第207話

 鎧袖一触。


 待ち構えていたモンスターの群れは、フラストレーションの溜まっていたオレの八つ当たりによって瞬く間に全滅してしまった。

 それでいくらかは溜飲が下がったが、下着や肌着まで濡れたままのオレとしては、まだまだ物足りない。

 もちろん相手の態度にもよるが、もしこのダンジョン守護者が敵対的な存在であれば、遠慮なく叩きのめしてやろうという気分にはなってしまっている。


 ボス部屋の扉を開け、ズカズカと中に入っていくと、またも悪魔系モンスターがズラっと並んでいた。

 取り敢えずは戦闘か……そう思って得物の槍を構えた時、奥から意外なほど静かな声音で話し掛けてくる者がいた。


「新しい管理者様、ようこそお越し下さいました。当方に敵対の意図など御座いません。どうか、御気を鎮められますよう……」


 そして進み出てくる華奢で小柄な人影。

 暗紫色のローブを身に纏い、身の丈よりも遥かに大きい木製らしき杖を持っている。

 首には派手な金色の鎖に巨大な宝石があしらわれたペンダント。

 パッと見では即身仏のようにも見えるほど、枯れ果てた老人だ。

 その見た目からは性別も判然としないが、先ほどの声音から判断するに恐らくは男性。

 ……霊体や悪魔の類いでは無さそうだが、どういう経緯でここにいるのだろう?

 そして使役しているらしい悪魔を、どうやって従えているのか?

 ひとまずは武器を下ろしたが、油断して良さそうな相手にも見えなかった。


「まずは初めて御意を得ますこと、誠に嬉しく思います。私はこちらの迷宮の守護者をさせて頂いておりますファマーと申します。ご覧頂いております通り、しがない老人でありますれば、とても御身に敵対しようなどとは思っておりません」


「では守護者権限を放棄し、こちらの指示に従ってくれるのか?」


「守護者権限の放棄? 私めに何か落ち度が御座いましたでしょうか? 出来ましたら、その儀ばかりは平に御容赦を。私は、この世界の住人どもを正しく選定するお手伝いが出来ることを、無上の喜びと感じておりますれば……」


 言葉遣いは丁寧だが、こちらの要求に従うつもりも無さそうだ。

 好んで殺戮を行う精神性の持ち主なのか?

 それとも正しく目的を理解し、世界の崩壊を食い止めようという主旨の発言なのか?

 言葉じりを捉えてあげつらうようなことはしたくないが『この世界の住人』って言ってたよなぁ。


「いま少し私の位階が上がりましたら、恐らくは不死者の王となれるのです。そうなれば、安穏と怠惰に暮らしていたであろうこちらの世界の住人どもを、さらに効率的に剪定することにも繋がりましょう。我が下僕たる悪魔の軍団にも更なる上位のモノが加わる筈なのです。慈悲の領域に逃げ込んだ先住民どもを殺す進軍の際には、私めが先鋒を務めさせて頂きますゆえ……」


 オレの無言を逡巡から来るものと勝手に解釈したのか、眼の前の枯れ木のような男は更に言葉を接いだが、そのおかげでコイツの目的や内面を正しく知ることが出来たのだ。

 結果的には良かったのだろう。

 さっきは『選定』と聞こえた言葉が、今度はハッキリと『剪定』と聞こえてきた。

 相変わらず高精度の謎翻訳システムだが、こうした時には非常に役に立ってくれる。


 コイツは駄目だ。

 中身は腐れバンパイアと、どっこいどっこい。

 いや、むしろアレより悪い。

 腐れバンパイアも自分の位階とやらを高めることには執着していたが、積極的にこちらの世界を踏み荒らそうという意図は感じなかった。

 慈悲の領域とは恐らく安全地帯のことなのだろうが……やはり近い将来それが無くなることは既定路線なのかもしれない。


「貴様の言うことに従って守護者の地位に留め置くことにオレは何のメリットも感じない。よって……ここに【侵攻】を宣言させて貰う」


「何故です! せめて【交渉】を! 私が不死者の王にさえ成れれば、そこな半神より余程に役立ってみせましょう!」


「既に【侵攻】は宣言した。死にたくないなら抗ってみせろ!」


「くっ! たかが亜神の若造が調子に乗りおって! 後悔させてくれるわ!」


 枯れ枝のような男が杖を振ると、左右に控えていた悪魔どもが一斉に襲い掛かって来た。

 やはりヤツらの優先攻撃目標はエネアのようだ。

 ……それはともかく、オレが亜神?

 やっぱりこの爺さん、何か勘違いしているようだな。


「エネア、遅滞魔法メインで! オレは右のヤツらから排除していくから、エネアは左の奴らを抑えててくれ!」


「了解!」


 さすがに本丸に控えていた悪魔達は、それなり以上の強さを誇っているヤツらばかりだが、あくまでもだ。

 光の魔法を宿した槍は容易く悪魔どもの存在力を穿ち、そして穿たれた端から消えていく。

 いや、正確に言うならオレの糧となり喰らわれていったのだった。


 さすがのエネアも圧倒的な数的不利の前に、攻撃よりも身を守ることに重きを置いて立ち回っているが、それでも彼女が本気になったら悪魔達は今頃その存在力の全てを消し去られていたことだろう。

 これも、あくまでエネアの今の姿なりの立ち回りというだけの話だ。

 そうして貰ったのにはもちろんワケがある。

 同行している仲間が倒したモンスターより、オレが自分で倒したモンスターの方が、奪える力が多いのだ。

 これに気付いたのが例のデュラハン戦。

 デュラハンは今までオレが対峙したモンスターの中では、間違いなく最強の存在だったのにも関わらず、結果的に奪えた存在力は腐れバンパイアの時とあまり変わらなかった。

 今は少しでも力が欲しい。

 本当の意味で窮地に陥らない限りは、極力オレがモンスターを倒す必要があるのだ。


 しかし一向に悪魔達が減ったような気がしない。

 左右からの挟撃こそ、完全に防いでみせたが、正面から押し寄せる悪魔の群れは開戦時とあまり変わらなかった。

 やはりあの老人、悪魔召喚に特化した召喚術師と考えて良さそうだ。

 恐らく属性魔法を使わせてもそれなり以上には戦えるのだろうが、あくまで本領は召喚と使役というわけか。


 しかし、カタリナから聞いていた限りでは召喚魔法には対価が必要で、悪魔召喚ともなれば対価に求められるのは術者本人の魂の一部……つまりは寿命が一般的な筈だが、あの老齢の魔術師に捧げられる寿命が多いとは考えにくい。


 だとすれば…………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る