第195話
ダンジョンぐらい不条理なものは無い。
噂には聞いていたが、このダンジョンは特にその傾向が強かった。
何しろ、少しでも足を踏み外そうものなら、谷底にまっ逆さま……谷底に落ちて、そこから生きて帰った人は居ない。
元はスーパーだった建物だ。
いや、単なるスーパーと言うには規模が大きいか。
食料品などを扱うスーパー部分とは別に、本屋やゲームセンター、おもちゃ屋や、衣料品店、レストランなどが併設されていたここは、古い団地の中心に有ったせいで、人口減少(若年層の流出や自然減少)による経営不振で閉店するまでの間、近隣の住民達がこぞって訪れていた。
オレや兄も子供の頃は祖父にせがんで、しょっちゅう連れて来てもらっていたものだ。
閉店したのが今から14年前だから、わりと新しい部類に入るダンジョンではある。
閉店のニュースを聞いた時はガッカリしたし、その暫く後でダンジョン化したと聞いて酷く驚かされた覚えがあった。
周辺地域のモンスター掃討には、何も問題無かったのだ。
既に見慣れた亜人系モンスターやアンデッドモンスターに加えて、鳥系モンスターも多く現れたが、今のオレ達にとってはさほど手強い相手でも無かった。
問題はあくまで足場の悪さだ。
ゴブリンやゾンビと戦う時は大した問題にもならないが、視線を上空に向ける必要のある鳥系モンスターとの戦闘が、慣れるまで非常に大変だった。
繰り返すようだが、転落したら命は無い。
谷底は目視が出来ないほど遥か下だが、興味本位で【遠隔視】で谷底の状況を確認してしまったことが、オレの恐怖心を助長している。
谷底には犠牲になったのだろう先輩達がスケルトンやゴーストになって蠢いていたし、びっしりと剣山のような尖った岩が飛び出ていたのだ。
いくらダンジョン探索により各種身体能力が向上しているとはいっても、あくまでオレは生身の人間に過ぎない。
落ちたら確実に死ぬ。
幸いだったのは、そうした状況に慣れて(マヒして)しまいさえすれば、出現するモンスター自体は決して強くなかったことと、同行してくれているエネアもカタリナ(今回は人形)も、そうした恐怖心とは無縁の存在だったことだろう。
基本的には一本道で、ひたすらに上り勾配。
マッピングする必要性も全く無かった。
階層ボスさえ部屋の中では無く、空から現れたのは閉口してしまったが……。
広さと、その構造はともかく、階層数が少なかったのは本当に良かった。
今はもう状況に慣れて、すっかり恐怖心もマヒしてしまっているが、少しのミスでも命取りという環境は、あまり心地よいものでは無いのだから。
ここの守護者はどうやら、いわゆるハーピーのようだ。
こんなダンジョンを好きこのんで踏破しようという人は非常に稀で、今まで謎に包まれていた。
ハーピーとは、ハルピュイアなどとも呼ばれることのあるモンスターで、下半身はハゲ鷹のような猛禽類のそれ。
上半身は人間の女性のものだが、腕の代わりに
大きな翼を持つ、いわゆる半人半鳥といった姿のモンスターだ。
酷く不潔なのが最大の特徴で、それなり以上に整っている筈の容姿は、そのせいで台無しになってしまっている。
油の浮いた長髪、足の爪や身体、翼に生えた羽毛なども酷く汚れていて、顔すらも茶色い汚れが所々に付着している始末。
それが泥なのか、排泄物なのかまでは分からないし、分かりたくも無いが、かなり離れていても恐ろしく匂った。
これでは、せっかくの美しい歌声も宝の持ち腐れというものだろう。
精神力や魔法抵抗力の低い者には、それでも脅威となるらしいし、その歌声に魅了されてしまった場合は、文字通り魅了の状態異常に掛かるらしいのだが……臭くて無理だ。
とても歌声に集中など出来ない。
問題は、その不潔さこそがハーピーの最大の武器にもなることだろう。
ハーピーは高速飛行と爪による攻撃が、本来メインの攻撃手段で、歌声による魅了はあくまでもオプションだ。
その爪が不潔なことが、厄介な特性をハーピーに与えている。
……病毒だ。
ハーピーの病毒は、ワーラットのそれとは違い伝染性は無いらしい。
しかし毒性の強さはハーピーが遥かに上だ。
少しかするだけでも、どんどん筋肉が硬直していき、そればかりか目眩を伴う三半規管の不調を及ぼす。
ハーピーの毒を受けたら中級以上の解毒ポーションを一刻も早く飲まなければ、硬直した筋肉が元に戻らなくなってしまううえ、こんな足場でフラフラしていたら、毒が回って死ぬのが早いか、谷底に落ちて死ぬのが早いか……恐らくは後者の方が先だろう。
ここは無理せずカタリナに前衛を務めてもらい、オレとエネアが魔法で狙い撃つ作戦で戦った。
同じハーピーでも、上位のモノは殆ど魔法が効かないばかりか、自ら多様な魔法を使いこなすモノまでいるらしいが、幸いここのハーピーは平凡そのもの。
ハーピーが地面に落ちて光に包まれていくまでに、さほどの時間は掛からなかった。
そして踏破報酬の入った宝箱を開けてアイテムを回収し暫く待っていると……行き止まりのようになっていた断崖絶壁の中程に、取って付けたような扉が現れた。
どうやら、あそこまで崖上りをしないといけないらしい。
まぁ……面倒だし、落ちたら死ぬかもしれないので【転移魔法】の世話になったわけだが、なかなか不親切な造りと言えるだろう。
本人(鳥)は飛べるのだから、苦にもならないのだろうけど。
あの不潔な鳥の巣に入るのは気が引けるが、そうとばかりも言っていられない。
オレは気合いとともに、ドアノブを回した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます