第215話

 勢い余って、極めて短時間でダンジョン攻略まで成し遂げてしまったため、予定していた時間はまだまだ残されている。


 このダンジョンの守護者は、セイジエイプという類人猿の賢者を意味する名前を持つモンスターだったのだが【交渉】を拒否されてしまったため、やむ無く【侵攻】を選択。

 重武装の取り巻きモンスターを盾に、多彩な魔法で立ち向かって来たものの、結果的には酷くアッサリと決着がついてしまった。

 ちょっと皆、張り切り過ぎているような気がする。

 最終的に守護者の首を跳ね飛ばしたのはオレだから、言えた義理でも無いとは思うが……。


 ◆


 ここから隣のダンジョンまでは、ダンジョンの領域同士が隣り合うように接しているが、それこそ猫の額のような狭い土地が安全地帯として残されているようで、そこに生存者が居るのをオレの【遠隔視】で発見することが出来ていた。

 範囲では全部で5人。

 俺たちの両親よりは少し若いぐらいの夫婦らしき男女と、中学生か高校生ぐらいの男女が合わせて3人。

 皆、一様に顔色が悪く生気の無い表情だ。

 食料や水が足りていないのかもしれない。


 いきなり【転移魔法】で目の前に飛んでいってショック死でもされたら堪らないし、近くに飛んで後は歩きで向かうことにした。

 やはり安全地帯のようだ。

 生存者達が隠れている民家の向こう側に見えるモンスターが、明らかにオレ達を認識しているにも関わらず、一向に襲って来ない。

 これなら救出自体は容易だろう。

 ……いや、待てよ?

 どうやって連れて帰る?

 既に柏木さん親子をはじめ、オレの【転移魔法】を知る人達も居るとは言え、基本的には今のところ秘匿しているスキルだ。

 あまりにも衰弱している様子だったので、こうして急いで救出に来たのは良いが、彼らに秘密を明かして良いものだろうか?


「あのさ……この人達、どうやって連れて帰ろう?」


「え? ヒデちゃんのテレポーテーションで一瞬じゃない」


「……だよね。何でそんなこと聞くの?」


「アイ、マチルダ。彼が迷ってるのは【転移魔法】を無闇におおやけにしたく無いからでしょ? 次から次に、どこに連れて行って欲しい……誰を助けて欲しいって言われて、全部に対応できると思う?」


「あ、そっか……どうしよう?」


「クルマは? ちょうど、その家にも停まってるじゃない」


「いや、これ多分5人乗りだし、それに途中でどうしてもドラゴンが居る地域の近くを通ることになるんだよ。狭いのは無理して乗れなくも無いし、もう1台どっかから車を借りれば良い話かもしれないけど……もしドラゴンに襲われたら、オレと亜衣が運転している状態で対抗することは、かなり危険だと思う」


「クルマで走って逃げれば……ってゴメン。簡単に追い付かれちゃうよね」


「今日、救出するのを諦めるわけにはいかないのかしら? 持って来ている食料や飲み水を与えて、もう暫く待機してもらう。その間に態勢を整えて大勢で助けに来るか、あるいは竜をも超える力を身に付けて脅威を取り除きながら、救出を行う……どう?」


 カタリナの意見が無難だろうか。

 しかし、彼らにその数日を耐え忍ぶ体力や精神力が残されているかどうかが問題になるだろう。

 ドラゴンと言っても、この近くで移動の障害になっているのはレッサードラゴン。

 確かにあと数日あれば、問題無く排除出来るようになっている可能性はかなり高い。

 もし彼らに気力が残っていそうなら、事情を話して救出を待って貰うのも選択肢としては、確かにアリだ。

 非常に心苦しいが……。


「ヒデちゃん、お願い。出来たら損得を抜きにして考えてあげて。この家の中に居る人達、怖くて心細くて堪らないと思う。テレポーテーションのことは、私が絶対に口止めしてみせるから……ね? お願いします」


 ぐ……その顔。

 今までオレが、この亜衣の上目遣いの懇願に逆らえたためしなんか、一度たりとも無い。


「うーん、確かにそうだね。ここはアイに賛成かな」


 マチルダまでそんなことを言い出し、カタリナも強く反対というわけでも無いようだ。

 結局のところ、そうするしか無さそうだが……リスクが高いのは否定しきれない。


「手段を問わないなら、私に名案が有るわよ。ちょっと耳を貸してくれる?」



 …………なるほど、それならば確かに全てクリアになるかもしれない。

 いや、しかしソレってアリなのか?

 非常に抵抗は有るが、他に名案も思い浮かばない。

 結局オレは、カタリナの提案に乗ることにした。


 ◆


「……ここは?」


 一番に目覚めたのは父親らしき男性だった。

 カタリナの提案とは、家の外から闇魔法で強制的に一家を眠らせてしまい、その隙に彼らごと【転移魔法】でオレ達が暮らす町に連れて来てしまうという荒業。

 結果的にその試みは成功し、無事に彼らを救い出すことが出来た。


「近くにモンスターの居ない、しかも沢山の生存者が暮らしている場所です。もう安心ですよ」


 徐々に目を覚ましていく家族。

 あの後、屋内に踏み入ったオレ達は彼らが親子関係にあることを、飾られていた写真などから知ることが出来ていた。

 状況説明は人当たりの良い妻に任せて、オレは捕捉する程度にとどめる。

 明らかに見た目が日本人のものでは無いマチルダとカタリナは、既にこの場に居ない。


 シナリオとしてはこうだ。

 各所のダンジョンでモンスターを倒しながら力を付けたオレ達は、生きていくために必要な物を求めて、あちこちのダンジョンや周辺地域から物資を調達して回っている。

 戦闘に疲れたオレ達は休息出来る場所を求めて移動しているうち、不思議とモンスターの寄り付かない一軒家を見つけた。

 もしかしたら生存者が居るか、居なくても休息の場には最適だろうということで、彼らの家に立ち入らせてもらったが、意識を失って倒れ伏している家族を発見。

 酷く衰弱している様子から、しばらく食事を摂っていないのだろうと判断したが、手持ちの食料も心許なかったため、やむ無く本拠地に連れ帰った……ということにしておいた。


 いや、なかなか苦しいシナリオなのはオレも承知しているのだが、あいにくこれぐらいしか思い付かなかったのだ。

 それに完全に嘘ということでも無い。

 少なくとも助けたいという気持ちだけは本当に有ったわけだし。


 何より……妻が用意した粥に感涙しながら喰らいつき、何度も礼を言っている家族の前には、真実などどうでも良い話なのかもしれない。

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