第11話 潮騒と共に祝福の鐘は鳴る
第1節 水の都アクアマリン
風が吹くと、潮風の匂いがした。
潮騒の音。
その中に時々、エンジン音。
遠くにはカモメが鳴き声を上げながら飛んでおり、見渡す視界には一面の蒼が広がる。
その情景は、何だか心を浮足立たせた。
私は船に乗っていた。
大陸から諸島へと渡される定期船の中。
甲板の手すりから身を乗り出して、遠くを眺めていた。
私の肩の上では、カーバンクルが潮風を感じている。
「メグ、こんな所にいたの」
ボーッと海を眺めていると、女性に声を掛けられた。
「祈さん」
「あんまうろちょろしないでよ、まだ全快じゃないんだから」
「良いじゃないすか。普段海なんてほとんど見ないんですよ」
「遊びじゃないのよ。あんた自分がこれから何しに行くか分かってるでしょ?」
コンコン、と祈さんは私の足のギプスをノックする。
そう、私達は世界有数の医療施設に向かっているのだ。
先日地方都市ラピスの街で起きた、御神木の魔力汚染。
そこで受けた怪我を完治させるため、と言うのが目的の一つ。
今回の治療は、私を巻き込んだラピス市長のカーターさんが病院に依頼し、特別に治療を受けられることになったのだが。
そこで交換条件が出されたのだ。
それが目的の二つ目。
私が御神木の魔力汚染を助けた時何をしたのか、状況の事情聴取である。
「良かったわね、私がたまたま同じ場所に用があって」
「祈さんがずっとうちに滞在してたのは、この定期便に乗るためだったんですね」
「そゆこと。ここの定期便、冬のうちは出してくれないのよね。不便で仕方ないわ」
「何で冬は出ないんですか?」
「潮が読めなくなるらしいのよ。豪華客船でも流されるくらいきついらしいわ。沈没した船も一隻や二隻じゃなくてね。それで渡航禁止。温かい時期だけ門戸が開かれる、全世界憧れのリゾート地なのよ」
「そんな場所に行けるなんて役得だなぁ。骨は折るもんだ」
「もう一本折っておこうか?」
「やめなされ」
リゾート地で療養なんて、普通ならお師匠様が許さなそうなことだ。
お前は見習いなんだからサボるんじゃないとか、そういうことを言うだろう。
でもカーターさんから話があった時、意外にもお師匠様は二つ返事で了承した。
「良いんですか? お師匠様。水の都で骨折治療とか、そんなん休暇ですやん」
「まぁ、お前もここ最近はトラブル続きだったしね。いい機会だろう。それに、今回お前の治療に当たるのは世界有数の魔法医だ。数ヶ月掛かる治療も、数日で治してくれるだろう。魔法の臨床実験に付き合いながら治療してたらあっという間だ。言うほどゆっくりもしてられないよ。修行だと思って精進しな」
お師匠様の言葉が思い出される。
今から私と祈さんが行く街には、七賢人の一人“生命の賢者”が居るらしい。
魔法を医療に組み込んだ第一人者であり、世界で最も人を救ってきた名医だ。
私の話に興味があるのだという。
その話を聞いた時、私は一つピンとくることがあった。
私に掛けられた死の宣告の呪いについてだ。
今まで七賢人のエルドラ以外には見抜けなかったこの呪い。
この正体を、生命の賢者ならば見抜くことが出来るかも知れない。
そうなれば、呪いを解くための手段を知ることが出来るかも。
私の怪我も治る。
魔力汚染の治療研究も進む。
呪いの正体も分かる。
まさしく一石三鳥。
これほどのチャンスが巡ってくるとは、誰が思おうか。
「さらに病院の医者を落として玉の輿に乗れば一石四鳥じゃあ!」
「あんた何さっきから一人で呟いてんのよ、キモいわね」
「ふふ、私に彼氏が出来たら、祈さんにも合コンくらいセッティングしてあげますわよ」
「いらないわよ、候補なんて山ほどいるんだし」
「山ほど……?」
そう言えばこの人はテレビで特集されるほどの美魔女だった。
初対面の足の臭さ、そして毎度我が家に泊まる宿屋乞食っぷり、事あるごとに会っているため、すっかりその事実を忘れていた。
「祈さん、ところで芸能人と合コンとか組む気ありません?」
「あんたプライドないの……?」
そんなことを話していると、船内に軽快なBGM――通称バックグラウンドミュージックが流れ始める。
音楽を聞いた祈さんは「お、そろそろね」と表情を変えた。
「見てみなさい、メグ。あれが私地の目的地よ」
「おぉ……」
先程は何もなかった水平線に、横一面の街が浮かんでいた。
世界中の人が集まる、最先端の医療大国にして随一のリゾート地。
水の都アクアマリンである。
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