118.魔術指導

 結局、当初の予定通りにシャーロットの魔術の指導に当たる事になった。

 ただ指導はこれで終わりではなく、今後も継続してという条件付きである。


(……問題をさらに抱え込んだ気もするが。まあ、彼女が魔術の探求を進める事については悪い話ではない)

  

 魔術の向上を諦めてしまったシャーロットが、助力によって再びやる気になるのであれば、有意義であるし、教える甲斐があるというものだった。

 一日で教えられる事には限りがあるが、再び一歩を歩みだす為の後押しになるのであれば、それは大きな意味がある。

 そして、彼女ほどの才能の持ち主が、魔術の向上心を失ってしまっているのであれば、本当に勿体ない事であった。この手の事は、ふとしたきっかけや環境によってスイッチが切り替わる可能性はよくある事だった。


「……ソーヤ様、似合いますか?」


 シャーロットは学院アカデミーの制服に着替えていた。ただ、ネクタイだけは宗谷から取り上げたものである。

 先程の薄っすらと身体が透けていた白いワンピースよりは控え目であり、似合うといえば似合う。ただ清楚なイメージと言っていた気がしたが、そう言うには彼女の体付きは大人びていて妖艶な色気があった。


「似合うよ。わざわざ着替えたのか。ここは学院アカデミーではないが」

「勉強を始めるのであれば、雰囲気や環境作りは大切だと思いませんか?」

「……否定はしない。いや、それは本当に大事だと思う」


 宗谷は薄く笑った。女神からの貰い物とはいえ、ビジネススーツの格好を好んで動き回っている身である。

 その点については言えた義理ではなかった。


     ◇


 それから二時間ほど魔術について指導し、二人は休憩がてら談笑していた。

 結局シャミルは行方をくらましたまま戻ってこなかった。シャーロットの飼い猫と何処かに行ってしまったのかもしれない。


(シャミルめ。……まあ、説明も無しに連れて来た僕も悪かったか)


 シャーロットを指導をしてわかった事は、彼女は非常に頭がよく要領が良いという事である。

 やはり、魔術でもう一段階か二段階、上を目指すだけの素養は持っている。

 そして、魔術に関わらず知識が豊富である。あらゆる事に高い適性があるように感じた。だが、それゆえに壁にぶつかった時に逃げ道を作りやすいのではないかと推測した。


「……なんでも適性があると言っても、あたしは中途半端ですから。一芸に秀でている方が羨ましいと思う事があります。ルイーズさんの剣技とか、フィリスさんの狙撃とかですね」

「ルイーズさんの剣捌きは二度、目にする機会があったな。とても真似は出来そうにない。……フィリスくんも大したものだ。弓一つで白金プラチナ級まで昇りつめたらしいが」

「フィリスさんは純粋な射手シューターですね。風の精霊術だけ狙撃の補助や姿隠しに行使すると言っていました。弓聖の呼び名はイメージに合わないと苦言を示した事がありましたが。王都では名うての存在だったみたいですよ」


 王都の話題が出て、宗谷は今朝方、広場で王都の騎士にスカウトされた事を思い出した。そして王都で名声を得た彼女が、このイルシュタットに来る理由は何かと考えた。


「王都から。フィリスくんは、このイルシュタットに何か惹かれるものがあったのかな」

「うーん……イルシュタットというよりは、セイレンさんに付き添っているみたいですね。同棲しているみたいですし、良い仲って噂があります。セイレンさんも赤角レッドホーンの件が片付くまではイルシュタットに留まる意向を示してまして。……という事で、二人は暫く残ってくれると思います」


 その説明を受け、宗谷はリンゲンとその帰路で同伴した、荒々しい雰囲気を持つ長身の司祭と、静けさを伴う黒髪の射手シューターの二人を頭に浮かべた。そういわれてみるとフィリスは移動中もセイレンの傍にいる事が多かった気がする。

 感情が希薄であるように感じたが、どうやらそういう訳ではないらしい。

  

「……さて、勉強も一段落つきましたから。あたしたちも良い仲になれるように、一段進めたいです」


 シャーロットは猫のように微笑むと、俊敏な動作でベッドに座る宗谷を押し倒し、覆いかぶさるような体勢となった。

 部屋の様子もあいまって退廃的なムードが漂っている。


「……シャーロットくん、困るな」

「ソーヤ様、何度誘惑しても全然その気になってくれないですね。……欲がない訳ではないみたいですけど。こういった形のアプローチは嫌ですか?」

「嫌いなわけがない。若い子にモテて嬉しくない筈がないだろう。ただ、僕に惹かれても良い事は無いと思うが」


 宗谷は虚ろな視線でシャーロットの瞳を見た。


「ミアちゃんの事を考えていますね。……あたしは別に一番じゃなくてもいいです」

「……いや」

「じゃあ誰か別の人だ」

「人ではないかもしれないな」


 シャーロットはその返事に不機嫌そうな表情を浮かべ、そして宗谷の左頬に口づけをした。


「今日はこれで勘弁してあげます。……また勉強を教える約束、忘れないでくださいね。今度は絶対にあたしに溺れさせますから」


     ◇


 宗谷がシャーロットの家を後にすると、玄関の先の道路で人の姿をしたシャミルが待っていた。

 何やら愉快そうに口を緩ませている。


マスター。シャーロット嬢とリフレッシュでき……痛っ、耳を引っ張らないで」

「余計なお世話というものだ。僕も君を牽制代わりに利用するつもりだったから不問にするが。……ステラといったか、シャーロットくんの飼い猫と戯れていたのか」


 宗谷の鋭い視線に対し、シャミルは両手を翳すようにして弁解した。


「違いますよ。街の案内をして貰いつつ情報交換です。私は猫から情報を集められますからね。……それで、どうでしたか?」

「……正直悪い気はしなかった。それとは別に悪いと思う気持ちはある。……次の事を考えると楽しみでもあるし憂鬱でもあるな」

「私にはよくわかりませんが、悪い気がしなかったなら良かったです。……マスター。次はどちらへ?」


 宗谷は今朝方から一つの案を考えていた。

 受理された例はなさそうだが、おそらくは異種族の扱いで問題なくいけるはずである。


「冒険者ギルドに。情報収集がてら、君を白紙級ペーパーの冒険者として登録しておきたい」

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