第16話 仕立て屋の約束②


 仕立て屋の店主は、反物のつくがみだそうだ。

 名前はゆうぜんといい、長年この場所であやかし向けの仕立てをしているらしい。


「えっと……じゃあ、双方の言い分を聞きたいと思う」

 作業台をテーブル代わりにし、遥は切り出した。

 背後にはみやが控えていて、右側に友禅が口を真一文字にして座っている。

 左側で太い腕を組んでいるのは青鬼のリーダー。こちらは名前よりも「若頭と呼んで下せえ」と言われた。

 友禅と若頭は無言でにらみ合っている。


 あの後、遥と雅火は若頭を連れ、店内に入れてもらった。友禅には渋られたが、そもそも依頼をしてきたのは彼なので、半ば強引にお邪魔させてもらった形だ。

 ちなみに青鬼組の部下たちは店に入りきらないので、外で待機してもらっている。


 店内には複数のミシン台があり、棚には色鮮やかな反物や布束が仕舞われている。

 ショーウィンドウのものと同じようなマネキンもあり、仮縫い中らしきジャケットや羽織りが着せられている。内装を彩るような飾りは何もなく、仕事一徹という店主の性格がにじみ出るような仕事場だった。

 その店主は愛想の欠片もない顔で、けんもほろろに言う。


「言い分などない。さっきも言った通り、儂は立ち退かん。それだけだ」

 途端、若頭が太い手でテーブルを叩いた。

「またそれかてめえは! 毎度毎度、立ち退かねえの一点張り。いい加減にしろよ、布野郎! 力任せに引き裂いちまうぞ!?」


 若頭の鼻息が荒いので、遥は一言つぶやく。

「雅火」

 背後の執事が威圧するように視線を向ける。途端に若頭は「じょ、冗談ですよ」と縮こまった。


 ……うん、だんだん執事の使いどころがわかってきた。

 手応えを感じつつ、今度は友禅の方を見る。外での調停は初めてだが、やり方は普段と変わらないはずだ。落ち着いて水を向ける。


「友禅さん。若頭の言うことは乱暴すぎるけど、そちらはそちらで話し合いには応じてほしい。僕たちに依頼の手紙を寄越したのはあなたのはずだ」

「手紙を出したのは、店を壊されそうになったからだ。青鬼共さえ止めてくれれば、あんたらへの依頼は終わりにしてくれていい」


「そうはいかないよ。僕らがこのまま帰ったんじゃなんの解決にもならない。若頭たちだって納得はしないだろ?」

「もちろんですぜ。この店は年代物で柱なんかにガタがきてる。放置してたらなんかの拍子に崩れちまいかねない。街の西側を仕切る青鬼組としちゃ、きっちり取り壊して街の安全を守らにゃなんねえ」

「ん?」


 思わず首を傾げた。何やら予想外にまっとうな話を聞いた気がする。開襟シャツの青鬼をまじまじと見てしまう。


「若頭たちが立ち退きを要求してたのって、そんな真面目な理由? 店が古くて危ないから取り壊さなきゃいけないって?」

「ええ、そうですぜ?」

 若頭はもちろんだという顔でうなずいた。


「この布野郎は堅気っすから、俺たちも筋を通さずに店をぶっ壊したりはしませんぜ。最初はきちんと懇切丁寧に説明して、新しく店を建てるための土地も用意して、一つよろしく頼むって頭下げたんですよ。けどこいつは『絶対立ち退かん』の一点張り。理由の一つも話しやがらねえ。だったらこっちにも考えがある、ってんで今日こうして若い衆総出できたわけです」

「意外にまっとうだ……」


「遥様、過剰に感心してはいけません。堅気には筋を通すと言いつつ、彼らがあなたを害そうとしたことをお忘れなきよう」

「いやいやいや、あれはつい頭に血が上っちまって! 鬼は血の気が多いんで、本当すんませんでした」


 雅火に冷たいひとみで睨まれ、若頭は慌てて平身低頭する。

 どうやらまだ雅火の怒りは消えていないらしい。ウチの執事は意外に根に持つタイプなのかもしれない。

 二人のやり取りを聞き流しつつ、腕を組む。


 若頭の言い分は確かに一理ありそうだ。店内を見回してみると、確かにあちこちガタがきている。柱には細かなヒビがあり、はりにも小さな亀裂がある。

 ともすれば今すぐ折れてしまいそうだったが、そういう箇所には反物がいくつも巻きついていた。おそらく店主の術だろう。それによって建物を支えているのだ。


 たぶん店主がいる限り術は保たれるだろうが、それでもとっくに建物としての耐久年数を超えているのは明らかだった。


「あのさ、友禅さん」

 どうにか会話を試みようと思った。だが友禅はかぶせるように断言してくる。

「ここは儂の店だ。どうするかは儂が決める。立ち退きはしない。壊させもしない」

「だったら理由は? 若頭も言ってたけど、せめて理由を教えてほしい」

「話す必要はない」


 かなりの頑固者だった。強面こわもての若頭よりもよほどやりづらい。どうしよう……と少し途方に暮れる。

 すると背後の雅火がそっと耳打ちしてきた。


「店主をよく観察してみて下さい」

「観察?」

「当主となられたことで、遥様には黄昏館の加護が宿るはずなのです。気持ちを集中すれば、加護の力によって現状を打開する何かが得られるかもしれません」

「んー……そっか」


 あまりピンとこなかったが、観察すればヒントが掴めるかも、という意味なのはわかった。だからとりあえず店主をじっと見つめてみる。


「なんだ?」

 いぶかしげな顔をされた。しかし「いや、えっと……別に」と言って見つめ続ける。

 雅火の言うことを信じ、黄昏館の力があると思って、その加護を受け取ることをイメージしてみる。


 加護と聞いて思い浮かぶのは、やはり右手のくみひもだった。なんとなく組紐を基点にすれば上手くいきそうな気がして、赤い紐の連なりに触れる。するとほのかな温かみを感じた。

 しかし友禅がいらったように顔をしかめ始める。


「別にじゃないだろう。無言でこっちを見るな」

「もうちょっとだけ。何か掴めそうなんだ」

「意味がわからん。もういい。全員出ていけ!」

 なんならつまみ出す、と言いそうな勢いだった。

 そこへ雅火が音もなく移動し、すっと何かを差し出した。ソーサーとティーカップだ。


「ブルーフラワーのアールグレイです。よろしければ一杯どうぞ」

 術でどこからともなく出したらしい。はくいろの湖面から温かそうな湯気が出ている。

 友禅は一瞬払いのけようとしたが、紅茶の香りをぎ、眉を上げた。


「……職人の仕事の匂いだ」

「恐縮です。お茶のご用意は執事の大切な仕事ですので、心を込めておれ致しました」

「……儂も職人だ。丹念な仕事を出されては無下にはできん。……頂こう」


 座り直し、紅茶を飲み始める。

 雅火はティーポットも取り出し、店主を接待するように横に付いてこちらへ視線を寄越した。

 浅く頷きを返して、集中を続ける。雅火が上手く時間を稼いでくれた。

 二人の様子をうかがうふりをして、じっと目に力を込める。


 すると組紐がわずかに光り始めた。

 同時に店主の周囲に細かい光の流れのようなものが現れる。


 光は天の川のように別の場所へと流れていく。行き着く先は……店の奥の棚。そこに桐箱の衣装ケースがあり、光は箱と友禅をつないでいた。


 ……あれだ。あれがかぎだ!


 確信のようなものが胸に広がり、立ち上がった。無言で店内を横切り、桐箱に触れる。

「おい、それに触るな……っ!」

 友禅が驚いた顔で立ち上がった。

 だが慌てず騒がず、静かに見つめ返す。


「あなたがかたくなな理由はこの桐箱の中にあるんだね? これがあるから友禅さんは立ち退きを拒否してるんだ」

「……っ。なぜそんなことがわかる?」

「光が見えた」

「光……?」

「黄昏館のご当主のお力です」

 雅火がどこか誇らしげに言った。

 頷いて、改めて桐箱をでる。


「とてもきれいな光だったよ。そこからなんとなく伝わってきた。たぶん……友禅さんはただの意地でこの店にとどまろうとしてるんじゃない。この中身もきっととても大切なものなんだと思う」

 大切なもの、という言葉に友禅は目を伏せた。着物の下の肩がどこか力なく下がる。


 そのまましばらく押し黙っていた。しかし辛抱強く待っていると、店主はやがて根負けしたように言った。

「……開けてみろ。ただし決して落としたりするな。丁寧に扱え」

「いいの?」

「二度は言わん」


 桐箱は一抱えほどの大きさがある。雅火に目配せし、二人で丁寧に棚から出した。そばのテーブルに置き、ふたを開けてみる。

「これは……」

 仕舞われていたのは、着物だった。とうとうしよくの桜柄。華やかでとても美しい。

 つい見惚れていると、友禅が口を開いた。

「それはな……」

 どこか遠い思い出を語るような口調で、あやかしの店主は言った。


「昔、人間の娘に依頼された品なんだ」

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