第140話

『スキル【空間魔法】を自力習得しました』

『スキル【属性魔法耐性】を自力習得しました』

『スキル【投擲】のレベルが上がりました』

『スキル【風魔法】のレベルが上がりました』


 一気に纏めて【解析者】からの脳内アナウンスが鳴り響いた。

 相変わらず、明らかに敵から奪ったスキルもで習得したことにされている。

 まぁ、それは些事と言える。

 ファハンを倒したことによって流れ込んで来る膨大な量の力の奔流で、先ほどから立っているのがやっとという状態なのだ。


 ようやく落ち着いたところで、ポーションストッカーからスタミナポーションを引き抜き、一気に呷る。

 ……それにしても【空間魔法】か。

 やっぱりそうだったんだな。

【空間魔法】を覚えることで開放される副次能力の『空間庫』が、ファハンの手品の正体らしい。

 国内で唯一のハイクラスインベントリーをドロップしたのが、自衛隊所属の探索者パーティが倒したファハンだったということも、これが理由ならば頷ける話だろう。

 あんな巨大な鉄球や、タチの悪い冗談のように長大な金砕棒を、自由自在に出し入れする能力を持ったモンスターだからこそのドロップアイテム……というわけだ。


 早速、ファハンの落としていった金砕棒を『空間庫』に収納しようとしたのだが、どうやらオレの【空間魔法】の熟練度では収納力が足りないらしい。

 仕方がないのでミドルインベントリーの中身や、そこら中に散らばったオレの鉄球を『空間庫』に入る分だけ移し、ほぼ中身が空の状態になったミドルインベントリーの方に金砕棒を収納する。

 ついでに取り出した飲み水用のミネラルウォーターを頭からかぶり、タオルで乱暴に拭いていくが、タオルはこれでもかとばかり真っ赤に染まってしまった。

 これを洗濯に出すのは、さすがに気が引ける。

 自分で手洗いしなきゃだよなぁ。

『空間庫』を使いこなせるようになれば、ポーションストッカーの出番はこの先なくなっていく。

 買ったばかりなので惜しい気もしないでもないが、そのうち佐藤さんか上田さんに頼んで、必要としている人にプレゼントしてもらうことにしよう。


 さて……今日のところは、これで帰るか。


 ファハンとの戦いが3時間以上にも及んだせいで、既に時刻は予定を1時間近くオーバーしていた。

 昼食の内容がパンや乾し肉などに変わってしまったのも痛い。

 おかげでマチルダから有益な情報を引き出せたのだから安い投資ではあったのだが、いつもより空腹感が強いのも事実だ。

 オレは生粋のコメ派で、パンだと早く腹が減る気がする。


【転移魔法】で第1層のボス部屋へと飛び、そのまま早足でダンジョンを出た。

 帰宅したオレを待っていたのは、まさかのパンとレクレスシュリンプ(無謀エビ)のアヒージョ、コールスローサラダというメニューだった。

 このパンは例の魔力式の製パン機で、上の甥っ子が作ってくれたらしい。


 ……たいへん美味しく頂きました。


 ◆ ◆


 食事を済ませ、息子と温泉に浸かり、オレが息子を寝かしつけて戻って来た後のこと。

 風呂から上がった妻と入れ替わりに、兄が風呂に入っている間に、じっくり妻と話をした。

 リドルや撃破したファハンのことなど、ダンジョン探索の進捗具合ももちろんだが、日中の息子の様子も妻から詳しく聞いていく。

 マチルダのことも……話した。

 有り体に言えば……あの(スタンピードを止めた)時、彼女の力の一部を体内に取り込んだせいか、妹が出来たような不思議な親近感は有るが、いわゆる不貞を働く気は一切ないということ。

 守護者の代わりを務めるモンスターが配置された時、恐らく彼女は始末されるだろうと予測していること。

 それをさせないために、守護者交代と同日中には最寄りのダンジョンを、完全に踏破し破壊するつもりであること。

 最後に……今、マチルダを殺せば労せずして最寄りのダンジョンを破壊可能であること。

 これらを、順を追って正直に話していく。


 妻は聞いている間中、ずっと微笑み、そして頷いてくれていた。

 一切、口を挟まず、ただ聞いてくれていた。

 そして……


「ヒデちゃんらしいね」


 ……とだけ言って、おかしそうに笑う。

 オレもホッとしたせいか、無性におかしくなって吹き出す。

 ひとしきり笑い合っていると、寝た筈の息子が起きてきた。


「ね、ね!」


 ママ、寝ようよ……って言いたいのかな?

 妻が息子を抱いて、オレ達に割り当てられた寝室へと連れていく。

 息子も大きくなったものだが、妻もダンジョン通いでパワーアップした分、余裕綽々といった様子だ。

 片手で息子を抱きながら、後ろ手に手を振る。

 苦笑しながら見送り、残っていた缶ビールを飲み干す。


 ……どうやら妻の赦しは得られたようだ。


 ◆


 妻が寝室に消えてしばらく、オレが2本目のビールを開けるか否か悩んでいると、兄が風呂から上がって来た。


 兄は迷わずビールを2本、冷蔵庫から取り出し、片方をオレに差し出す。

 ……仕方ないから付き合うことにしよう。

 缶ビール同士、音の鳴らない乾杯。

 妻や義姉、母はビールをグラスに注ぐが、オレ達兄弟と父は直で飲むことが多い。

 やはり1本目と比べると、どうしても美味さが落ちる気がする。


 兄には迂闊なことは話せないが、リドルやリザードマンの巣穴、ファハンのことは話さざるを得なかった。

 兄が最も強く興味を示したのは、やはりファハンのことだ。

 兄も、あのまま東京に居れば対戦していた筈のモンスターだった。

 一昨年、ファハンと戦って死んだという、兄の学生当時の知り合いの話をされる。

 オレが神社を継げば良かったかなぁ……と、何度も思ったことがあるのだが、兄は帰ってきて良かったのだと、何かにつけて言う。

 この時の話の結びもそれだった。


 兄は早々にビールを飲み干すと、追加も迷わず開ける。

 そして、今日の日中に行ったド田舎ダンジョンの先……サーキット跡のダンジョン周辺について語ってくれた。


 オレは思わず聞き入ってしまう。

 兄に軽い気持ちで割り振った仕事は、実はとても残酷なことだったのだ。

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