第12節 街の噂
その日から、私の骨折の治療と、魔力汚染の治療方法の研究が始まった。
午前中は右足の治療を受けつつの軽いリハビリ。
午後からは祈さんやジャックとマウスを用いた転化魔法の実験。
夜になると、アクアマリンの美しい街を、祈さんやココと見て回ったりもした。
島国であるアクアマリンの夜空は息を飲むほどに美しい。
この美しい夜空を、かつてお師匠様も見たのだろうか。
そんなことを考えもしたが、その考えは美味すぎる魚料理の前に消えるのだった。
まさしくバカンスと呼ぶにふさわしい日々。
ただ、それはどこか落ち着かなくて。
ラピスでの忙しい日々が、少し恋しくもあった。
「おはよう、メグちゃん」
「おはよ、おじさん!」
朝早く。
アクアの市場にある魚屋のおじさんと、気さくな挨拶をかわす。
私がアクアマリンに来てから一週間。
いつの間にか私は、すっかり街に馴染んでいた。
「今日は買い物かい?」
「そ、ココのお使い。終わったら午後はまた病院だけど」
「そっか、じゃあしっかり精をつけないとな。脚もずいぶん良くなってるみたいじゃないか」
「まぁね。やっぱ世界最高峰の魔法医の治療はちゃいますわ」
やはりと言うかなんと言うか、ジャックの治療は本物だった。
たったの一週間で、思った以上に脚が回復している。
まだギプスは取りきれていないけれど、今なら半月蹴りも三日月蹴りもカーフキックも余裕で出来そうである。
それにしても。
「今日はなんか品揃え少ないねえ?」
いつもはどれを見て良いか分からないくらいだったのに、全然魚の種類がない。
私が魚を眺めていると「そうなんだよ」とおじさんはため息をついた。
「最近は沖の方に出れてなくてね。まともな漁が出来てないのさ」
「沖に出れない? なんでまた?」
「島からだとわからないだろうが、沖の方だと天候が安定しないんだよ。快晴かとおもったら、急な雷雨になることもある。別に珍しいことじゃないが、ここ最近は過剰だね。この前なんか竜巻が出てたって話さ」
「うへぇ、ヤバいねそりゃ」
「この前も地震が出ていたし、何事もなけりゃ良いけどねぇ。海の神様が怒ったんじゃないかって、みんな噂してるくらいだよ」
「海の神様、ねぇ……」
そう言えばアクアマリンは元々災害が多い土地だったんだっけ。
この島に来た時に祈さんから聞いた逸話を、今頃思い出す。
「メグちゃんは、この街の中心にある魔鐘のことは知ってるかい?」
「あぁ、古い魔女が作ったっていう奴だよね」
「そう、女神と呼ばれた魔女テティス様だね。あの鐘が働かなくなってもう久しいが、それでもこの街が平和でいられたのは、これまで大きな災害がなかったからだ。でも、あの鐘がない今、もし大災害でも起こったらと思うと不安でね」
「大丈夫だよ。だってこの島には、ジャックがいるじゃん」
「はっはっは! 違いねぇ!」
豪快に笑うこの魚の主人は、まさか目の前の客が何も買わずに帰ることになるとは予想もしていなかっただろう。
貧弱な品揃えの店に用はない。
◯
午後になると、ジャックや祈さんとの魔法研究が始まる。
マウスを用いた医療魔法の実験だ。
魔力で汚染された実験用マウスに、転化魔法を用いてみる。
かつて私が、ラピスの街の御神木に転化魔法を用いた時の状況の再現だ。
ただ、しかしやはりと言うか何と言うか。
そう簡単には行かなかった。
「またダメね。魔法が発動しない」
祈さんがため息を吐く。
それを見てジャックも肩をおとした。
魔力汚染されたマウス。
その中には、溢れんばかりの魔力が宿っているというのに。
何度やっても、その魔力を別のものに転化出来ないでいる。
「燃やすっていう単純な構造だと上手くいくけど、魔力を生命体と混ぜ合わせて転生させるっていうのは、何と言うか……理屈がよくわからないわね」
「同じ哺乳類で別のものに変えるってことか?」
「そうだと思うんだけど、マウスをモルモットに転生させようとしても上手く行かなかったわよ。何か材料が足りないのかも」
頭を抱える二人を眺めていると、不意にジャックがこちらに顔を向けてくる。
「おい、メグ・ラズベリー。何か心当たり無いのか」
「心当たりったって。あの時との違いって言ったら、術者が死にかけているかどうかって言うことと、被術体が植物か動物かってことくらいだけど……」
「その状況を再現して上手く行ったとしても、術者が死にかけてるんじゃ使い物にならないわね」
祈さんが無情な言葉を発する。
すると、ジャックが「くそっ!」と机を拳で殴りつけた。
ドンッ! と言う大きな音に、私の肩に乗っていたカーバンクルが懐に逃げ込んでくる。
「せっかく、せっかく糸口がつかめたのに! ここまで来て、また俺はつかみ損ねるのか!」
「ジャック……」
その悲痛な声は、深く考えずとも彼の過去とリンクする。
希望が見えた、魔力汚染の治療法。
その解決への道筋は、未だ光の見えない暗闇だった。
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