第230話

 ……亜衣の様子がおかしい。


 うわ言のように何かを喋っているようだ。

 どうやらトムと話しているわけでも無いらしい。


 オレがそれに気付けたのは、亜衣の放つ支援攻撃の魔法がパッタリと止まったからだ。

 すわ、亜衣達の方に別のモンスターが襲来したのだろうかと思い、慌てて振り向いてみれば……というところだった。


 幾多の戦いを経て、オレの【遠隔視】のスキルレベルは上昇の一途を辿っていて、今や視線を全く向けぬままに後背の状況を窺い知ることさえ出来るようになっている。

 さすがに音声まで拾うことは不可能だが、そんなものは無くとも亜衣の様子が普段と違うことぐらいは分かった。

 視線は大百足に向けたまま、亜衣の様子は【遠隔視】で観察し続ける。

 いつの間にか、そんな芸当まで出来るようになっていたのには我ながら呆れてしまうが、今は正直それが有り難かった。

 もちろん、戦い自体は思っていたより有利に進められているからこそ、そんな余裕が有るわけだが。


 ……と、急に亜衣の表情に生気が戻った。


 トムに何やら話し掛けているかと思えば、次の瞬間こちらに向けて猛スピードで駆け寄って来る。


「ヒデちゃん! 私も戦う!」


「今までだって後ろから援護してくれてたろ? 何で急に前に出て来たんだ?」


 あっという間にオレの隣まで来た亜衣に、トムから盛んに補助魔法が飛んできた。

 中には精霊魔法では無く、属性魔法に分類されるものまで含まれていて、トムの多彩さに改めて驚かされる。


「いいから! 見てて。お願い……」


「亜衣……危なくなったら、絶対に下がれよ?」


「うん!」


 ……おかげで毒気を抜かれてしまった。

 心底嬉しそうに頷いた亜衣は、自らの薙刀なぎなたにオレも見たことの無い付与魔法を掛けると、そのまま大百足の尻の方に向かって走り去っていく。

 そして、オレと亜衣のどちらを狙うべきか大百足が戸惑っている間に次々に斬撃を加えていった。

 キラキラとした白銀の魔法光を宿した薙刀が、それまでとはまるで別物になったかのような切れ味を発揮し、分厚く……そして硬すぎるほど硬い筈の大百足の甲殻をアッサリと切り裂いていく。


 その痛みに悶えた大百足が亜衣に狙いを変えそうになったところを、無属性魔力波を連発して

 無理やりこちらに注意を引き戻そうとしたが、少しばかり遅かったようだ。


「亜衣、そっち行くぞ!」


「大丈夫! 見えてるから!」


 大百足の鋭い牙が突き刺さる寸前、お手本のような受け流しで攻撃を反らす亜衣の姿に、オレは内心で思わず舌を巻いてしまった。

 あまりに見事で、そしてあまりにも美しい技の冴え。

 もちろんそのままでは大百足の頭部が当たってしまうのだが、それも側宙の要領で綺麗に躱してのけている。

 その回転で得た勢いをも活かして、そのまま薙刀を大百足に叩き込む始末。

 受け流しから回避、そして反撃に至るまでの動作に一切の無駄が無かった。


 確かに大百足のような巨体を相手にするには、刺突よりも斬撃の方が有効だろうが、だからと言って亜衣に負けてばかりもいられない。

 レッサードラゴンをも葬りさった刺突と無属性魔力派のコンボさえあまり通用しない化け物相手に、オレの手札の中には決定打になりそうなものが一つも無いのは事実だが、ならば今まで以上に手数で勝負するのみだ。


 ◆


 結果的に亜衣のに助けられた形にはなってしまったが、オレ達は無事に大妖怪の討伐に成功した。


 苦戦した理由は大百足の巨体からくる生命力と、刺突武器との相性の悪さ。

 そして、それ以上に厄介だったのは大百足に不自然なほど魔法が効かないからだった。

 まったく出鱈目なヤツだ。

 出鱈目と言えば……四対の眼を全て潰しやっても、触角を焼き払っても、どうやってオレを知覚しているのかすら分からない状態で絶えず動き続けた大百足。

 しかし亜衣の斬撃で足の数を次々に減らされたことが切っ掛けになって、徐々に動きが悪くなっていった。

 アレを槍で真似るのはさすがに厳しい。

 補助的な刃が側面に取り付けられているが、亜衣の薙刀ほど斬ることに特化した武器ではないのだし、それも仕方ないことだろう。

 最終的には殆どの足を失い、全くと言って良いほど動けなくなった大百足の頭部を、アダマントの杭剣でオレが滅多刺しにしたのがトドメになったようだが、今回のMVPは間違いなく亜衣だ。


「やっと倒せたね。ヒデちゃん、お疲れ~」


 額の汗をタオルで拭いながら、爽やかな顔で亜衣がオレを労う。


『主様、奥様、お疲れ様でしたニャ。お二方とも凄かったですニャー』


 トムがやって来て、オレ達を褒め称えるが、さすがにちょっと気まずげだ。

 トムの目から見ても、今回の主役は亜衣だったのだろう。


「亜衣、アレどうやったんだ? あんな魔法、使えたっけ? 動きも凄かったけどさ」


 亜衣の活躍の原動力となった例の銀光の付与魔法。

 そもそも銀というのがおかしい。

 属性魔法の魔法光に、ああした色のものは無かった筈なのだ。

 光属性なら白だし、闇属性なら黒。

 火なら赤で、水なら青。

 風が緑で、土は茶色。

 無属性は無色だ。着弾が非常に分かりにくい。


「あぁ、アレね。アレは私専用なんだって。スキルの人が言ってた」


 スキルの人……ってことは、やっぱり例の【挑戦者】か。

 亜衣は説明が上手くない。

 詳しいことを聞いても上手く答えられないだろう。

 恐らく【解析者】と似た性質を持ったスキルだと思うし、あるいは派生スキルってヤツかもしれないな。


「そっか、残念。アレ、オレにも掛けて欲しかったのにな」


「えへへ……ゴメンね~」


 そう言ってバツが悪そうに笑う顔は、いつもの亜衣の笑顔では無い。

 上手く説明出来ないが、何かが違っているような気がする。


 オレは何だかそれが無性に気になっていた。

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