第145話

 帰宅後、言葉少なに夕食を終えたオレ達は、それぞれに入浴を終え、いつもより僅かばかり早く就寝した。


 肉体的な疲労はスタミナポーションで取り去ることが出来た筈なのに、心の奥底におりの様な何かがわだかまっていて、なかなか寝付けずに、何度か目を覚ます破目にはなったのだが……。


 ◆


 翌朝、兄は温泉街のダンジョンと、ド田舎ダンジョンに繋がる道の中間に位置する地域に向かていった。

 そちらには最寄りのダンジョンから、約8Kmほど行った先の湖畔にダンジョンが有るが、道中は温泉街のダンジョンと、ド田舎ダンジョンのモンスターの勢力圏か、両方が重なる地域が多く、自然と後回しにされていたエリアだ。


 妻は佐藤さんや、柏木兄妹と一緒に、ド田舎ダンジョン内部の調査に向かう予定になっている。

 車は2台しか持って来ていないため、柏木兄妹の車に同乗させて貰う様だ。

 集合時間が遅いため、今はまだ息子と遊んでやっている。

 なぜか息子は昨日、自宅からオレが持ってきた新品のプラスチック製洗濯バサミが気に入ってしまった様で、色ごとに並べたり、重ねては豪快に崩したりを繰り返していた。

 妻が頭の上に洗濯バサミを乗せると、嬉しそうな声を上げて笑い、駆け寄るようにして妻の胸にダイブし、まだ短い腕を伸ばして洗濯バサミを掴もうとする。


 そんな光景に癒されながら、オレは最寄りのダンジョンへと向かうべく、玄関へと足を進めていく。


「ヒデ、大丈夫か? ゆうべはかなり参っていたみたいだが……」


 珍しく父が心配そうな顔をして声を掛けて来た。

 父の目にも、オレ達の昨夜の憔悴ぶりは危うげに見えていたのだろう。


「うん、昨日は久しぶりに魔力切れ手前まで魔力を消費したからね」


 靴を履きながら、何でも無い風を装って、オレはそう答えた。


「だったら良いが……あまり根を詰めすぎるなよ?」


「うん、気を付けるよ。じゃあ、行ってきます」


 父の顔は……見れなかった。


 ◆


 ダンジョンの入り口をくぐり抜け、相変わらず立ち塞がるモンスターもさほど居ない第1層を足早に通過し、階層ボスの部屋に入る。

 中に居る筈のギガントビートルの姿は、今日も無かった。


 ギガントビートルがリポップしていないうちは、マチルダの命も未だ危険に晒されていないということになる。


【転移魔法】で第6層のボス部屋まで飛ぶ。

 内心では大丈夫だとは思っていても、マチルダの無事な姿を確認すると、やはり安堵するのだ。

 本当なら、ここに立ち寄らずに湖の銅像前まで一気に飛んだ方が効率が良いのだろうが、それとこれとは話が別だった。


「あのね! 缶詰、すごく美味しいよ! 特に果物のヤツが最高!」


 黙っていれば相当な美人なのだが……喋り始めると何だか幼くなる。

 どうやら桃缶が、お気に召したようだ。


「そればっかり食べると、その……太るぞ? 食べ過ぎないようにな?」


 思わずオレも、乙女のデリケートな部分にふれてしまった。

 照れ隠しなのか、桃色に染まった頬のまま、ポカポカと殴られるが、たとえマチルダが本気で無くとも、これは非常に痛い。

 余計なことを言った罰だと思って、無抵抗を貫く。



 マチルダに別れを告げたオレは、改めて湖の銅像の前まで【転移魔法】で飛ぶと、リザードマンの居た湿原とは反対方向を目指して歩いた。


 こちら側には鬱蒼と茂る森が広がっている。

 視界の悪さは仕方ないが、昨日のシュリーカーのことが頭をよぎり、連鎖的に色々と思い出してしまう。

 念のためにと鉄球やワールウインドで、木々がモンスターでは無いかを確認しながら進んでいく。

 幸い、ちょっとトラウマのようになってしまっているシュリーカーの金切り声は聞こえなかったが、何本かの木は半ば予想していた通り、トレントの擬態だった。

 しかも、行動開始と同時に赤黒く変色して、猛烈な勢いで鋭い葉を飛ばし、地中から槍の様に根を伸ばして来るという特徴からして、これはバーバラストレントという上位種に違い無い。

 バーバラストレントはワールウインドなどの【風魔法】まで使ってくる始末で、魔樹の奇襲を避けるために確認は怠れないうえに、数もそれなりに居て、さらにはイビルオウルというフクロウが魔物化したモンスターまでも、しょっちゅう襲い掛かってくる。

 結果として、この森を抜けるだけでも、かなりの時間を使ってしまった。


 ようやく森を抜けた先には、見渡す限り広大な草原が広がっていて、遠目にも数多くのモンスターの姿が見える。

 既に見慣れたオークやオーガの姿も有るが、どちらかと言えば大型の獣型のモンスターが多い。

 虎やライオン並みの大きさで、長大な犬歯を持つオオカミの魔物……サーベルウルフは、数十体もの群れを成して襲い掛かって来た。

 そのサーベルドウルフをも時には吹き飛ばしながら真っ直ぐに猛進してきたのはマウンドボア……それこそ小山の様なサイズのイノシシの魔物だ。

 巨体と強靭な脚力による突進は、僅かにでも当たろうものなら、トラックに轢かれるよりも悲惨な目に遭うこと間違いないだろう。

 サーベルウルフならまだ鎗で倒せるし、魔法への抵抗力も並みといったところだが、マウンドボアは厄介だった。

 鎗で闘うのは自殺行為だし、魔法も巨体に裏打ちされた生命力と、突進のスピードとで強引に突破してくる。

 結局、搦め手ながら魔法で泥濘を産み出して、足を止めてから、丁寧に退治せざるを得なかった。

 その他にも温泉街のダンジョンでは中層の階層ボスを務めるようなクルーエルベアー(残忍熊)や、ペネトレイションディア(貫通鹿)など、厄介な敵が目白押しで、今のオレをして必死に戦わざるを得ないような場面が続く。

 時折、これらのモンスターに混じって第4層でも散々に相手をしたグラトンコンストリクター(大食らいの大蛇)が襲い掛かって来たが、強敵ひしめくこの草原では場違いな存在でしかなく、いっそ物悲しく感じられるほどだった。


 そうして暫く草原で戦いながら、しかし着実に前に進んでいくと、草原の奥に牛のようなサイズの犬達が待ち構えていた。

 群れの詳細はパッと見では完全には分からないが、恐らくは100匹近い数が居るだろう。

 そして明らかにボス犬と分かるほど大きい犬も奥に控えている。

 犬達は一様に黒い毛並みで、目の色は赤く、夜闇の中でも無いのに怪しく光を放っていた。


 なるほど……だ。

 恐らくは、あのボス犬が『犬』の金属板を守る存在なのだろう。

 ならば……倒し、奪う。

 それだけだ。

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