エンジェル・ヘイロゥ

meg

第1章 旅立ち

第1話 死んだ世界に生きる人たち

 そらが見てみたかった。空の更に上にある『宙』が。


 最初はそんな理由だった。




「では、次の文を15番!読んでくれ。」


「は、はい!えっと・・・約200年前、最後の世界大戦が終結した後、荒廃した『ほし』に生き残った人類は大きく2つの勢力に分かれた。」


 鼻下にちょび髭を生やした教官に指名されたクラス委員長は、やや緊張気味にテキストを音読していく。


「1つは強固なドーム状の『くに』も守る国防軍こくぼうぐん。そしてもう1つは星の衛星軌道上に幾つも存在するコロニー、それを管理する軍事企業コロニー『シャングリラ』である。」


 歴史の授業。士官学校のみならず学校・・・いや、『国』に暮らす者であれば、誰でも知っている基礎の基礎。


 ふと、机を照らす日光が動き、窓の外を見上げる。


 上空から指す光が徐々に茜色に染まっていくのを確認できた。


 日光パネル。

 ドーム状の壁で覆われた『国』を照らす天井一面に張り巡らされたパネル型の人工太陽。


 太陽という星の光を再現しているらしい。本物はあの天井の上、本物の空の更に上空、『宇宙』という空間に存在しているのだという。


 いつか私もそこへ・・・。


「切れもいいし歴史の授業はここまでにして、明日行う『国外視察演習』の詳細について話そう。」


「っ!」


 教官の『演習』という言葉に教室の空気が変わる。

 かく言う私も視線を教官へ向けた。


「ここ士官学校の生徒なら、将来は軍に入隊する者がほとんどだろう。その際に重要となってくるのが演習の成績だ。」


 現在、星にいくつも点在する『国』を守っているのは国防軍という軍隊。そこに所属する軍人たちは日々私たちの生活、治安を守ってくれている。

 そして、その国防軍の業務の一環であるのが、月に一回行われる『国外視察』だ。


「演習内容は以前説明した通り、国外の治安と状況確認。なに難しいことは無い。国防軍の人たちも同行する。というか、我々が同行させてもらう形だ。」


 ヤレヤレと首を振った教官が言葉を続ける。


「演習・・・実践でも言える事だが、勝手な行動、命令無視は御法度だ!あと遅刻厳禁な!分かったか?」


「はい!」


 教官の言葉に皆口を揃えて、弾むような返事をする。

 国外へ出るのは初めてだから当然だ。

 私自身も緊張と何とも言えないワクワクが心の中で渦巻いていた。


「と、いかんいかん。集合時刻を知らせてなかったな・・・。時間と場所についてだが──。」


 教官が必要事項を伝えた後、終業の鐘が鳴り、解散となった。


「ねぇ!明日の演習成功を願って美味しいものでも食べに行かない?」


 帰り際、校門でクラスの子に誘われた。しかし、私は首を横に振る。


「ごめんね!妹たちが待ってるから!」


 そう言って早足に家路へ着く。

 朝、早く帰って来ると約束していたのだ。



 士官学校からバスで20分。

 私の家は国の中心から離れた壁寄りの地区にある。

 大きな鐘の付いた白い教会。ここが私の家だ。


「ただいまー!」


 教会と併設された孤児院のドアを開け、帰ったことを知らせる。そうすると妹たちが「おかえりー!」と駆けつけて来るのだが・・・。


「あれ?」


 誰も来ない。玄関から伸びる廊下や2階へ続く階段は光すら灯されていない。

 いや、唯一光が漏れる部屋があった。廊下の角を曲がった先、食堂だ。


 そこに何かあると思い、自然と足を運ぶ。

 中からは人の気配がし、小さく会話も聞こえる。


「・・・?ただいまー。」


 不思議に思いながらも、もう一度帰ったことを知らせ、食堂のドアを開けた。


 パンッ!パーンッ!


 目には光が飛び込んでくる。暗い廊下から入った為、室内の明かりがより眩しい。


「っ!?!」


 耳を劈くような銃声にも似た音に、自然と身構え、腰にあるはずも無いホルダーに手を掛けようとしてしまう。


「おかえりなさぁい!」


 強ばる私の腰にしがみついて来たのは、末っ子の双子ララとリリ。


 奥のテーブルには豪華な食事が並べられ、シスターや他の妹たちがクラッカーを手に、席に着いていた。


 え・・・え? 何事?!


「明日、16歳の誕生日でしょ? その前祝いと演習の成功祈願よ。みんなで作ったの。」


 シスターが落ち着いた物腰で微笑みかけてくる。


「あ・・・そっかぁ。」


 演習の事ばかり考えて、すっかり頭から抜けていた。


 明日は、私が拾われた日。



「いただきまーす!」


 全員で声を合わせ、食事を摂り始める。


「このサラダ、ララが作ったんだよ!」


「リリもお野菜ちぎった!」


 賑やかな食事の中、シスターだけは食事に手をつけず、浮かない顔でいた。


「どうしたの?」


 ララたちの作ったサラダを取りながら尋ねてみる。

 最初、シスターは口をもごつかせ躊躇いを見せていたが、やがて重たい口を開けた。


「・・・辞めてもいいのよ?」


「・・・・・・。」


 いつになく真剣な表情と声。それを察してか、はしゃいでいた妹たちが黙ってしまう。



「家計を支えようとしてくれるのは嬉しいし立派な事だと思うわ・・・。だからって軍に入らなくても・・・ 明日の演習だって国外・・・『スラム』へ行くのでしょう? 何もそんな危険を犯さなくたって──。」


「シスター。」


 シスターの気持ちは痛いほど伝わった。軍の仕事が過酷で危険な事は知っている。そんな場所で、私を働かせたくない優しさも分かる。でも。


「違うの。私が士官学校に入ったのはね、そんな立派な理由じゃないの。宙が・・・見たいんだ。空のその先にあるコロニー『シャングリラ』に入隊して宇宙を見たい!この星を見たいの!だから──。」


「自分の為って理由なら、止めたりはないわ。あなたは昔から自分の芯を曲げない子。頑固なくらいにね。やりたい事があって軍に入るなら、親として止めたりなんてするものですか。ありがとう、理由が聞けて良かったわ。」


 そう言って微笑むシスター。こんな身勝手な理由を認めてくれるなんて・・・。


「私って親不孝者だね・・・。」


「私は幸せよ。」


 シスターの優しい言葉の後に静寂が訪れる。

 私もシスターも言いたいことを言い終え、他のみんなも別の話題を話せる雰囲気では無くなってしまっている。


 そんな中、私の袖を引っ張ったララが、沈黙を破った。


「ねぇね!?ってなぁに?」


 私はキョトンとし、シスターと目を合わせる。

 シスターが頷くと、私はララの目線に合わせて屈んだ。


「『スラム』って言うのはね、国の周りにある壁のない人の住む町の事なの。」


「壁がないの?! それじゃあ悪い空気を吸っちゃうよ!」


「そうね。国の外は瘴気で満ちているものね。でも、外壁の周りなら瘴気が薄いから、身体への影響が少ないの。」


 シスターに目を向ける。6歳児相手に残酷な現実を話している自覚があったからだ。

 シスターは無言で頷いた。それは続けていいという意味。


「なんでそんな危ない所に住んでいるの?」


「それはね、悪い事した人たちは国から追い出されちゃうの。そうして悪い人たちが集まって出来たのがスラム。だからララもいい子にしてないと、スラムに追い出されちゃうよぉ!」


 そう言ってララに襲いかかるように両手を広げた。

 少しやり過ぎたか、ララが涙目になってしまう。


「ねぇね、物知り。」


 と、リリ。ごめんね、授業で習った事話しただけなんだ・・・。


「ねぇね、明日そこに行くの?悪い人に食べられちゃうよ!」


 と、続くララの可愛い発想に思わず吹き出してしまう。


「あっははは! 悪い人は人を食べたりしないかなぁ。大丈夫。教官たちもついてるし、それにこの辺じゃ『』の目撃例もないしね。」


「けもの?」


 今度は2人同時に聞いてくる。


 しまった! そう思い、助けを求めるようにシスターのほうを向くと、案の定首を横に振られる。


「えっと・・・あ、あはは・・・それよりお腹!私お腹減っちゃった!早くご飯食べよう!」


「そうね!せっかくのご馳走が冷めてしまうわ。ほらララとリリも席に着いて。」


 シスターの言葉に双子は「はーい」と素直に返事をし、それぞれの席に着く。


 危ない危ない・・・。ララたちにはまだ早い話までするところだった。ふと、目線を上げるとジト目のシスターと目が合う。


 申し訳なくなり、ごめん!と顔の前で手を合わせる。


「ねぇね、もう『いただきます』はしたよ?」


 ララのツッコミを皮切りに、食卓に笑顔が戻った。




 その日の夜。夢を見た。2人の女の子の夢。


「そら?」


「そうよ!『空』じゃなくて『宙』! そこでは太陽っていう燃える星とか、キラキラ光るたくさんの星が見えるの!」


「キラキラの星!? すごーい!」


「・・・私はね、その宙にある『シャングリラ』に行くのが夢なの。」


「シャングリラ?」


「『天使様』って呼ばれてる軍人たちがいるコロニーよ。」


「いいなぁ! 私も行く!」


「あんたじゃ無理よ。弱いもの。」


「むー! 強くなるもん!」


「強くなるって言ってる時点で、弱い事認めちゃってるわよ・・・。」


「むー!むー・・・。」


「・・・はぁ。良いわよ。先に行って待っててあげる。私が忘れないうちに来なさい。約束よ。」


「っ! うん! ゆーびきーりげーんまん!────。」



 楽しげな2人の会話が、夢の終わりと同時に消えていく。


 もう少し見ていたい。


 でも、それを目覚まし時計は許さなかった。


 徐々に現実へと引き戻される。


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