第222話

 結果的に兄達が見つけた生存者達の受け入れは、オレとトリア、それからカタリナを除いた全員が協力して行うことに決まった。


 正直なところ、物資面はキツくなるが、それは今回は何とかなるというのが昨夜の話し合いの結論だ。

 もちろん際限無く受け入れていくわけにはいかないのも事実だが、今回の救出で受け入れた人々の今後の働き次第で、今後の方針を固めていくことになりそうだった。


 救出作戦の役割分担だが……

 周辺のモンスターの排除を兄や妻達が担当。

 進行ルート上の護衛は、柏木兄妹と自警団の面々。

 受け入れ後の雑事は生活支援班と自警団の一部。

 その間、オレ達は昨日の続きで区役所付近のモンスターを狩りながら、掃討より優先してダンジョンそのものを目指す。

 まずはとにかく、ダンジョン外でのモンスターの出現を止めてしまわないと、掃討に時間が掛かりすぎるだろうという判断だ。


 レッサードラゴン以外にも強大なモンスターが多くウロついているエリアなので、殲滅力がモノをいう。

 そのため、カタリナは柏木さんから与えられた拳銃タイプの無属性砲に加えて、本来なら右京君の持ち物の同タイプの無属性砲を、半ば強引に借り受けて来ている。

 普段から両手で曲刀を自由自在に操っているカタリナならではの発想だった。

 加えて魔法行使技術だけを見ても、カタリナの腕前は突出しているため、初めて試す筈の二丁拳銃スタイルにも関わらず、極めて無駄なく手数を増やすことに成功している。

 さすがにレッサードラゴンを相手にするには威力不足が否めないが、それ以外のモンスターには充分に通用していた。

 結果的には、思っていたよりは遥かに短時間で、ダンジョンへと到達することが出来ていたのだから、カタリナを連れて来たのは正解と言えるだろう。


 ダンジョン自体の攻略は、取り立てて問題と言えるようなことも起こらず、サクサクと進んだ。

 またも先輩探索者達の成れの果てがアンデッドモンスター化していたことに、オレは複雑な思いを感じてはいたが、今は死者に思いを馳せるよりも生きている人々のためになるべく感傷は捨てて、一刻も早くダンジョンの攻略と周辺のモンスターの掃討を終わらせるべきだろう。


 そして予想よりも余程に早く辿り着いた守護者の間。

 そこで待っていたのは、外のモンスターよりも遥かに弱い……しかし、それでいて倒すのは思わず躊躇してしまうような存在だった。

 ケット・シー。

 その姿は二足歩行する猫そのものだ。

 各種の精霊魔法を自在に使いこなすという妖精猫。

 あの『長靴を履いた猫』のモデルになった存在と言われてもいるが、衣服などは特に身に付けていなかった。

 どちらかと言えば猫派のオレとしては、出来れば倒したくない相手だ。

 相手が守護者本人(猫?)であるかさえ、ろくに確かめず【交渉】を試みる。


『ウニャ? いじめないでくれるのかニャ? それは有り難いのですニャ』


 良かった。

 どうやら戦闘は避けられる可能性が高そうだ。


「あぁ、なるべくならオレも無駄な戦闘はしたくない。どうだろう? ここの守護者権限をオレに譲ってくれないだろうか?」


『うーん、それはやぶさかでは無いのですけどニャ……我輩も自らの位階を上げて、可愛いお嫁さんを貰うという崇高な目的が有るのですニャ。出来たらもう少し支給魔素量を上積みして欲しいのですニャ』


 ……ぐ。

 オレの戦意が明らかに鈍っているのを敏感に感じ取られてでもいるのか、何やら足下を見られている気がする。


「猫ちゃん、横からちょっと良いかしら? 私達がその気になれば、さすがに貴方に勝ち目は無いと思うわよ。これは【交渉】のようでいて、本当はそうじゃないの。貴方の精霊魔法がニュムペーの私に通用すると思う?」


「ケット・シーの尾って、有望な触媒になるのよねぇ。倒したら落とすかな? あ、そっか! この子を倒す前に切り落として、他の素材と合成しちゃったら良いのよね」


 ……うわぁ、トリアもカタリナも一見ニコニコしているが、目が全く笑っていない。

 特にカタリナは本当にやりそうだ。

 オレの【調剤】とも少し違うのだが、カタリナの持つ【錬金術】のスキルには、なかなかこちらの世界では手に入りそうに無い素材が必要なレシピが多く存在するのだという。

 実際、食べられそうに無いうえに武具の素材にもなりそうに無いドロップアイテムというのは案外に多く、それらをカタリナはいつも嬉々として受け取っている。

 こちらの世界で言うなら科学者のような性質を持つカタリナは、時々オレの理解しにくい感性を発揮することが有った。


「……えーと、このお姉さん達は多分だけど本気だよ。さっきの条件よりは少しだけ上積みしてあげるから、大人しく従ってくれないかな?」

「あら、むしろ減らしたって良かったのに!」

「ちょっと! 私のケット・シーの尾なのに」


『う、上積みは不要なのですニャ! さっきの条件で何でも言うことを聞きますから、何とか許して欲しいのですニャー!』


 可哀想に……すっかり耳が寝てしまっている。

 オレは哀れなケット・シーを庇うかのように【交渉】を急いで成立させることにした。


『ありがとーございますニャ! これからは何でも言うことを聞きますので、よろしくお願い申し上げますニャ』


「ここで今まで通り、守護者をやってくれてれば良いよ。魔素の配分はこちらで決めさせて貰うけど、逆に言えばそれ以外は今まで通りで大丈夫だから……」


『いえいえ、オスに二言は無いのですニャ! 恩を受けたら一生を掛けてでも返すのが、我が一族の流儀。どうか主様のシモベにして欲しいのですニャ! この……この……アレ、我輩の名前……何でしたかニャ?』


 どうやらをマチルダや、エネア達と同じく、こちらの世界に連れて来られる際に、このケット・シーも自分の名前を忘れさせられてしまっているらしい。

 それに今まで気付かずにいたらしいのは、何とも間の抜けた話だが、それもどこか愛らしく感じさせるのだから、ある意味で大したものだ。


「ケット・シーならトムじゃない?」

「そうね! ケット・シーと言えばトムよ」


『……トム? 言われてみれば、何だかそんな名前だった気もしますニャ~。では主様。我輩のことは気軽にトムとお呼び下さいニャ!』


 ケット・シーと言えばトム……なのか。

 どうやら、あちらの世界ならではの常識らしい。

 それに何だか憎めないキャラをしているこのケット・シーには良く似合っているような気もする。


 こうして、何だかよく分からないうちにケット・シーのトムがオレ達に同行することになってしまった。

 外のモンスターよりは明らかに弱いが、幸いオレには【ロード】という手軽に配下を強化する

 ことの出来るスキルも有ることだし、同じ妖精種のエネアにしろトリアにしろ、何故かモンスターに狙われにくい特性も有るので、何とかなるだろう。


 ……ケット・シーも、キャットフードとか食べるのかな?

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