの!と反論の為、上げようとした頭の上を轟音と共に何かが通り過ぎる。

 前を見ると進行方向上にあった壁や柱が無残に崩され、道も塞がれる。


「チッ!こっちよ!」


 私の手を強く握り、横道へ走り出すサマエルちゃん。


「な、何が起きたの?!頭の上を何かが通って…そしたら道が崩れて……。」


「『能力』よ。中型種以上のケモノはだいたい持っているわ!種類は多種多様で、使う際に周囲の瘴気を消費する以外は不明!あのケモノ…フォートレスの能力は加速ブースト。吸いこんだ瘴気を後ろから噴射して、すごい勢いで飛んでくるわ!ってか、走りながら説明させないでよ!疲れるでしょ、バカ!」


 うぅ…それなら後で説明すればいいじゃん!なんて口が裂けても言えるはずもなく。


「う、後ろからゲドが追ってきているよ!数は…たくさん!」


「そんなの分かっているわよ!バカーーーー!!」








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