第15節 破滅の箱
立食パーティーも終わり、ここからはいよいよ本番となる。
星の核を実際に使用する聖地にてデモンストレーションとなるらしい。
お膳立ては終わったというわけだ。
場所を移すと共に、一気に人が減る。
式典の時と違い、部外者は立入禁止。
マスコミもここには入れない。
七賢人の皆と、永年の魔女の弟子である私、本当の言の葉の魔女であるクロエ。
それ以外は、高名な魔法学会の学者と、各国政府の要人しかここにはいない。
ここに居るのはいずれも、魔法協会と精通している人たちなのだそうだ。
百人近くいた人は、今や三十人にも満たない程度になっていた。
聖地の入り口は魔法協会によって管理されており、その正確な場所も知らされていない。
どうやら魔法協会の館内を通ってようやく入れる場所らしい。
私自身、今自分がどこにいるのかわからなくなる。
「なんか妙な気配がするね」
私が呟くと「ここはかつての七賢人で結界を張った特別な場所なんだ」と隣のベネットが言った。
「正確な場所を捉えることは誰にも出来ない。感覚に敏感な魔導師なら、違和感を抱いてもおかしくないよ」
「ほぉん?」
そんな魔法を肌で感じると言うことは、ちょっとは私の感度も上がっているのだろうか。
先日の神木の一件依頼、私の魔法の感覚や扱いは格段に上昇している。
たぶん、シラタマとイヴの記憶が、私の中に流れ込んだからだ。
過去にシラタマがイヴと旅した記憶や感覚。
イヴが魔導師として持っていた魔術の技術。
それらの一部を私は継承したのだと思う。
こうした微細な魔法の感覚までわかるのは、成長を感じて少し嬉しい。
建物を抜け、自然に囲まれた広場へとたどり着いた。
周囲を大きな精霊樹たちが取り囲んでいる。
自然が生んだ隠れ家のようだ。
精霊たちが飛び交い、湧き上がった水が岩場から流れ、広場の端に湖を作っている。
地面の中を流れる魔力は滾っており、大自然に力を与えている。
空気が根本的に違う。
ここが聖なる空間なのだとすぐに分かった。
自然と、魔力と、生命と。
その全てが調和された空間。
居心地が良いのか、シロフクロウとカーバンクルも嬉しそうにはしゃいでいる。
目の前に、大きな洞窟と、その入口を覆い隠すような巨大な樹の根があった。
樹の根はどんな機器を使っても取り除けそうもないほど堅牢で圧倒的だ。
「ここが……星の聖地の入り口?」
以前、魔法式典が行われた会場はこの中だったんだっけ。
こんな自然豊かな場所に存在しているとは思わなかった。
式典の時は著名人を呼んだお祭り騒ぎだったけれど。
どうして今日は誰も入れないんだろうか。
色々と疑問が湧き上がる。
「驚いたでしょ、前の時と全然雰囲気が違うから」
心を読んだかのように、祈さんが腕組する。
「式典の時は魔法協会が事前に徹底的な準備をしてたから、誰もこの場所の位置を特定出来ないし、安全性が確保されてたのよ」
「今回は違うんですか?」
「入り口を見せちゃうわけだからね。それだけじゃなくて二十年に一度しか開かない聖地を、星の核で無理やり開かせるんだから、星の理にめちゃくちゃ反するわけ。だから禁術的なのも使うんじゃないかと思うのよね。前みたいなお祭りパーティーってわけにはいかない」
「だから中にいれる人を限定したんだ……」
「そゆこと。私たち七賢人を呼んだのも、大方何かトラブルがあった時の保険って感じでしょ。良いように使ってくれるわ、ホント」
「七賢人以外の人たちがいるのはどうしてですか?」
「全員、各国の首相やら大統領やら、魔法界の権威やらばっかりよ。要人を集めて魔法協会の権威をさらに高めようとしてるってところでしょうね」
「何か俗物的ですね……」
「仕方ないでしょ。魔法協会の理念は魔法の価値を高めること。協会の運営にも莫大が資金が必要だしね。魔法協会が広く活動するには、スポンサーや、各国の理解は絶対よ」
「そのために、魔導師のタブーに触れたとしても?」
祈さんは黙る。
理解はしていても、納得していないのはよく分かった。
そこで私はふと気になり、ベネットの袖を引っ張った。
「ねぇ、ベネットって星の核の製作依頼を断ったんだよね?」
どうしてこの計画の話をベネットは見過ごしたんだろう。
ベネットがこの計画に賛成するとは、とても思えない。
すると。
「いや」
と、ベネットは首を振った。
「僕は依頼されていない」
「えっ……?」
どういうことだろう。
そこで、少しだけ考えてみる。
この計画は、魔法協会が考案したことになっている。
でも、本当にこんな非人道的な方法を、魔法協会が提案するのだろうか?
ひょっとして、星の核を使った星の再生は、エルドラ姉さん自身が考えたことじゃないのか?
エルドラ姉さんとお師匠様が星の核を生んだのは、エルドラ姉さんの過去を精算するためだ。
何千、何万もの人を殺した贖罪をエルドラ姉さんはしようとした。
そして導かれたのが、聖地でこの星の魔力を操作し、再生させる方法だ。
この星が生き永らえるための人柱になる。
エルドラ姉さんは、それを望んだ。
お師匠様は、母としてエルドラ姉さんの想いを支えようとした。
いままで聞いてきた話をまとめると、そんな事情が推察される。
魔女エルドラは、過去の罪を償うために、自分の命を星の糧にすることを選んだ。
そう考えるとしっくりする気がする。
胸騒ぎがした。
星の核を使った贖罪。
確かに、あの二人でなければ出来ないことだっただろうけれど。
魔女の鉄則を破ってまで、遂行しなければならないことだったのだろうか。
やがて、エルドラ姉さんとお師匠様、そして魔法協会の会長が姿を見せた。
三人が現れた瞬間、空気が張り詰め、会話が止まる。
チリン……。
エルドラ姉さんの鈴の音が鳴る。
あまり気にしていなかったが、この鈴の音はひょっとしたら、死者を弔うためのものなのかもしれないと思った。
なぜなら、私たちの横を通り過ぎるエルドラ姉さんの姿は、まるで葬儀のようにも思えたから。
彼女が両手で抱える星の核は、遺影を持っているようにも見える。
そこで不意に、私はあることに気がついた。
エルドラ姉さんの内側。
心臓の辺りに、実体を持たない何かがある。
箱に見えた。
宝箱にも見える箱。
いくつもの南京錠がついた、これ以上ないほど厳重な封がされた箱がみえる。
何でこんなところに箱が?
考えて、すぐに気がついた。
これは本物の箱じゃない。
感情で出来た箱だ。
正確には、何かを感情で封じた痕跡が、私には箱のイメージに見えてるのだろう。
そんな物を見るのは初めてだった。
以前までなら絶対にわからなかったと思う。
人の感情を繊細に感じられるようになった今の私だから分かるんだ。
あれは、何か強力な物を封じ込めた、鉄の意志で生み出された箱なのだと。
箱はカタカタと揺れている。
その揺れるタイミングは、仄かに輝く星の核の明滅に呼応しているように見えた。
星の核が……箱を開けようとしている?
箱の中にあるものを、呼び覚まそうとしている。
そんな風に見えた。
「皆さん、お待たせいたしました。ここに集まってくださったのは、魔法界の中枢を担う方々や、魔法の最先端を知る方々だけです」
会長の演説が始まる。
彼らの後ろには、巨大な星の聖地への入り口が存在した。
「そんな魔法の未来を担う皆様に、これより、魔女エルドラによる星の聖地の開門をご覧に入れたいと思います」
なんだろう。
まずいことが起こる気がする。
全身から汗が噴き出し、寒くもないのに鳥肌が立った。
あの箱は一体何だ……?
人が心の中に箱を造り出す理由について考える。
例えば、何かを守るため。
例えば、大切なものを保存するため。
人は箱を使うかもしれない。
大切な思い出。
誰かとの約束。
何かに抱いた誓い。
それらを心の中で歪ませないよう、大切に箱の中に保存するかもしれない。
でも、もしあの箱の中身が本当にそんな素敵なものだったら。
こんな嫌な感覚はしないはずだ。
そこで、もう一つ思いつく。
何か辛いことがあった時。
その過去を乗り越えるため、人は過去の痛みを箱にしまうのかもしれないと。
辛い記憶は、なかなか消えずにずっと心にあり続ける。
だから、もう二度と表に出さないように、強靭な心で過去の痛みを封じ込める。
あの箱には沢山の施錠がされていた。
もしあの鍵を生んだのが、エルドラ姉さん自身なのだとしたら。
あの箱に入っているのは。
苦しみ、痛み、悲しみ、怒り……絶望。
――これは、復讐よ。
いつか夢で見た、エルドラ姉さんの声が脳裏に蘇る。
私はベネットの服をギュッと掴む。
困惑したようにベネットは私を見た。
二匹の使い魔も、心配そうに足元で私を見上げている。
「どうしたんだい? ラズベリー?」
「キュウ?」
「ホウホウ!」
「メグ、何よあんた、酷い顔色じゃない」
祈さんも私の異変に気づいて近づいて来た。
ソフィやクロエも、私に目を向ける。
「ズベリー、体調悪いの?」
「なんじゃメグ、酷い顔色じゃの。おいジャック、こっちに来てくれ」
「メグさん、大丈夫ですかぁ?」
「どうしたんだメグ・ラズベリー」
みんなが私を心配して寄ってきてくれる。
違う、そうじゃないんだ。
言わなきゃだめなのに。
何を言うべきか分からず、頭が混乱して、緊張で声が出ない。
「では、始めてください、魔女エルドラ」
「ええ」
エルドラ姉さんが聖地の入り口へと向き直り、星の核を掲げる。
すると、彼女の胸にある箱の施錠が一つ外れた。
いや、外れたと言うより。
こじ開けたように見えた。
星の核の明滅が早まる。
光が強まるごとに、鍵がまた一つ、また一つと外れる。
大変なことが起こる気がする。
止めなきゃ。
でも、身体が上手く動かない。
誰か……エルドラ姉さんを止めて。
私はすがるようにお師匠様を見つめた。
お師匠様と私の目が一瞬、交差する。
瞬間、お師匠様は何かに気づいたようにハッと表情を変えた。
「エル! お待ち!」
「えっ……?」
お師匠様の声に驚いてエルドラ姉さんが振り向く。
しかし、遅かった。
その瞬間、星の核の力がエルドラ姉さんの魔力で解き放たれたのだ。
大きな音がして、聖地を閉ざした樹の根が動き出し、入り口を開く。
圧倒的な情景に、その場に居る関係者がワッと拍手する。
でもその音すら、どこか遠くに感じる。
箱が
開いた。
「みんな……!」
ようやく、身体を縛っていたものが
私は全身の力を振り絞って叫ぶ。
「みんな逃げてぇ!!」
瞬間、世界を黒炎が覆った。
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