間章 世界

「お前、勉強できないだろ。」


「……。」


 程よく揺れる列車の中で、目の前に座るジト目のガブリエルさんが私を見つめる。

 私は気まずさから、必死に目を逸らしていた。


 事の発端は、列車に乗車してから10分程経った頃、何か会話をしようと私がした一つの質問だ。


「ガブリエルさんって、その…彼氏さんとかいるんですか?」


「あはは! 女所帯のシャングリラで、んな浮いた話がある奴いねぇよ。」


「……え?」


「…は?」


 驚きの表情を見せるガブリエルさんに、私は首を傾げる。

 頭の中に『?』が浮かび増殖していくのと比例してガブリエルさんの表情が驚きから困惑、困惑から真顔へと変わっていった。


 そして今に至る。


「シャングリラが統括するコロニーは男も女も関係なく生活しているが、『軍事企業コロニーシャングリラ』自体は隊員を含めて基本的に女しかいない。授業で習った覚えは?」


「…あるような…ないような……。」


 私の曖昧な返しに、ガブリエルさんはため息を吐きながら首の後ろを掻く。癖なのかな?


「推薦する相手間違えたか…。」


「そんなぁ!」


「冗談だよ。…半分は。とにかくこのままじゃ流石に不味い。今の時間に勉強するぞ!」


 そんなに?! 確かに勉強するより体動かす方が好きだけど…。

 改めて勉強が出来ないことを実感した私に、ガブリエルさんは無言で何かを手渡してくる。

 これはイヤホン?


 戸惑いながらイヤホンを耳に挿すと。


『聞こえるか?』


「っ! ガブリエルさんの声が!あれ?口は動いていないのに、なんで?」


『脳波マイクって言うんだ。頭ん中で考えた言葉を送信、イヤホン部分で受信して耳に送るらしい。これで会話するぞ。試しに何か言ってみろ。』


『えっと…ガブリエルさんのばーか!』


「痛っ!」


『殴るぞ。』


『もう拳骨くらってます…。』


『さてと、今のうちに分からないことを聞け。答えられる範囲なら教えっからよ。』


『じゃあ・・・あ!女の子!あの演習の時一緒にいた女の子はどうなりました?』


 ガブリエルさんの言った『分からない事』は国やシャングリラに関してのことだと思う。

 それでも私は真っ先にあの時の女の子の現状を知りたかった。


『初っ端にそれかよ・・・。元気にしてるよ。身寄りがなかったんでな・・・シャングリラの孤児院で預かることにした。』


 苦笑いしながらも教えてくれるガブリエルさん。

 そっか・・・元気にしているんだ。でも、身寄りがないって・・・。


『国を襲撃された時に両親を亡くしたそうだ・・・。珍しい話じゃない。あの幼さで生き残っただけでも奇跡に──。』


 襲撃・・・それって前にガブリエルさんが言ってた・・・。


『ガブリエルさん! それについて教えてください! 前に話したケモノによる国の襲撃って話!』


 ガブリエルさんの体がビクッと跳ね上がり、周りの人がどうしたのかと目を向けてくる。

「大丈夫です」と申し訳なさそうに周りに手を合わせてたガブリエルさんが睨みつけてくる。


『口に出して言わなかったのはまぁ、良しとする・・・。ただな、このマイク・・・大声は大声としてそのまま相手に届けるんだよ・・・。気を付けてくれ・・・。』


『すいません・・・。』


『・・・ケモノの襲撃は国が建った時からあった話なんだ。国防軍が公にしたのは、ほんの10年くらい前だがな。』


『え・・・そんな話1度も・・・・・・。』


『だろうな。調べて分かった事だが、国防軍が公表したのはシャングリラ、コロニーだけたらしい。国内への公表は今も避けている。「国民に混乱を招かない為」とか言ってな。』


『あの事件の後、国防軍の人にも言われました。「ケモノは見なかったことにしろ」って。』


『はぁ、そんな事してっからシャングリラに目付けられるんだよ・・・・・・。』


『仲悪いんですか?国防軍とシャングリラって。』


 私の質問にガブリエルさんは首の後ろを掻き、答えを渋る。


『単純に仲悪いだけなら、とっくにドンパチやってるんだが・・・・・・。あいつらと俺らとじゃ、目指す理想が違うんだ。俺らシャングリラは瘴気、ケモノからの人類生活圏の奪還。国防軍はドーム状の国を建てることで、ケモノとの境界線を隔て、あわよくば星で共存なんて願ってやがる。流石に夢見すぎだ。』


 そうだったんだ・・・。私、シャングリラどころか国防軍の理想さえ知らなかったな・・・。

 対峙したから分かる。ケモノとの共存なんて不可能に等しい理想だ。


『ま、国防軍がどう出ようが、俺らのやる事は変わらねぇよ。その逆も然り。互いの道を突き通すしかねぇんだわ。』



 その後も色々な事を聞いた。シャングリラでの生活、規則。他のコロニーの事。ガブリエルさんは広報部という所に所属しているという事。

 ガブリエルさんは時に笑い、呆れながらも丁寧に教えてくれた。プライベートな質問ははぐらかされた・・・。


 ふと、士官学校で習った古文が脳裏を過ぎる。


『井の中の蛙大海を知らず』


 今の私は正しくそれなのかもしれない。

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