第226話

「……じゃあ、行くぞ?」


 幸いグレーターデーモンには特に動きが無かったため、入念に作戦を立てることが出来た。

 皆が頷き返してくれたのを確認し【転移魔法】の発動を待つ。

 今や【転移魔法】の発動までに掛かる時間は30秒弱にまで短縮されているというのに、オレにはその時間が酷く長いもののように思えてならなかった。

 心臓が早鐘の様に鳴っている。


 ──居た。


 転移の影響で【遠隔視】が解けてしまうことも想定していたが、どうやらそんなことにはならなかったようだ。

 トムの提案で、オレ達の魔力が外に漏れるのを完全にシャットダウンする魔法を、あらかじめカタリナに掛けて貰っているため、カタリナは攻撃に参加出来ない。

 悪魔に気付かれる可能性を極限まで低くするため、今回はかなり上空からのアプローチだ。

 今は自由落下で風を切り裂きながら降下している筈なのだが、不自然なほどに風切り音がしていない。

 こちらはトムの精霊魔法によるものだ。


 つまり実際にグレーターデーモンに攻撃を加えるのは、オレとトリアの2人。

 トリアはエネアがデュラハンを消し去った時と同じ要領で、まずはとにかく敵の動きを封じることに専念する。

 直接的な攻撃力を全く持たない分、敵を拘束する能力に特化している魔法らしい。

 同様の魔法は属性魔法には無いというし、トムにはまだ使えないレベルの魔法ということで、自然とトリアが最も重要な役目を担うことになった。


 デュラハンを拘束した魔法は闇の精霊の力を借りたものだったらしいが、今回トリアが選んだのは光の精霊の力を借りる、しかし全く同コンセプトの魔法。

 昼日中にも関わらず、トリアの魔法が産み出した光は周辺一帯を強烈な光で包んだ。

 オレは既に完全に目をつむっている。

 それでも【遠隔視】でいるため、何ら不都合は無い。

 むしろ通常の視覚に頼らない分、光が収束しグレーターデーモンを雁字搦がんじがらめに縛り上げるのを、ハッキリと確認することが出来た。

 トリアは万が一のことを考え、同様の魔法を属性を変えながら連発しているが、悪魔は既に最初の緊縛で身動きが取れないまま、さらに幾重にも拘束されていく有り様だ。

 さすがのグレーターデーモンも、酷く慌ててしまっている。

 しかもまだ、カタリナとトムの魔法は継続中。

 どこからの奇襲なのかさえ、いまだ認識出来ていないだろう。


 さすがにオレでさえ震えが来るほどの速度が出ているが必殺を期すにはこのままの勢いで、完全に身動きを止められている悪魔のところまで墜ちていくしかない。

 そして……真上から物凄い速さで墜落していくオレの両手には、例のアダマントの杭剣が握られている。

 突きしか出来ないだろうをまともに扱う技量はオレには無いが、ただ下向きに構えるだけなら何ら問題は無い。

 何より……これを剣として扱えないなら【投擲】してしまえば良いのだ。

 どんな形状の武器でも、どんな体勢からでも投げてしまえば、あとは【投擲】スキルが何とかしてくれる。


 狙いあやまたずグレーターデーモンの後頭部に命中した理外の杭剣は、その不条理の金属の名に恥じぬ働きをした。

 それが刺さったと思った次の瞬間には、下腹部から切っ先が見えていたぐらいだ。

 そのままバス乗り場の屋根を容易く貫通し、さらにはコンクリートで覆われた地面にまで到達。

 それでいて余計な破壊の一切をもたらさず、地面に半ば突き刺さった状態でピタリと動きを止めてしまった。

 物理も法則も全てを無視して……。


 ドラゴンとも並ぶ力を持つとされた大悪魔も、そんな一撃を身動きも儘ならないまま受けては一堪りも無かった。

 いつ起きたのかさえ定かでは無いほど、呆気なくその存在力の全てを散らして無へと帰してしまったようだ。

 オレに膨大というのも生ぬるいほど、多くの魔素が……それこそ大瀑布の只中にさらされているかのように、後から後から流れ込んで来ている。


 あ……ヤバい。


 ◆


 ある程度は予想していたことではあったが、ドラゴンと同格かつ存在力そのもので構成されているグレーターデーモンの力を丸ごと喰らった反動は、いとも容易くオレの意識を刈り取っていた。


 地面への激突は、カタリナが使った落下制御の魔法で減速していたため、致命的なものにまではならなかったが、それでも意識を失っていたオレは受け身すらろくに取れずに墜落してしまったわけで、全くの無傷というわけにもいかなかったらしい。

 らしいというのは、トリアの治癒魔法で傷が跡形も無くなってしまっているからオレに自覚が全く無いからなのだが……それにしても腕が曲がってはいけない方向に曲がって、骨も飛び出してしまっていたという話なのに、それが全く後遺症も無く治ってしまっているのだから、魔法というのは本当に恐ろしいものだと思う。

 折れたのが首の骨でなくて良かった。

 トムが咄嗟にキックしてオレの体勢を変えてくれなかったら、それも危ないところだったというから、ぞっとしない話だ。

 ごくごく短時間で決着がついたものの、内実は極めてギリギリのところでの勝利だったのだと思う。


 とにもかくにも、これで障害となるだろうモンスターは全て狩り尽くせた筈だ。

 あとは【遠隔視】で、このエリアの隅々まで討ち漏らしたモンスターが居ないかチェックすれば任務完了。


 それにしても……なんでこんなところに、あんな規格外の化け物が居たのか。

 その疑問だけは結局いまだに答えらしい答えに辿り着けていない。

 そのことが酷く不吉なことのように思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る