第11節 ステージⅤの少女
私と祈さんが連れてこられたのは、厳重なロックがされた特別医療棟だった。
「ここは隔離施設でな」
「隔離施設?」
「特に重病の患者だけを集めた病棟なんじゃよ」
「ここには重度の精神病患者や、魔力汚染者が入院してるんだ。正直、回復見込みが低い患者も多いが、その治療研究もこの施設の役割だ」
「へぇ、色々やってるんだなぁ」
さすが世界最新鋭の病院施設と言ったところか。
「でも、なんでその隔離施設に私を? はっ!? まさか私を隔離するとか?」
「騒がしいから隔離したいくらいだがな」
「しないで」
「お前をここに連れてきたのは、魔力汚染による治療方法を探るためだ。ラピスの街に生まれた精霊樹セレナイト。その樹木の転生を、今度は人で再現可能か確認する」
「それってつまり……」
すると車椅子が突然止まる。
「着いたぞ」
そのジャックの声に促されるように、私は左側にあるガラスの向こう側に目をやり。
絶句した。
そこにあったのは、一面がガラス張りの部屋。
その向こう側に、一人の少女がいた。
右手と左足が奇妙に発達し、筋肉が皮膚を突き破り、むき出しになっている。
骨はいびつに歪み、口は左右に大きく裂け。
一見して獣のような、怪物のような、そんな存在がそこにいた。
肌はボロボロに変色し、髪の毛は抜け落ち。
それでもかすかに、かつての面影だけは残っていた。
「よく見とけ。あれが魔力汚染者の成れの果て、ステージⅤの姿だ」
落ち着いた声で、ジャックは話す。
「ステージⅤに至った患者は、人間と呼べるかどうかも怪しくなる。理性は消え、まるで動物のように本能だけで行動する」
「いつじゃったかのう……どこかの国のお偉いさんが、ステージⅤの患者を『魔物』と呼んで騒動になったんじゃ」
「見慣れてないと、そう呼ぶのも無理はないかもしれねぇけどな」
「酷いわね……あんな状態でも生きてるだなんて」
祈さんが悲壮な表情で言う。
すると「そうだな」と、ジャックはその言葉を肯定した。
「でも、この患者はまだ生きてる。だから俺たちは、この子を助ける可能性を探らなきゃならねぇ」
「この子、ずいぶん落ち着いてるみたいだけれど、暴れたりはしないの?」
祈さんの問いに、ジャックは頷いた。
「この部屋には特殊な魔術式が組んであってな。中からは破れないようにしてある。魔力の流れも均一化してあるから、暴れる心配もない」
「魔力汚染患者の活動レベルは、魔力の活性化状態に起因しておるからのう。魔力を抑えておけば、暴れる心配はないんじゃよ。もっとも、汚染は進んでいくから、あくまで一時しのぎでしかないがの」
「汚染レベルが十割を超えた時、魔力は器から溢れ出し、その生命は絶命する。ある者は体を破裂させ、ある者は変質する体に体内器官が耐えられず、百人が百通りの死に方をする。そんな最悪の病が、魔力汚染のステージⅤだ」
なんでもなさそうにジャックは言うが、言葉の奥には彼がかつて経験した痛みが見え隠れする。
目の前の少女を助けたいと願うのは、彼がただ世界一の医者だからってだけじゃない。
「さっきからずいぶん落ち着いてるな、メグ・ラズベリー。もっと騒ぐもんかと思ったが」
「最初は驚いた。でも、分かるから」
「分かる?」
目の前の少女の姿は、かつて私が見た御神木の精霊セレナの姿と重なった。
美しい姿をしていた、白い色彩の精霊。
彼女が魔力汚染を受けた時、その姿は見にくく歪み、魔物となった。
絶対に助けられるはずがない。
そんな絶望を身にまとった姿だった。
だけど、違う。
「私には分かるんだ。あの子は治せる。元の姿に戻せるって」
私が自信満々に言うと、しばらく皆は唖然とした顔をしていたが。
「プッ」
やがて、誰かが吹き出した。
「あんた、どっからその自信出てくんのよ」
そう言って私の頭を撫でたのは、祈さんだった。
「でも、あんたが言うと何だか出来る気がするから不思議よね。嫌いじゃないわよ」
「ほっほっ、メグはいつでも元気じゃのう」
「この子、それだけが取り柄だからね」
「祈さん……それって褒めてんですか?」
「一応ね」
「一応……」
心が死んでいく。
「でもいくらメグの魔法に可能性があると言っても、いきなり人体での臨床試験は無茶じゃない? 何か考えでもあんの?」
祈さんの言葉にジャックは「あぁ」と言うと、ポケットをまさぐりだした。
「こいつを使う」
ジャックが取り出したのは、ネズミだった。
白いネズミ。
実験用マウスというやつだろうか。
「やだ、そんなの
祈さんが顔をしかめた。
「滅菌室で育ててんだから特に害はねぇよ。大人しいもんだ。こいつはハツカネズミでな。広い分野で、薬品試験や菌の感染実験に使われる」
「それで、そのネズミをどうすんの? 私の魔法を、この子にかけろって?」
訪ねた私に、ジャックは頷く。
「それだけだと意味ねぇだろ。こうすんのさ」
するとジャックは、ポケットから小さな紫色の鉱石を取り出した。
その石には見覚えがある。
魔力鉱石だ。
ジャックが魔力鉱石を差し出すと、なんとネズミはその石を食べだした。
すると、白かったネズミの毛が突如として淀み、色が黒ずんでいく。
予想外の光景に、私と祈さんは息を飲んだ。
「なんじゃこりゃ……。石食べてる」
「魔力鉱石は脆い物質でな。ネズミに差し出すと、餌と勘違いして食っちまうのさ。魔力鉱石を体内に取り込むと汚染が進む。こいつは明日にはステージⅤになるだろう。そこに魔法をかける」
「なるほど」
私が感心していると、ジャックが意味深な視線を向けてくるのが分かった。
「お前は、平気なんだな」
「何が? どういうこと?」
「動物を被検体にするのに、もっと抵抗を示すと思った」
ジャックはどこか気まずそうな顔をする。
おそらくは、娘のココのことを思い出しているのだろう。
ココと私は同じくらいの年代だし、彼なりに気を使っているのがわかった。
普通、この年代の女子に、動物実験の話をするのははばかられる。
でも、私は違う。
そんな生半可な気持ちで、今までやってきたわけじゃない。
「医療現場だし、ある程度のことは覚悟してるよ。私だってそれなりに修羅場は乗り越えてますしおすし」
私はにっこり笑うと、膝の上にいたカーバンクルをつまみ上げた。
「それに、魔法の実験なら使い魔で何度もやってるしね」
「お前の主人どうなってんだ」
「キュイ……」
ドヤ顔をした私を見たジャックは、どこか呆れたように緩やかな笑みを浮かべると、カーバンクルをそっと撫でた。
気持ちよさそうにカーバンクルは目を細める。
君、いつも私以外の人に撫でられる時は嬉しそうだね?
私が睨んでいることを気にもせず、ジャックはそっとガラスの向こう側にいるステージⅤの少女に目を向けると、小さく呟いた。
「これで助かると良いけどな……」
それは、どこか遠くを見るような、慈しむような視線で。
彼の中にある、複雑な感情が漏れ出ているのが感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます