無題

眠るひとのいない

ベッド、手摺りには水漏れが、と

書かれていて、シーツには髪の毛が

いっぽん、半ばしろい枝毛のかなしみ


もう増えないであろう

壁や箪笥の上の笑顔や

家族の群れ

灯りのない

部屋に開け放した

扉から差し込む真っ直ぐな

白い光が壁に線を描いて

走っていきハンガーに吊るされた桃いろの

寝間着の背中が光に浮かぶ

ひとがいるように、たしかにいたように

ゆるぎなく立っている

ぼくの頰を叩いた手と、控えめに

髪に触れてきた手、次第に痩せて

丸くなっていった背中の湾曲はなく

若かりし日に毅然としていた背筋が

のびやかな精神が

数限りないあなたの

姿となりハンガーに吊るされて

明日には整理され忘れられていく


このひかりのなかの

輪郭をひとりなぞりながら

未来に沈みゆくものをみつめている


数限りない粒子になって

あなたはまだ漂っている

それでもこの扉を閉めて

ひかりを遮らなくてはいけない

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