第7話 宝探しの提案
「うわ……」
外に出たらすぐ歩きたくなくなった。
一月の早朝なだけはある。
気温は氷点下にいくかいかないかといったところだろう。
玄関を出てすぐに、肌を刺すような冷たい風がまとわりついてきた。
昨日降った雪が積もった道を苦心して歩いて、といつもの場所へ通りかかる。
そこはとある人物に寄って夕日坂と名付けられた坂の途中だ。
野良猫が数匹住み着いている地元の公園……彩葉公園の前。
俺は、誰かさんがやんちゃした証拠である、支柱の折れ曲がった交通標識の下へと向かう。
そこが、幼なじみの少女とのいつもの待ち合わせ場所だからだ。
「あ、未来ー。おはよー」
交通標識の下で待っていたらしい茉莉が、やってきた俺の姿に気づいて手を振った。
俺はそれに片手を上げて応える。
「元気そうだな。今日は何か良い事でもあったのか?」
「えへへ、秘密ー。学校いこー」
悪戯っぽく笑う茉莉は先へと促し、二人で並んで道を歩く。
朝の時間。それぞれの学校へと向かう道を共に歩く様になってもう何年経つのだろうか。
俺が中学一年生になって、茉莉が小学校の四年生になった頃からか。
日ごろの習慣がすっかり身についてしまった俺は、今日もいつもと同じように茉莉と並んで下らないお喋りをしながら、学校のある方向へと歩いていく。
そうしていつも通りの雑談をしながら二人ならんで歩いていると、茉莉が唐突な提案をしてきた。
「あのね、未来。宝探ししよー」
「宝探し?」
「うん、あたしね。とっておきのものをこの町に隠したんだー。未来はそれを探して、見つけるのー」
「俺が?」
一体その話はどこから出てきたものなのだろうか。
たまに突拍子のない事を言ったりやったりする茉莉の思考回路は、長い付き合いのある俺でも完全に読み切れていない。
気分屋で、大体の事に熱しやすく冷めやすい性質。
この幼なじみは、猫の様に気まぐれな少女なのだ。
長続きしている事と言えば、趣味のファンタジー好きと、桐谷先輩の研究の手伝いくらいだろう。
かたや全国の少年少女がはまりやすいマイナーな趣味、かたやお固そうで人を選びそうな作業。
共通点はあるのか、ないのか、どうなのやら。
茉莉の興味の基準に関しては、付き合いの長い俺にもまったく分からなかった。
「えっとねー。最近基地の雰囲気が良くないでしょー。あたし、そういうの良くないと思います。だからねー、未来に皆と仲直りしてほしくて。頑張ったよー」
「茉莉……」
誉めてとでも言わんばかりに、胸を張る年下の幼なじみ。
茉莉も茉莉に今の問題を気にかけていて、自分にできる事がないかと探していたのだ。
その事に、俺はなんて言って良いのか分からなくなる。
「あのね、あたしね、このまま皆がバラバラになっちゃったら嫌だなー。桐谷さんも円さんもすごく良い人だもん。だから、ちゃんと仲直りして、皆でまた一緒に楽しい事しよー?」
「そうだな」
近くであるく茉莉の頭を撫でてやれば、嬉しそうな顔になって、満足そうな反応が返って来る。
「でも、それならお前が先輩か円に渡せばいいんじゃないか?」
「それは駄目なのです。ルール違反だからー」
何のルールだ。
心の中で突っ込みを入れていると、茉莉はふいに真剣な表情になってこちらを見上げてくる。
猫の様に大きくて丸い目と、俺の視線がぶつかった。
普段は、弾ける様な煌めきを宿しているその瞳は、今は静かに凪いだ湖面のようだった。
「未来、大切なものは簡単に見つかるところにあるけど、探そうって思ってちゃんと探さないと見つけられないんだよー。だからあたしは探してほしいです。未来の大切なもの」
きっとこういう時の茉莉は、俺に何か大切な事を伝えようとしている。
長い付き合いだからよく分かる。
この幼なじみは、いつだって真っすぐに俺達に気持ちをぶつけてくるが、本当に大切で重要な事は言葉を濁して簡単には教えてくれないのだ。
見方を変えればそれは、茉莉が好きである漫画やアニメなんかの趣味に影響され、恰好付けてるとも言えなくもないが、俺はそんな茉莉を気に入っていた。
どうして宝探し形式にしたのか、俺にはまだ分からない。
だが、探してみようと思った。
先輩や円達と仲直りする為のきっかけを。
茉莉の言う大切な事を。
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