第4節 女性と、時計と、脳内会議

広場から市場を抜け、通りを抜ける。

すると、いつの間にか駅の方まで来ていた。


地方都市ラピスに存在する、他の大都市と繋ぐレールライン。

天候に影響されやすく、いま地下鉄の開発も進められているが、完成までにはもう少しかかるかもしれない。

少なくとも、開通は私の寿命が尽きるより後だ。


こんなところまで来てどうする、私。


本当なら買い物やら植物の世話や魔法に役立つ勉強をしておくべきなんだろうが、何もやる気が出ない。


ふと、目の前に女性が立っていた。

乳母車が近くにある。子持ちだろうか。

ここ最近の私にとって、彼女のような人こそ狙い目だ。

いつ困るだろうと見張り、チャンスがあればすかさず飛び込むだろう。


すると、不意に彼女と目が合い、ニコリと笑いかけられた気がした。


えっ? 私?


突然のことにドギマギし辺りを見回す。

こう言う時に勘違いして手を振ると、大体後ろに別の人がいて恥ずかしい思いをするのだ。


しかし残念ながら私以外に該当しそうな人は存在しなかった。

どうやら彼女は私に笑いかけているらしい。



「いやいや、私じゃないでしょ」

「思い出してごらん。きっと知ってる人さ」

「知りませんて、記憶にございません」

「政治家かよ」

「あんたは昔からおバカだから」

「なにおう」


脳内で複数のメグ・ラズベリーが会議を始める。



そうしている間にも、女性はどんどん近づいてくる。

私の脳内で会議をしていたメグ達が「うあー!」とクモの子を散らすように逃げだした。


「魔女さん! 会えてよかった! あの時はありがとう」


女性はパッと私の手を取ると、華やかな笑みを浮かべた。

脳内大混乱中の私は「いやははは、どうも、何の何の」と相手の話に合わせて適当な愛想笑いを浮かべた。


あの時とはなんだ。

別の魔女と勘違いしてないか、この人。

でもラピスに住む魔女は私とお師匠様しかいない。


「あなたのお陰で本当に助かったの」

「そりゃ良かったですますはい」

「ねぇ、今時間はある? 良かったらのお礼をさせてもらえない? お茶でもご馳走するわ」

「あ、えっと……」


断ろうとして、言葉に詰まった。

理由がとっさに思いつかなかったのだ。


「あなたに会いたいと思って、ずっと探してたから。会えてよかった」

「はぁ、そりゃどうも」




駅前の少し小洒落た喫茶店に私達は入った。

見知らぬ女性と飲むお茶は、何だか気まずい。

いや、彼女からしたら、私は知っている人か。


「本当に良かった。あの時、あなたが助けてくれて」

「そ、そうですか……」


こうなったらもう乗り切るしかない。

話だ。話の中で出来るだけ情報を引き出して記憶を辿るのだ。

大丈夫、メグ・ラズベリー、私なら出来る。


「あの時は大変でしたね、ほら、赤ちゃんが……」

「ええ、この子ったら本当に御転婆で」

「でも見つかって良かったです」

「えっ? 見つかったって?」

「いえね! 私もお姉さんに会いたいと思ってたから、見つかって良かったなって! ほほほ!」

「私も会えて嬉しかったわ、ラピスの街の魔女さん。多分、あなたがいなかったら、今頃きっと主人と大喧嘩だった」

「ご家族仲良いのが一番ですね」

「本当にそうね。最近じゃ、些細な行き違いが原因で別れている夫婦も少なくないから」

「ま、旦那さんも男ですから。過去に女の一人や二人……」

「女?」

「いる訳ないですよねー!」


地獄だ。

誰か助けてくれ。

私が内心冷や汗をかいていると、不意に彼女が机の上に、見覚えのある懐中時計を置いた。


「ほら、あなたが直してくれた時計。今もちゃんと動いているわ」


そこで思い出した。

この人、先日私が助けた人だ。


赤ん坊が時計を壊してしまって、それが旦那さんのお母さんから受け継いだ大切な時計で。

でもそれは実は赤ちゃんが壊したんじゃなくて、中の精霊が消えてしまっていただけだった。


私は、困っている彼女に声をかけて、時計の精霊を入れ替えて、もう一度時計を動かした。

その時、彼女は心から安堵したように笑みを浮かべ、涙を流したのだ。


「機械的な故障じゃなくて、精霊のせいで時計が壊れることなんてあるのね」

「まぁ、精霊にも性格があって、時計が合わない精霊もいますから。私は新しいのを呼んだだけですよ。それに精霊が応えてくれたって言うか……」


話しているうちに、どんどん思い出してくる。

そうだ、私はこの人を見て、以前フィーネの時計に宿っていた精霊を還したことを思い出したのだ。

また同じことをすれば涙を流してくれるかもしれないと、そう思った。


そして、実際そうなった。


もちろん、悪意があった訳じゃない。

でも、少なくともあの時の私の中に、助けたいって言う純粋な気持ちはなかった。

あったのは、涙が欲しいって言う下心と、目の前の仕事をこなすと言う作業感。


過去の経験を使えば良いやって言う短絡的な感情で動いていた。

思い出せば出すほど軽率な自分の感情に、心をぐっと握りしめる様な罪悪感が浮かび上がった。


もちろん人を助ける為に、技術や経験は必要だ。

でもそれは、あくまで魔法の技術や経験であって、決して人の感情の機微に関する物であってはならないんじゃないだろうか。



――慣れたよ。コツがあるんだ。



慣れってなんだよ。コツってなんだよ。

私はいつから、そんなに偉くなったんだ。

顔が熱くなるのを感じる。


最初は、誰かの純粋な感情をもらえることに喜びを感じていた。

それだけ、自分が誰かの役に立てているんだって実感出来たから。


でも、いつからだろう。

人の顔を、まともに見なくなったのは。

人と、まともに向き合わなくなったのは。

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