第210話

 外見は異常な程に真っ白だった観音像の内部は、これまでのダンジョンと比べても妙に薄暗いうえに、壁や床まで黒一色だった。

 床や壁の材質は大理石のような石材に見えるが、ダンジョン内の構造物の多くに不壊の特性が付与されている以上、本当は何でも良いのかもしれない。

 問題は、このツヤツヤした石材の床がもし濡れたとしたら……非常にスリッピーだろうということ。

 オレ自身はもちろんだが、モンスターの多くも傷付けば血を流すので、戦闘時は普段より足元に注意しなければならないだろう。


 ここのダンジョンも未踏破で、特に深層階の情報は皆無に近い。

 しかも出現するモンスターは最初の階層から、かなりの強さを誇るものばかり。

 しかし、それ以上に厄介なのは所々で完全に真っ暗闇になっている部屋や、通路が有るということかもしれない。

 様々な精霊魔法を使いこなすエネアが居るので照明機器の類いは持って来ていないが、本来なら必須だろう。

 階層自体の広さはさほどでは無いが、天井は高く道幅も広い。

 さすがにワイバーンが飛び回れるほどではないが、このダンジョンの主力であるオーガやトロルなど大型の亜人系モンスターや、ガーゴイルやギャザーのように飛行ないし浮遊しているものが多い魔法生物系のモンスターが、存分に暴れられる環境が整っている。

 そして階層数も多い分、ただでさえ強いモンスターだらけのダンジョンだというのに、階層ボスとの戦闘機会も多くなってしまう。

 このダンジョンでそこそこ通用するのなら、東京に行って水道橋のダンジョンに挑んだ方が実入りも多く、まだダンジョン自体の難易度も低いと言われるようになって久しい。

 仙台市内の『無理ゲーダンジョン』と言えば、有名なのはウチの最寄りより、むしろこちらの方が有名だったりもする。


 とは言え、第1層こそ強力な『戻り』モンスターの坩堝るつぼと化していて、緊張の連続を強いられたが、第2層以降は今のオレ達ならそこまで難易度の高いダンジョンにも思えなかった。

 浅層ならまだオークやリビングアーマーなど、常識的な強さのモンスターが主体なので、それも当然かもしれない。

 オークなどの亜人系モンスターの多くは、暗闇の中でも全く問題無く行動可能なものが多いし、それはリビングアーマーなどの魔法生物系モンスターにも共通している。

 亜人系モンスターはインフラビジョンという、平たく言えば赤外線カメラで捉えた映像の様にモノを見る能力を有しているし、魔法生物系モンスターに至っては原理さえ不明だが、暗さを苦にする人間にとっては、真っ暗な部屋の中でこれらのモンスターに襲われるということ自体が本来なら相当な負担になる筈だが、エネアが喚び出した光の精霊達はそうした部屋の中さえ隅々まで明るく照らしてくれた。

 ここをヘッドライトや懐中電灯で探索するのは確かにキツいだろうが、浅層での戦闘はエネアのおかげで単純な蹂躙の連続となった。

 手応えらしい手応えが有ったのは、各階層ボスぐらいだろうか。


 探索も中層に至ると、さすがに1回の戦闘に掛かる時間は伸び始めていた。

 モンスターが強くなってきているのもそうだが、何しろ出現数が多いのだ。

 中層でこれなら、ほぼ手付かずの筈の深層の状況は一体どうなっているのやら……少しばかり先が思いやられる。

 モンスターの顔ぶれは、高位オーガやトロル、ガーゴイルにリビングスタチューなど。

 それに、今やどこのダンジョンにも顔を出すようになってしまった各種アンデッドモンスターが加わる。


 しかし、戦う旨みが大きい相手も中には居た。

 その代表格が、リビングソードやリビングスピアーなどの生きた武器リビングウェポン達だ。

 一般的なリビングウェポンは鋼鉄製で、事実このダンジョンでも浅層では、一般的な鋼鉄製の武具が現れていた。

 しかし、中層に至ると時折こうしたリビングウェポンの中にも、ミスリル製のヤツらが混ざり始めていたのだ。

 ミスリル製のリビングウェポンは、鋼鉄製のヤツらより遥かに速いし動きも複雑なのだが、今さら遅れを取るようなことも無い。

 ドロップアイテムはミスリルの欠片かけらが多いが、時折ミスリルのインゴットだったり、武器強化用のスクロールを落とした。

 地味に嬉しかったのが、各種の武器に対応した武術のスキルブックだ。

 これで得られるのはあくまで初期段階のスキルなので、オレや兄達のようにメインの得物がハッキリしている場合は不要なものだが、特にそうしたスキルを持っていない自警団の面々にとっては、まさにお宝。

 いざ防衛戦となった時には、彼らの戦闘力や生存率を大きく高めてくれるだろう。

 そして、ミスリル製のリビングウェポンと戦っていると、オレの武術スキルもジワジワと伸びていった。

 もちろん単体では大した伸び率では無いのだが、これだけ多くの相手をしていると、チリも積もれば何とやら……だ。

 久しぶりに【槍術】のレベルが上がったのは非常に嬉しい。


 ◆


 それで勢いづいたオレは一気に到達階層を伸ばしていき、ついには前人未踏の階層にまで辿り着いていた。

 現在地は第36層。

 狭い方のダンジョンに属するとは言え、これはかなりの深さだ。

 ここ以上に狭かった温泉街のダンジョンでさえ第29層には守護者の間が有ったことを考えると、驚異的な階層数だと言える。

 出現するモンスターには、ついにあの機械の女神の上位種まで混ざり始めているし、ミスリルゴーレムなどは既に雑魚扱い。

 材質が明らかに『神使樹』で構成されているウッドゴーレムさえ現れていた。

 実際、ドロップアイテムが神使樹の破片だったので間違いは無い。

 ブロッブやギャザーなど搦め手が厄介なモンスターの数も多いし、天井から次々に降下して来るガーゴイルの材質も、既にミスリルが当たり前になっている。

 ここに来る直前の階層ボスなどはオリハルコン製のグリフォン型ゴーレムだった。

 ここまで来ると実際のグリフォンより硬いのは間違い無いし、あるいは攻撃力なども実物より上だったのでは無いだろうか?


 帰りに柏木さんのところに寄るのなら、既にこれ以上は探索続行が厳しい時間帯にもなっているし、そろそろクリアといきたいところなのだが……

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