第十一怪 話達

「ある三人組が百階建てのホテルの、最上階の部屋を借りた。彼等はチェックインを済ませてから夜まで観光しようと外に出ようとすると、受付の人に『うちのホテルは0時に消灯するのでそれからは朝まで電気がつかず、エレベーターも動きません』と告げられた。三人は0時までに戻ってくれば大丈夫だろうと了承した。

でも、色々な事情が重なって三人がホテルに帰りつくのは0時を過ぎてしまっていた。言葉通り真っ暗で、受付だけは人が一人いるからか灯りがついてるんだけど、エレベーターも止まってしまっていた。三人は仕方ないから階段で百階まで登ることになったんだ。

でも百階だ、ただ登るだけじゃ詰まらないししんどくなってしまう。だから三人は、階を上がる毎に順繰りで怖い話をするってことにした。階段に電気はついていなくて真っ暗だから雰囲気もバッチリだしね。

そうやって、怖い話を楽しみながら三人はとうとう九十九階まで登り切って、百階へと繋がる階段を半分ほどいった時だった。一人の男がこう言ったんだ。『これまでで、一番怖い話をしていいか?』

ハードルを上げるなよとほかの二人は思いながら、折角だから話してみろ、と促した。そうして近寄ってみたら、暗くてよく見えなかった男の顔は酷く青ざめていたんだ。

男は言った。


『ルームキーを受付に忘れた』」


 ――新月の間に、一瞬の沈黙が流れた。


「――怖い怖い怖い!!!」

「白戯お前!! そういう恐怖は卑怯だろ!?」

 堰を切ったように騒ぎ出す空音と高月に、語り手である白戯は「大成功」などと言って笑顔でピースを作る。

「いやぁ、九十六話目ともなると普通の怖い話じゃネタが尽きちゃうんだよねぇ。これとっておきだったんだ、ウケてよかった」

 騒ぐ空音と高月、彼等をくすくす笑ったり微笑ましく見たりと様々な反応を返す周り――そんな中、白戯はけらけらと笑いながら行灯を消しに襖を開けて隣の部屋へと歩いていく。残す行灯は白戯が今から消すものを含めて四つのみで、もう、新月の間は随分と暗さを増していた。

 その暗さが更に増して、白戯が部屋に戻ってくる。それを確認して、次の話者である直斗が考えるように顎に手を添えた。

「次は何を話すか」

「あんたの話はいちいちグロいんだよな……」

 何度か回った直斗の番では、ほぼ全ての話が食人鬼に食われる哀れな人間の話であった。シチュエーションは違えど、妙にそれらはリアリティがあって、おぞましい。そんな思いで、高月は口を挟む。

 そんな高月を見やって、ふむ、と直斗は首を傾げた。

「なら最後の話は血の出ない不思議話にしよう。私は鬼島町に来る前、食人鬼として逮捕されたんだが」

「掴みから爆弾なんだが」

「高月うるさーい」

 直斗の発言に思わず横槍を入れた高月に、追加注文のパフェを頬張りながら空音が文句をつける。

 やはりこの町は頭がおかしいと、高月は頭を抱えた。もしかして直斗のこれまでの話は『視点を変えただけの経験談』だったのではないかと、気が付いてしまう。そもそも食人鬼だったというのも作り話という可能性もあるが、ここが鬼島町である以上、否定しきれないことだった。

 素知らぬ顔で、直斗は話を続ける。

「結構沢山食ったし、私は逮捕されたら死刑かと思っていたんだがな。だが私が連れていかれたのは牢屋ではなく、役所だった。私を案内した男は、アダチとか名乗ったんだが、にっこり笑ってこう言った。『ゴミ箱行きが確定しました、ご愁傷様です』ってさ。

そこで私は、姓を変える手続きをして、鬼島直斗になって、鬼島町に住民票を移したんだ。けど、後で調べるとアダチなんて国の職員は居なかった。不思議な話だろ。これでお終い」

 ――新月の間が、再び沈黙に包まれる。それを破ったのは傘本の呑気な声だった。

「え、つまり、鬼島町のことゴミ箱って?」

「えー何それ失礼!」

 空音がその言葉に反応して、顔を膨れさせる。咲夜があらあらと眉を下げた。

「でも国の職員に居なかっただなんて……大丈夫? 直ちゃん。詐欺じゃないかしらぁ?」

「まあ、詐欺だったとしても私はこの町のことは気に入ってる。人を食っても住人じゃなきゃ特に何も言われないし、禍も結構美味い。あいつら人肉と同じ味がするんだ。美味いものに困らない。いい町だ」

「あら、そぉ?」

 直斗が少し微笑んで、それに、うふふ、と嬉しそうに咲夜は笑う。和やかな空気だが、和やかになれない高月はただ机に突っ伏していた。

 のろのろと、彼はやがて顔を上げる。

「……直斗さん、あんた、とりあえず住人は食わないんだな」

「ああ。そこは心配するな」

「……そうか、なら、いいか」

 住人に――自分に危険が迫らないのならば、直斗のカニバリズム程度は咲夜の目や白戯の薔薇と同じようなものだ。そう納得して、高月は一息つく。直斗が淹れたブラックコーヒーを啜ると、苦味と酸味が絶妙な塩梅で、美味だった。

 一息の間に、直斗は行灯を消しに行って、再び帰ってくる。また一層、部屋は暗くなった。

「次は鈴ちゃんだね」

「うん、頑張る!」

 白戯に声をかけられて、次の話者である鈴が元気よく返事を返す。小さな少女が笑顔でいろいろと話す様は可愛らしいが、鈴は鈴で、高月には安心できない話者であった。なにせ、彼女の話は、ほとんど全て、本人の過去の『予言』が当たった話――つまり事実の悲劇ということなのである。

 えっとね、と鈴は首を傾げた。

「あ、今日の朝に見た夢の話するね!」

「夢か……」

 どうも、鈴の『予知』にはタイプがあるらしく、起きている時に突発的に『視る』それは近い未来、寝ている時に夢で『観る』それは遠い未来であることが多いらしい。遠いなら、まだ対処の仕様があるかと、高月は少々の安堵に息を吐いた。

 鈴が笑顔のまま、口を開いた。


「千年後に世界は滅びるよ。生贄が泣いて、土台が揺れるの。それで、今回はおしまい」


 曖昧だ、と、高月は思った。

 千年後という遠すぎる時間軸も、生贄が泣いて土台が揺れるという抽象的な表現も、とても曖昧だった。

 曖昧さは恐怖を削る。高月を含め、部屋の者達がへぇ、だとか不思議な夢だね、だとか言う中で、鈴は「消しに行くね!」とまた元気よく隣の部屋へと駆けていく。

 その中で、ただ、幽だけが微笑んでいた。



 暗さが増して、鈴が戻ってきて、部屋の視線は高月に集まる。九十九話目、次の話者は彼だった。

 とはいえ、白戯が言うように、百物語も終わりに近付けば話のネタは尽きてくる。

 何を話そうか、何かあっただろうか――そう、首を捻って。


「……昔、昔。小さな子供の、四人組が、一緒に遊んでいた」


 ――脳裏に浮かんだひとつの光景を、自然と、口に出していた。

「四人は……ボール遊びをしていて……ボール、うん、確かそうだ。楽しく、遊んでたんだ」

 たどたどしく、『思い出しながら』、高月は語る。脳裏に浮かぶ光景を、そのまま、吐き出すように。

「投げたボールが、飛んでいって、一番、近かったから、それを、家の塀を飛び越えたそれを、取りに、行って……塀を、よじ登って、それで、

それで、その先で、その子供は、見た」

 ――見た。その子供とは、誰だったか。

 高月はぼんやりと、考えながら、口が動くままに言葉を紡ぐ。


「霞を、見た」


 そうして、高月は口を閉ざした。その先は紡がれない――存在しないこと、話が終わったことに気がついて、まず傘本が半笑いで嘆息する。

「それってもしかして幽チャンに会った時のオマージュ? でも幽チャンを霞にするのはちょっと安直すぎるんじゃなーい?」

「うっせ」

 そういうつもりではなかった筈だが、確かに幽を最初に見た時の話と状況は似通っている。それに気がついて、高月はバツが悪そうに舌打ちした。

 なにせ、自分でも、何故そんな話が出てきたのか分からないのだ。だから否定しきれずに、誤魔化すように、行灯を消しに行こうと座布団から立ち上がった。

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