第2章 シャングリラ

第4話 試験と試練 ~1~


 眩いポータルの光を抜けた先、私たちの目指した世界はそこにあった。


「ここが・・・シャングリラ!」


 白を基調とした機械的な床。遠くにそびえ立つビル群。そしてシャングリラ全体を包むようにドーム状に張り巡らされた透明な壁や天井。そこから見える宇宙の星々。


 全てが別世界だった。とにかく広い。そして通りすがる人も多く、みんな女性。


「この人達、全員天使様なんですか?」


「全員ってわけじゃねぇ。天使じゃなくてもここで働く人たちだ。天使以外にも通信班、整備班、調理班なんかもあるからな。」


 みんな支え合ってるんだよ、と得意げに話すガブリエルさん。私はその後ろ、透明な壁の向こうに目を向けた。

 焦げ茶色の粘土を丸めたような球体。


「どうだ?星を外から見た感想は。」


 やっぱりあれが今まで私たちのいた、私の生まれ育った星なんだ。今にも消えそうな、それでもそこに必死に存在してる死にかけた星。


「なんて言ったらいいか分からないです・・・。でも、あの星を再生することがシャングリラの仕事なんですよね!」


 なら私もその大役を担いたい。改めて意思表明をする私に、ガブリエルさんは拳を向ける。


「一緒に守ろうな。」


「はい!」


 拳を合わせ、互いに笑った。


「まぁ、その為にも入隊試験に合格しないとな。」


「・・・し、けん・・・・・・?」


 何それ?

 頭の中がフリーズする。ソンナノ、キイテナイ。


「なぁに固まってんだよ。そりゃ試験の一つや二つあるだろ。入れてください、はいどうぞなんて普通ないからな。」


 私の考えを察したのか、ガブリエルさんは呆れながら言う。


「ど、どうしましょう・・・・・・。」


 試験ってもしかして筆記?だとしたら合格は至難の業だよ・・・。士官学校でザックとワーストを争っていたくらいの私に、そんな・・・。


「てぃ!」


「はぅ!」


 アドバイスの代わりに頭に手刀が飛んできた。


「少し考えてみろ。お前が目指しているのは天使・・・つまり兵士だろ?頭より腕がモノを言うんだ。筆記試験なんてやるかよ。実技だけだから安心しろ。」


 ったく、と呆れながら私の頭をポンポンするガブリエルさん。

 そっか。前線で戦う天使様には知識より銃火器の技量や運動能力のほうが重要なんだ。

 それなら私でもっ!


「ほら、また変なネガティブ思考になる前に試験会場行くぞ!」


「えぇ!今から試験なんですか? 少し休憩とか・・・。」


「そんなもん無い!兵士なら寝ずに戦うくらいの気合い見せろ!」


「そ、そんなぁ!」


 私の意見は即答で切り捨てられる。

 ガブリエルは私の襟を掴み、私を引きずって行く。


 思えば列車の中で20分くらいしか寝ていない。大事な試験なら万全な状態で挑みたいのに・・・。

 いくら運動神経がいい方でも、実技試験だけだとしても寝ずに挑むなんて・・・・・・。


「やーすーまーせーてー!」


「試験に合格したら俺の部屋で好きなだけ休ませてやるから急ぐぞ!」


 ズルズルとビル群のほうへ引きずられて行く私。

 広いシャングリラに私の声が虚しく木霊する。

 通りすがる人は皆、何事かと振り返るが誰一人助けようとしてくれない。


 天使様、意外と冷たい・・・。



 引きずられること十数分。ガブリエルさんは足を止めた。

 襟から手を離されたため起き上がると私たちの前には軍服を着た二人の女性。あ、この人たち演習の時にいた・・・。


「お待ちしておりました。あの日以来ですね。」


「ご学友を救えず申し訳ありませんでした・・・。」


「え?い、いえ・・・そんな!頭を上げてください!」


 深々と頭を下げる二人に私は戸惑ってしまう。あれはこの人たちが悪いわけじゃないのに・・・。


「・・・ここに来たということは。」


「覚悟は出来てる、という事ですね。」


 淡々と話す二人だけど、その言葉には確かな熱がある。そのせいもあって『覚悟』という言葉の重みに心が・・・。


「・・・・・・はい。」


「嘘ですね。」


「今、決意が揺らぎましたね。」


「えっ・・・。」


 なんで分かって・・・・・・。


「今はそれでいいのです。」


「その為に試験があるのです。」


「?」


 どういう事だろう。


「ここだけの話、受験者はもう会場に集まっています。」


「実の所、彼女が最後の1人です。」


「あー、やっぱり最後か。こいつがキビキビ歩いてくれりゃ、もうちっと早く着いたんだけどな…。」


「いえ、時間には間に合っていますので問題ありません。では彼女を会場にお連れします。」


 二人の女性は近づいてきてガブリエルさんと会話を始めている。どうやら私が最後の受験者らしいけど・・・。

 ガブリエルさん、襟掴まれて引きずられたら歩きたくても歩けないですよ・・・。


「あの、その会場っどこなんですか?ガブリエルさんにも試験会場に向かうって言われてここまで来たんですけど・・・。」


 周囲を見渡すが、どのビルが試験会場なのか分からない。あの大きなビルかな?それともあっちのドーム?まさか今いるシャングリラ全体が会場なんて事は・・・。


「会場はここだよ。」


 ガブリエルさんが下を指差す。


「ここ?・・・・・・って、シャングリラ全体がですか?」


「んな訳ねぇだろ。ここだよ!こーこ!」


「はい。」


「ですね。」


 今度は女性二人も同時に指差す。三人の指の先は・・・マンホール?


「えっ・・・・・・嘘ですよね・・・。」


「ほら、さっさと行ってこい。最後って事は他の受験者を待たせちまってるって事だぞ。」


「それでは。」


「行きます。」


 二人の女性はマンホールの蓋を外し、私の左右に移動する。

 襟を掴まれ引きずられた後は、両脇を抱えられ宙ぶらりん。


「ちょっと・・・待ってくださ・・・・・・。 」


「入る時の注意です。脚をバタつかせないで下さい。」


「脚が折れます。」


「腕を横に広げないで下さい。」


「肩が外れます。」


「ひっ!」


 この人達さっきから無表情で怖いことしか言わない・・・。


「あのぉ・・・せっかく綺麗なんですから、もっと笑ったら・・・どうでしょう、か?」


「・・・・・・こうですか?」


「~っ!!」


 あの笑顔?は一生忘れないと思う。

 そうこうしているうちに、いつも間にか浮いた脚がマンホールの上に来ている。


「カウントダウン。さん!」


「にぃ!」


 急に二人は声量を上げ、カウントダウンを始める。そしてそれぞれが言い終えると私の方を見る。これ、私も言うのかな?


「え・・・ええと・・・・・・ぃ、いち?」


 パッ。


「へっ?!」


 私の言葉を合図に二人は両脇を手放す。フワッとした感覚の後、私の体は自由落下を始めた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 悲鳴と共に頭上の光が遠ざかっていく。不意を突かれたせいか、おかげか手脚は縦に真っ直ぐ伸び、マンホールから繋がるのスライダーの中を綺麗に滑り落ちる。



 薄暗いスライダーを抜けた先。広い空間に私は投げ出された。


「痛っ!」


 着地に失敗し、尻餅をつく私の足元に人影が写る。


「おい。」


「へ?」


 突然の声に思わず声が返事が裏返ってしまった。私は声の主を確認しようと顔を上げたが、電灯の逆光でうまく顔が見えない。ピント合わせに目を細める。

 すると声の主は私の胸ぐらを掴み、体を持ち上げた。そのまま勢いよく体を引き寄せられる。


「貴様、兵士としての自覚があるのか?」


 目の前に声の主・・・女性の顔が現れる。整った綺麗な顔立ち。鋭いが、ガブリエルさんとは真逆の冷たい眼光。その双眼は私を捉え、眉間に皺を寄せていた。


「他の者がすでに揃い整列している中、最後に来ておいて地べたに座り込む。貴様は奴らの餌にでもなりに来たのか?」


 胸ぐらを掴む手に力が加わる。女性の背後、数メートル離れたところに横一列に整列した同年代くらいの少女たちが見える。あの子たちも私と同じ受験者なのかな?


「ほう。よそ見をする余裕があるか。いいだろう、歯を食いしばれ!」


 目を逸らしてしまった私に、女性はさらに機嫌を悪くし、増々胸ぐらの手に力が入る。体が宙に浮き、手と襟の間で首が絞まる。


「えっ、いや・・・ちょ!」


 息苦しさに足をバタつかせる私の顔めがけて、女性の拳が飛んできた。


「っ!」


 殴られる。そう覚悟に私は目を閉じ歯を食いしばる。が、当たると思ったその時、その場に似つかわしくない音が響いた。


 ピピピッ、ピピピッ


 目覚まし時計のアラームのような音。その音に反応した女性は間一髪のところで拳を止め、私を放り捨てた。助かったのかな・・・。

 女性はチッと舌打ちをして懐から音の発信源とみられる端末を取り出すと、なにやら操作をしアラームを止める。


「かはっ!・・・けほっけほっ!」


「・・・試験の時間だ。さっさと立って整列しろ!分かっていると思うが、試験で無様な姿を見せてみろ。その中身のない頭を撃ち抜くぞ。」


 そう言って私を睨み付けた女性は、整列する少女達の方へ歩き出した。

 先ほどは顔しか見えなかったが女性は軍服を着ている。ということはこの人も天使様?

 スタイルのいい引き締まった身体付きに、歩く度振れる後ろで一つ縛りにされた長い黒髪が凜とした雰囲気を纏っている。

 しかし、近くで見つめられた冷たい眼差しと未遂に終わった鉄拳制裁。それらの印象の方が強く残る。


 絵に描いたような軍人、鬼教官。というのが彼女に対する私の印象だった。



 私はそんな事を考えながら隊列の右端に整列した。移動の最中、先ほどの事もあってか少女達の視線が私に集まる。


 年が近そうと言っても、こうして見ると色々な人がいるなぁ。

 小柄で周囲をキョロキョロと確認する小動物の様な子や両目を包帯で覆った子。あれで銃を扱えるのかな・・・?

 などと考えていると少女達の視線が私から外れ、隊列の前に置かれた壇上に向けられた。


「これよりシャングリラ入隊試験を開始する!私はカイリエル!今日この試験で試験官を務める者だ!」


 先ほどの鬼教官・・・カイリエルさんが壇上で声を発した。広い地下空間に響き渡るほどの声量で、地を伝い身まで震動し身体が熱くなる。一言一言に威圧すら感じる。


「この場に集まった貴様ら16人で試験を行うわけだが・・・初めに言っておく。これは入隊の合否を決める試験ではない!貴様らは今日この場に来た時点で兵士と見なす!」


 その言葉に周りはざわついた。当然だ。シャングリラの入隊試験と聞いて来たのに、この試験で合否を決めないなんて。しかもカイリエルさんはここに来た時点で私たちを兵士として見ると言った。


「私語を慎め!馬鹿でも分かるように教えてやる。兵士とは死地を越え成長するもの。こんな試験で兵士の才や伸びしろなど測れるものか!シャングリラの門は開けてやる!後は死ぬ気で行き残り成長しろ!」


 兵士はいつも死と隣り合わせだと、士官学校で習った。毎日が試練の連続だと。考えようによっては門を潜った先こそが果てしなく続く試験の始まりなんだ。


「・・・教官。質問の許可を。」


 私たちがカイリエルさんの発言の威圧に圧倒される中、受験者の一人が手を上げた。あの包帯の子だ。


「・・・許可する。」


「教官は先ほど合否を決める試験ではないと言いました。では、これから行うのは何の試験ですか?」


 淡々とあまり抑揚のない声で少女は質問する。


「これから行う試験は貴様らに足りないものを補う為にある。」


「足りないもの・・・。」


 カイリエル教官は不敵な笑みを浮かべ、分からないか?とばかりに鼻で笑う。


「覚悟だ。」


「覚悟・・・。」


「そう。覚悟だ。と言っても覚悟にも色々ある。自身に足りない覚悟。それを各々が見出し迷いを捨てる事こそが、この試験の意味だ。」


 教官の言葉が胸に刺さる。私に足りない覚悟は何だろう。考えても片手で数えるくらいしか出てこない。

 果たしてそれが足りない覚悟全てか。心の中で自問自答を繰り返す。


「例えばそうだな・・・。貴様らの中でケモノを見た事がない者は何人いる?手を挙げてみろ。」


 受験者の中で6人ほど手が挙がる。私もあの事件が無ければ手を上げる側だったんだ・・・。


「全員ではないか・・・。今、手を挙げた貴様らにはケモノと対峙する覚悟が足りない事になる。そして次に。」


 教官が端末で何か操作をすると、教官のいる台の横の床が開き、四角い物体が昇ってくる。あれは檻?


 檻の中に何かいる。


 ここからの受験者の反応は多種多様だった。

 脚を震わせ狼狽える子。血が出るのではないかと思うほど拳を握り、唇を噛み締める子。


 受験者の表情をこれほどまで変えてしまうもの。それがあの檻の中に入っている。


 グルルルルと檻の中から獣のような唸り声が聞こえた。檻の中で大きな物体が蠢く。


「っ!あれは・・・。」


 忘れもしない。国の演習中に私を、アネットちゃんとザックを襲ったケモノだ。



「こいつは『ゲド』と言う。代表的なケモノだ。貴様らの反応を見るに、こいつに国を襲われた奴も少なからずいるようだな。」


 ゲド・・・。それがこのケモノ名前・・・。


 未だに唸り続けるゲドを見る。あれは威嚇しているのだろうか。毛の隙間から薄ら光って見える紅い眼がずっとこちらを見つめている。


「こいつは面白いぞ。互いに連携をとり獲物を追い詰める狩りの方法。伸縮し細部まで動かせる腕状な舌。そして何よりこいつらは交尾をし数を増やす。」


 教官が心做しか楽しそうにゲドの生態を説明する。

 聞くだけでも恐ろしかった。


「おっと、試験の説明が途中だったな。試験内容は至って単純。貴様らはこのガロを。」


 教官は説明をしながら腰のホルダーに手を伸ばす。そのまま自然な動作で手に取った銃をゲドに向かって構え、撃った。


「殺せ。」


 衝撃に蹌踉めくゲドは飛び退き距離を取る動作をするが、そこは檻の中。檻にぶつかり、逃げ場などない。


 そこへ1発、また1発と教官は弾丸を浴びせていく。


 檻の中が紅く染まりその上にゲドは倒れ込んだ。

 静まり返った空間に、ゲドの荒い息遣いだけが聞こえる。

 受験者のほとんどが血の気の引いた顔をし、この惨劇を見つめる。手で口や目を覆う子もいた。


「・・・私が怖いか?」


 私たちの反応に気付いたのだろう。教官がゆっくりとこちらに向き直る。


「あれほどこいつらケモノが憎たらしいという顔をしていたのにな・・・。皮を剥がせばどうだ?復讐する覚悟も殺す覚悟もない!あまつさえ目の前で殺される敵に、同情の意志すら見せる!上っ面だけの腰抜けどもが!」


 教官の喝に私たちは首を縮めこめる。

 その時、血濡れた檻の中でピクリと動く影を、私は見落とさなかった。


「あっ・・・。」


「・・・無駄な足掻きを。」


 声を上げるよりも速く、教官は最後の一撃をゲドに撃ち込む。



「貴様らに一つ教えておいてやる。私たちの仕事はるかられるか、生きるか死ぬかだ。どっちもはない。明日が欲しければ戦って勝ち取れ!」


 どうしてだろう。ただただ荒々しく、憧れた天使様の印象とはかけ離れたものなのに。彼女の言動に目を奪われ、心が揺さぶられる。

 私は熱くなる胸に手を当てた。


「説明は以上だ。今から出すコンテナの中に、制服と装備、受験番号のネームがある。名前が記載されているから間違えることはないだろう。持ってきた荷物をそこに置け。10分後に再度集合。遅れた者は撃つ!以上、解散!」


 教官が端末を操作すると私たち隊列の後ろの床が開き、巨大なコンテナがせり上がってきた。


 ここの空間どうなっているんだろう・・・。

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