ふたりぼっち ~3~

「・・・おかしいわね。」


 廃工場内の身を屈めながら移動中、サマエルちゃんが呟いた。


「何が?」


「内部に潜入して十数分。ここまで来る間に薬莢の1つも見ていないわ。ケモノだって確認できない・・・。」


「確かに・・・で、でも!もしかしたら応戦より、隠れることを優先したかもしれないよ?」


「・・・そうね。もしくは抵抗する隙もなく壊滅したか・・・。」


「や、やめようよ!そうやってマイナスに考えるのは・・・・・・。」


「はぁ?最悪の結果を常に視野に入れるのは、兵士として当たり前のことよ。一兵卒なら尚更。」


「でも・・・もう少し言い方が・・・。私たち救援に来たんだよ?」


「・・・だから何?全滅していた場合、ドッグタグの回収が最優先よ。」


 時々、彼女の兵士としての真っ直ぐさが怖く感じる。命令なら躊躇なく命すら投げ出してしまいそうな・・・そんな、私には無いものを持つ怖さ。


「ま、まだ隊が全滅したって決まったわけじゃ──。」


「っ!・・・ドッグタグの反応。通路の曲がり角、左よ!」


 ついて来なさい!と手信号で支持するサマエルちゃん。

 反応があったという曲がり角まで来ると、無言で角の先を指さし、指でカウントダウンを始める。突入の合図。


 3・・・2・・・1・・・っ!


 2人一斉に角を飛び出し、銃を構える。

 が、そこで見つけたのはケモノでも人でもなく、だった。


「さ・・・サマエルちゃん・・・。これって・・・・・・。」


「どうやらだったみたいね。・・・断裂部から血が流れている。まだ新しいわ。」


 私たちの視線の先に転がっていたのは、拳を強く握りしめた人の腕だった。


「うっ・・・うえぇ!ゲェっ!ゲホッ!」


 崩れ去る希望と目の前の現実に耐えきれなくなり、私はその場で嘔吐した。


「ちょっ!汚いわね!場所を考えなさいよ!」


「ご、ごめ・・・・・・だって・・・うぅ!」


 さらに胃酸が込み上げ、喉を焼く。


「・・・反応からしてビンゴね。新人、あの拳を開きなさい。」


「はぁ・・・はぁ・・・・・・へ?」


 サマエルちゃん・・・今なんて?


「聞こえなかったの?あの拳を開いてきなさい。ドッグタグの反応は、あの腕から出ているわ。きっと拳に握られている。だから開いて取ってきなさい。」


「ま、待ってよ!生存者を探そうよ!きっとどこかに居るはずだよ!ドッグタグなんて──っ!」


 パァン!と弾けるような音と共に、頬に衝撃が走る。

 サマエルちゃんに・・・叩かれた・・・?


「・・・ドッグタグなんて?あんた、あれのどれだけ重要か分かってるの?」


「・・・中に記録されている所有者の実戦データでしょ?でも!死んじゃったら、あんなデータなんて!」


「違う!」


 工場内に響くサマエルちゃんの声。頭に血が上っていた私も、その声に驚き、冷静さを取り戻した。

 するとサマエルちゃんは、私の胸ぐらを強く掴み引き寄せた。


「・・・あのデータはね・・・・・・彼女たちの生きた証なの!彼女たちが確かに存在した!命を賭して戦った!勇敢に散った証なの!その記録からケモノへの戦術が導き出され、それが誰かの・・・みんなの助けになる。死して尚、彼女たちは人類を支え、助けているの!ドッグタグを・・・彼女たちの生きた証を侮辱しないで!」


 至近距離で見る彼女の顔は興奮でほんのり紅潮し、目にはいっぱいの涙を溜めていた。

 彼女がここまで感情任せに言葉を荒らげることが、想像できなかった。


「・・・っ。今のは忘れなさい・・・。ドッグタグは私が取りに行くわ・・・。」


「わ・・・私が行く!」


「・・・・・・そう。」


 覇気無く答え、壁に寄りかかるサマエルちゃん。

 私は意を決して、腕に近づいた。そして手を開くために隙間に指を引っ掛ける。


「うっ・・・。」


 冷たい・・・。マネキンの偽物の腕と言われても納得してしまいそうなくらい、生あるものとはかけ離れていた。それでいてグニッとした皮膚の感覚が、本物であることを物語っている。


「硬っ・・・いぃぃ!・・・・・・開いた!」


 開かれた手の平には、サマエルちゃんが言ったようにドッグタグ。そしてロケットペンダントと紙切れが握られていた。


「ドッグタグはあった?」


「うん・・・。あとペンダントも・・・・・・。」


 握られていたものを一通り見せると、サマエルちゃんは紙切れを手に取り、静かに開けた。


『親愛なる友達、アズラエルへ贈る。』


 続いてペンダントのロケットを開ける。中には2人の女性が仲睦まじく笑う写真。


「これって・・・。」


「・・・遺書ね。死を悟り、咄嗟に書いた・・・というのが妥当ね。」


「い、遺書って!じゃあ・・・この人はもう・・・・・・!。」


「喚かない!・・・見なさい。腕から通路の奥まで血痕が伸びているわ。これを辿れば・・・・・・出血の量からして、かなりまずい状況だけれど・・・。」


 立ち上がり、血痕を辿って歩き出そうとしたその時。


 ガガガガガガッ!


 静寂を割くように鳴り響く音。


「銃声?!サマエルちゃん!」


「通路の奥からよ!負傷兵が戦っているかもしれない!行くわよ!」




「変ねぇ。」


「変・・・ですね。」


 隊長さんが頬に手を当てながら首を傾げる。


「・・・静か過ぎる。」


 サリちゃんも違和感を口にした。


 廃工場群に侵入して14分。襲撃に遭ったとされる廃工場は、静寂に包まれていた。


「おーい!誰かー!っ!むぐぐぅ?!」


「・・・大声はダメ。ケモノに見つかる。」


 叫ぼうとしたヤエルちゃんの口を、サリちゃんが塞ぐ。あれ?鼻も塞いでいる?!


「んー!むぅー!」


「さ、サリちゃん!鼻も塞いじゃってるよ!」


「・・・鼻?・・・・・・ここ?」


「んー!!?!?!」


 確認するつもりだったのだろう。鼻を探す細い指が、ヤエルちゃんの鼻腔にすっぽり入り、気道を完全に塞いてしまう。

 それを引き金に、ヤエルちゃんが本格的に暴れだして・・・・・・。


「あらあら、これはぁ・・・。」


「代わりますね・・・。」


 パシッ!


「何をする、包帯女!姉さまを殺す気か!」


「・・・やっぱり似てない・・・。・・・・・・指、ベトベト・・・。」


 サリちゃんの手を弾いて、後ろに飛び退くヤエ・・・ヨエルちゃん。

 その表情は既に殺気を纏っていた。


「あらあら、女の子がそんなに殺気立っちゃ駄目よぉ?」


「アリエル・・・隊長・・・・・・。」


 2人の間に割って入り、ヨエルちゃんを宥める隊長さん。

 私は隙を見てサリちゃんに駆け寄る。


「サリちゃん!大丈夫?」


「・・・指がベトベト。ラファエル・・・ティッシュあるかい?」


「あるよ。ちょっと待って・・・そ、そのままでね?」


 ポーチの中からティッシュを1枚取り、サリちゃんの手の平に乗せてあげる。


「・・・と、言う事で口を塞いだの。彼女に悪気はないわぁ。」


「なるほど・・・。姉さまらしい、茶目っ気に溢れた策。」


「ヨエルちゃんなら、どうする?」


「そうだな・・・。」


 隊長さんが説明してくれたおかげで、先程のような殺気は纏っていない。

 親睦会の時も思ったけど、ヨエルちゃんは本当にお姉ちゃんが大好きで大切なんだ。

 傷つけられたら激昴する程に・・・。


 パァァァン!


 なんて思っていると、ヨエルちゃんは真上に向けて発砲。

 隊長さんは「あらあら・・・」と微笑んでいる。


「孤立した兵に告ぐわ!今すぐ名乗り出なさい!出なければ周囲一帯を爆破する!我々を天使にするも悪魔にするもお前たち次第だ!10!・・・9!・・・。」


「・・・姉妹揃って脳筋。」


「あ、あはは・・・否定する言葉が見つからないよ・・・。」


 サリちゃんの呆れた口調に、私も苦笑いしか出来ない。

 念の為、周囲の警戒をしておこう。


「5!・・・4!・・・。」


「は、はい!私ッス!」


 と、数メートル離れた柱の物陰から慌てて飛び出す女の人。

 そんな近くにいたなんて・・・。


「・・・全然気づかなかった。」


 サリちゃんも私と同じ意見を口にし、落ち込んでいた。


「あなた、お名前はぁ?」


「は、はい!私は支援隊所属の天使ッス!天使名は貰ってなくて・・・本名のマシロって呼ばれているッス!」


 独特な口調の彼女の頭を、隊長さんは「可愛いわぁ」と言いながら撫でる。

 マシロさんの真上に跳ねた髪が、撫でられる度にピコピコ揺れるのを見て、私も可愛いと思ってしまう。


「1人か?他の兵は?」


「い、いえ・・・私は見張りをしてただけで・・・。他のみんなは、向こうの管理室に隠れているッス!」


「・・・見張り?1人でかい?」


「う・・・適材適所っていうか・・・。私、影が薄いんスよ・・・。任務で何度も置いて行かれたくらいに・・・・・・。」


 困ったッス、と頭を掻きながら笑うマシロさん。

 それは影が薄いというより、隊の確認不足のような・・・。


「他の子たちの所へ案内してくれるかしら?」


「了解ッス!」



 マシロさんに案内された、鉄製の重い扉を開けた先。そこは割れたモニターや朽ちた機材が置かれた小さな空間だった。

 その空間に十数名ほどの女の子たちが身を寄せ合っている。


「みんな、ただいまッス!救援連れてきたッスよ!」


「あ!あー・・・マ、マシロ・・・?無事だったのね!」


「今忘れたッスね!?私の名前一瞬忘れたッスよね?!まぁ、いつもの事なのでいいッスけど・・・。」


 いつも忘れられるんだ・・・。


「ふ、負傷者はいませんか?居たら教えてください!応急手当をしますから。」


「あ、怪我人はいないッス。」


「え・・・?」


「・・・どういう事だい?」


 ケモノの襲撃を受けたんじゃ・・・。


「能天使様・・・現場指揮のラグエルさんが教えてくれたんです。『ケモノが来た!向こうの棟へ逃げろ!』って。それで私たち、ここまで逃げることが出来て・・・。」


 その時の恐怖を思い出してしまったのか、説明をしていた子が泣き出してしまう。

 それにつられて他の子達の嗚咽し始め、どうしたらいいか困っていると、隊長さんが初めに泣き出した子を優しく抱きしめた。


「怖かったわよね?もう大丈夫よぉ。」


「あ・・・・・・。」


「さぁ、みんな。ポータブルポータルで先に帰ってねぇ。私たちは隊の子と合流してから行くからぁ。」


 ポータブルポータル。通称P.Pと呼ばれる携帯ポータルの事。主に高濃度瘴気、ジャミングの影響で、シャングリラからの座標指定で帰還できない際に強制的にシャングリラへポータルを接続するのに使われる。


「ま、待ってください!まだ別棟に能天使様たちが!」


 女の子たちの1人が、声を上げる。


「そちらの捜索もする。だからあなた達は──。」


「嫌です!上官を置いて帰るなんて出来ません!ラグエルさん達が戻って来るまで、私たちもここに居ます!」


 ヨエルちゃんの言葉を遮って拒否する子もいる。当のヨエルちゃんは苛立ちを隠せない様子で、眉間にしわを寄せる。


「あなた達っ!──。」


「待ってね、ヨエルちゃん。」


「・・・隊長。」


「ナノマシンの残量はどのくらいあるのかしら?」


「・・・よ、予備のドッグタグも起動させたので・・・あと40分くらいです!」


 掴みかかろうとしたヨエルちゃんを手で制した隊長さんが、優しく女の子に問いかける。


「40分・・・。そうねぇ・・・30分経ったらこのポータルで帰るのよぉ。」


「アリエル!?・・・隊長。何を言って・・・。」


「この子達はテコでも動かないわぁ。それほど、その指揮官さんは慕われているのねぇ。みんな揃って帰りましょ。・・・・・・それに気になる事もあるの。」


「・・・?」


 隊長さんの言葉に、ヨエルちゃんは首を傾げる。

 実を言うと私も気になることがいくつかあった。


「この部屋は安全そうだから、みんなここで待っててねぇ。」


 1つは安全地点がある事。ここは星でましてや国の外。ケモノの支配する世界に安全圏なんてない。

 その筈なのに、ここは・・・この廃工場一帯は不自然な程に静かだ。


「そうねぇ・・・マシロちゃん。指揮官さんと一緒にいた棟まで、案内をお願いできるかしら?」


「了解ッス!任せてください。」


 もう1つは彼女たちの指揮官・・・ラグエルさんがケモノを目撃したという情報。

 外の世界で目撃情報は珍しくないけれど、この異様に静かな一帯でケモノを発見。そして危機を感じて部下を逃がしたにしては、妙だ。

 群れの規模は不明でも、争った跡は多少なりとも残るはず。でも、それがない。

 そして何より彼女たちは


「じゃあ、みんな!必ずラグエルさんとアズラエルさんを連れて戻って来るッス!第七の皆さん、あっちッス!」


 最後の疑問。


「あの・・・隊長さん。・・・端末のドッグタグ探知は使わないのですか・・・?」


 記憶が正しければ、隊長さんは星に降り立ってからドッグタグ探知の機能を使っていない。

 あれを使えばラグエルさんやミカちゃん達の位置も分かるのに・・・。


「んー・・・私、どうしても昔からって苦手なのぉ。」


 口元に指を当て考える仕草をしてから、渋々といった感じでポーチから端末を取り出し、渡してきた。


「え?ピコピ・・・・・・え?」


 隊長さんの顔と端末を何度も見返してしまう。

 ちょっぴり申し訳なさげに微笑む隊長さん。

 画面が真っ暗で何もしても起動しない端末。


 あれ?壊れている?!外傷もないのに・・・故障?


「電源を入れようとしたらねぇ、動かなくなっちゃったのぉ。」


 なんとか起動しないものか色々試していると、ポンッと肩に手を置かれる。振り向くとヤエ・・・ヨエルちゃん。


「無駄。アリエル隊長の機械音痴は筋金入りよ。触れた機械を壊すくらいにね。」


「・・・・・・・・・・・・。」


 そんな情報知りたくなかったよぉ・・・。


 端末は私が預かり、マシロさん案内の元、目的の棟へ向かうことにした。

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