第3話 旅立ち

 1週間は、あっという間に過ぎる。それを初めて実感した。


 国防軍の事情聴取も、私を抱きしめたシスターの温もりも、アネットちゃんとザックの葬儀も風のように過ぎていった。


「ケモノは見なかった。いいな?」


「可哀想に・・・。スラムでゴロツキの抗争に巻き込まれたそうよ・・・。」


 事情聴取と葬儀で聞いた言葉が頭から離れない。


 馬鹿でも分かる。国防軍はケモノの存在を、スラムにケモノが現れた事実を隠したいんだ。


「抗争に関わったスラム住民を15名死刑ですって。当然よね。」


 混乱を招かない為か、仮初の平和を維持したいのか理由は分からない。

 それでも事実を捻じ曲げて、歪んだ嘘を正当化する為に罪のない人を殺すなんて・・・。


「・・・ぇね・・・・・・ねぇね!」


「えっ?」


 幼い声で我に返る。膝を抱え、毛布を被る私にララとリリが、必死に話しかけていた。

 外はすっかり暗くなり、ちらほらと街灯が灯っている。


「ねぇね! お客さん!」


「・・・うん。今行く。」


 2人の頭を撫でると、くすぐったそうに目を細める。この瞬間だけは心が少し和らぐ気がした。

 お客さん・・・か。また国防軍の人だろう。あの日以来、頻繁にうちを訪れる。アフターフォローの為なんて言うけど、たぶん監視の為だ。



「あれ? シスターと・・・・・・えっ?!」


 階段を降りた先、玄関に立っていたのはシスターと私服の女性。


「ガブリエルさん?!」


「・・・よっ。」


 と、短く挨拶をするガブリエルさん。シスターが「早く早く」と手招きをする。


「どうしてここに?」


 私の質問に、ガブリエルさんは首の後ろを掻き、小さくため息をつく。その目はチラチラとシスターを気にしている様に見える。


「あー・・・っとだな・・・。お前を迎えに来た。単刀直入に言う。俺の推薦で『シャングリラ』に来ないか?」


「えっ?」


 今、なんて・・・? 私がシャングリラに?


「俺は元々、スカウト目的でこの国に来てたからな。これも何かの縁だろうと思って。シスターからも、シャングリラ入隊を希望しているって聞いてな。ただ・・・。」


 と、話の最後を濁すガブリエルさん。


「・・・ただ?」


「・・・あの事件の後だろ? 入隊すれば同じような別れは、何度も経験する。下手すりゃ自身が犠牲になる事だってある。酷な仕事だ・・・。」


 っ!そんなの・・・。


「私、行きます!」


「軍なんて目指さず他の道・・・って、行くだと?!」


 私の言葉に驚きを隠せない様子のガブリエルさん。そりゃそうだ。あんな事件の後でも道を変えないなんて正気じゃない。

 でも、私の心はもう揺らがない程に固まったいた。


「おまっ! もう少し考えて物事をだな・・・。」


「無駄ですよ、天使様。この子、一度決めたら壁があろうと崖があろうと突き進んじゃうんですから。」


 ガブリエルさんの慌てぶりに笑顔を見せるシスター。こうなる事を分かっていたみたいだ。

 ガブリエルさんは改めて私の目を見据え、肩をしっかりと掴む。


「杞憂だったみたいだな・・・。なら、最後にお前の覚悟を聞かせろ。」


「覚悟?」


「そうだ。シャングリラに入隊を希望する動機、天使になって何を成したいか。推薦するにあたって、それが最重要項目だ。」


 私の・・・動機。何をしたいか・・・。


「・・・最初は宙が、輝く星々が見たい。それだけでした。」


「・・・・・・。」


「でも、今は違います! 大切な人を守りたい! 守る力が欲しい! もう二度と失わないように・・・。全部は無理でも、手の届く・・・目に見える範囲でいい・・・大切な人を守れるくらい強くなれるなら、私はシャングリラに行きます!」


 言い終えた後、息切れで肩で呼吸をしながら、私はガブリエルさんの方を見る。

 ガブリエルさんは未だ腕組をし、目を閉じ黙ったまま。その横には小さく拍手をして微笑むシスター。


 やがてガブリエルさんがゆっくり口を開く。


「・・・よし、合格だ!」


「っ! やった!」


「ってか、長い!」


「えぇ?!」


 な、長い?! 確かに息継ぎ忘れるくらい話したけど・・・。


「最初に言ったのくらいでいいんだよ、動機なんて。何したいかなんて、入隊してから考えればいい。自然と1つ2つは見つかるだろ。」


 そんな・・・。あんなに気合い入れて言ったのに。


「ま、入隊前からやりたい事決まっているなら上出来だ。 さ、そうと決まれば行くぞ。」


「はい!・・・・・・って、はい?」


 あれぇ? えっと・・・今からです?


「い、今夜なんですが・・・。」


「? んなの知ってるさ。時間なんて関係ねぇし、善は急げだ。それに夜のほうが動きやすいんでな。」


「いや、あの・・・シスター。」


「しっかり頑張るのよ!」


 えぇ・・・。もう2人して連れていく気、送り出す気満々だ。


「なら・・・せめて、孤児院のみんなに挨拶だけでも──。」


「はぁ? 今何時だと思ってやがる。ガキが起きてて良い時間じゃねぇ!」


「そうよ! もうこんな時間なのに。」


「えぇぇ・・・。」


 なんで私が責められているの・・・。というか、ガブリエルさんさっき「時間なんて関係ねぇ」って・・・。


「あ、荷物もいらねぇぞ? 向こう《シャングリラ》で一通りの生活用品は支給されるからな。それに荷物がない方が後々楽だぞ。」


「・・・?そういうものなんですか・・・・・・?」


 私は首を傾げる。


「ほら、シスターにくらいはあいさつしてっていいから行くぞ!マジで終電まで時間がねぇ。」


 首を傾げる私を急かすように、懐から懐中時計を取り出し振って見せるガブリエルさん。


「あ、えっと・・・えっと・・・・・・。シスター、今まで育て──。」


 育ててくれてありがとう。その一言を言う前にシスターが私をそっと抱きしめた。

 物心ついた時からずっと嗅ぎなれた、懐かしく安心できる香り。


「行ってらっしゃい。私の愛娘。」


 あぁ、この人は・・・・・・。


「シスター・・・。」


 いつか家を出る時、私は大泣きするものだと思っていた。たくさんの思い出が、優しさが詰まった場所から離れてしまうから。

 でも、違った。何も置いていく必要なんてないんだ。思い出も優しさもこの温もりも、全部心に詰め込んで持って行けばいい。


 だから私はシスターの体から離れ、今できる最大限の笑顔で伝える。


「行ってきます!」


 旅立ちは別れじゃないんだから。


「おーい! 時間ねぇって言ってんだろ! 早く来いよ!」


「は、はい! 今行き・・・って遠っ!」


 急かすガブリエルさんの声に返事をするが、その声の主はもう数十メートルも先。夜の街に影だけが見えている。


「待ってくださいよぉ!」


 私は急いでその影を追う。振り返れば、シスターが笑顔で手を振っている。

 バタバタとした唐突な旅立ちだが、心には確かなワクワクが芽生えているのを感じた。


 


 教会から徒歩20分弱。そこから列車で2時間。私たちは国の中心に居た。


「ほへぇぇ・・・。」


「変な声出してキョロキョロすんなよ。田舎者に見られるぞ。」


「なっ! し、仕方ないじゃないですか! こんなの初めてなんですもん!」


 そう言い返して、上を見る。天井に届きそうなくらいの高層ビル、ビル、ビル!見渡す限りビルや大きな建物ばかり。窓から漏れる光と街灯が相まって幻想的だった。


 国はドーム状になっている為、中心に行くほど高い建物が建つ。壁から1番離れ、安全性の高い中心部は『富裕層』。その次に壁から遠い『中間層』。そして低い建物が並び、壁に面した『庶民層』と呼ばれていて、教会は庶民層、士官学校は中間層にある。


「なるほど・・・。んじゃあ、富裕層にはまず来ないんだな・・・。」


「はい。」


 私の説明に相槌を打ちながら、横を歩くガブリエルさん。


「買い物に行くのも中間層くらいまでですし、富裕層なんて行くまでの片道分しか払えないですよ。」


「そっか…。なら、あれ使うもの初めてなんだな。」


 ガブリエルさんの指さす先。まさに国の中心。天井にまで伸びた円柱型の建物。


「あれ?…えっ、あれって…。」


「『ポータルステーション』だ。あれに乗ってシャングリラまで。」


 ポータルステーション…授業で習った。たしか全ての国の中心に設置されている最重要施設で、内部には無数のポータルゲートがあるとか…。

 それでポータルゲートっていうのが…。


「他の国やコロニーに瞬間移動させるシステム…でしたっけ?」


「まぁ、だいぶ大雑把だがその通りだ。細かく言えば基本的には、国間の移動は国防軍の本部が置かれる国だけ。コロニーへの移動はシャングリラ以外のコロニー限定ってなってんだよ。」


 と、ポータルステーションへ向けて歩きながらガブリエルさんが教えてくれる。


「へぇぇ……あれ? それじゃシャングリラに行けないじゃないですか?!」


「基本的にはって言っただろ。例外もある。ほら、中に入るぞ。」


 話をしている間に着いたが…大きい。見上げていると首が痛くなる。上の方なんて目を凝らしてもよく見えない。


「早く来いっての! 置いていくぞ。」


「は、はいぃ!」


 自動ドアをくぐると広いロビー。急に明るい空間に入った為に、目がチカチカする。

 奥には自動改札があり、その両サイドには『受付・相談』と『チケット発行』と書かれた2つのカウンター。


 いくら慣れない田舎者でもこのくらいは分かる。まずはチケットを買って…。


「こっちだ。」


「っと、ガブリエルさん?」


 迷わずチケット発行のカウンターに向かおうとする私の腕を掴み、ガブリエルさんは受付・相談のカウンターへ歩いていく。


「本日はご利用ありがとうございます! 何かお困りですか?」


 対応に出てきたのは男の人。制服で分かる。国防軍の人だ。

 私はこの1週間で国防軍に苦手意識を持ってしまい、ガブリエルさんの後ろに半身を隠す。


「ちょいと土産付きで家に帰りてぇんだが。」


 そう言ってガブリエルさんがカウンターに置いたのは、白い輪と翼…シャングリラのエンブレムの入った手帳と分厚い封筒。


「っ!」


 一瞬だった。瞬きをしているうちに男の人の営業スマイルは消え、目つきは鋭くなりガブリエルさんを睨む。


「何かあるか?」


「……改札をお通り下さい。8番のポータルです。良い旅を。」


 しばらく睨み合いが続いた後に、男の人は封筒だけを懐に仕舞い、笑顔も無いまま改札をくぐるよう促した。


「ほら、行くぞ。」


「え…あ、はい。」


 何が起きたのか分からないままガブリエルさんの後を追って改札を通る私だったが、ただ一つ去り際にカウンターの男の人が放った一言が心に刺さった


「疫病神がっ。」




「8番は…ここだな。」


 ガブリエルさんの後をついていくと8と映されたモニターと、足元に円形の土台があった。


「ここに乗って飛ぶんですか?」


「あぁ、そうだ。台に『2』って映っているだろ? あの人数乗ったらポータルが起動して目的地に飛ばされるって仕組みだ。」


「……。」


「緊張するか?」


「ふぇ?! は、はい…少しだけ。」


「大丈夫だ。俺がついている。」


 俯く私の手を、ガブリエルさんは力強く握り、ニッと笑って見せた。

 そして私の手を引き、ポータルの上に乗る。


「ま、別の所に飛ばされてもなんとかなんだろ!」


「それが一番不安なんですけど!?」


 ガブリエルさんの発言に一抹の不安覚えながら、私たちはポータブルから出る淡い光に包まれる。徐々に光が濃くなり、視界と意識が白く染まる。



 これが私の長いプロローグ。そして始まる物語の第一歩。

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