第77話

 休憩と言っても、低位のスタミナポーションを1本飲み干してしまえば、体力的な回復は全て終わってしまうぐらいの消耗ではある。

 先ほど感じた疲労は、恐らくは精神的なものの方が大きかったのだろう。

 新緑の靴は、精神疲労耐性を付与されたマジックアイテムではあるが、それとて万能というわけではないようだ。


 ただ……今まで、あまり疑問に思わなかったのだが、オレの【風魔法】は考えてみれば回避されたことがない。

 これは新緑の靴の投射武器に関する命中補正が、魔法の命中率にも反映されているように思える。

 機会があれば、是非これは検証してみるべきだろう。

 帰路にでも試せば良いだろうと思われるかもしれないが、靴下だけでダンジョンを歩くのは、ちょっと御免こうむる。

 次の探索時に、以前履いていたブーツを持ってきて、試そうと思う。

 ……いや、今後は念のため予備として、持ち歩くべきか。

 つい、ライトインベントリーを使用していた時の習慣で、武器以外の予備を持たないまま探索に来ていたが、今後は改めるべきだろう。

 せっかく柏木さんから、ミドルインベントリーを譲って貰ったのだし。


 さて……体力はもちろん、気力も回復したところで、ついにボス戦だ。


 重厚な階層ボスの部屋の扉を開け、中に足を踏み入れる。


 第5層の階層ボスは、フォートレスロブスター。

 要塞の名を冠する巨大なエビだ。

 特徴は凶悪な攻撃力を誇るハサミと、堅牢な甲殻……そしてパッと見では数え切れないほどに、全身に貼り付いたバレットバーナクル(弾丸フジツボ)の群れ。

 もちろん、このバレットバーナクルも取り巻きモンスターという扱いなのだろうが、レクレスシュリンプ(無謀エビ)や、フライングジェリーフィッシュ(飛行クラゲ)も、当然のように従えている。


 これが今から14年前に、当時の日本トップクラス探索者のパーティーの1人を一時引退(後に高位ポーションを服用して復帰)にまで追い込んだ、強大なボスモンスターだ。


 近距離なら鋭利なハサミ……遠距離ではバレットバーナクルを射出してくる。

 その攻撃力は相当なものだが、最も脅威となるのは、やはりその堅固な甲殻だろう。

 何しろ、あのバレットバーナクルを射出した後も、その甲殻に大した傷が付かないのだというから驚きだ。

 つまり、味方殺しの常習犯である、バレットバーナクルのカタパルト役を、完璧に務め上げてみせるということになるが、それ以上に厄介なのは、その硬さに他ならない。

 しかも、全弾射出後にもピンピンしていたらしいから、甲殻の中の身も、相当な弾性を持っているだろうことは、想像にかたくないだろう。

 少なくとも、打撃にかなり強いのは間違いない。

 斬撃も有効性に欠けるだろう。

 刺突が硬い甲殻にも有効だというのは、これまでの経験上も確かなのだが、それとてフォートレスロブスターの巨大すぎるほど巨大な身体に、どれだけ穴を穿てば倒せるのか。

 ……相手は大型バス並みのサイズを誇る要塞エビなのだから、ちょっとやそっとで倒しきれるものではない。

 今のオレの力がどこまで通用するのか、今回の挑戦は、まさに試金石となるだろう。


 まずは予想戦闘領域全体に、長すぎるほど長い麻痺の触手を垂らしている、恐ろしく邪魔なフライングジェリーフィッシュ2匹を排除したいところだ。

 あまりフォートレスロブスターに近付くと、レクレスシュリンプが跳んで来るだろうし、ここは取り敢えず遠距離から【風魔法】で撃墜することを選択する。

 首尾良く、フライングジェリーフィッシュを倒すことに成功したオレだったが、遠距離からでも正確に飛来してきたバレットバーナクルには、大いに肝を冷やすことになってしまった。

 距離を詰めないことが、必ずしも安全策にはならないというのが、この短時間の攻防だけで嫌でも分かってしまう。


 そして、回避に成功したとしても……銃弾とは違い、あくまで独立したモンスターであるバレットバーナクルは、また態勢を整えさえすれば背後や側面からも、独りでに跳んで来るのだ。

 最悪なのは移動砲台たるフォートレスロブスターが居る方向に跳んでいき、また砲弾として復帰する可能性すらあるということ。


 オレは今さっき避けた2匹のバレットバーナクルを、素早く追いかけていき態勢を整えれられる前に、鎗の側面に付けられた鎚頭を用いて、完全に息の音を止める。

 すると、またバレットバーナクルが跳んで来て……という、イタチごっこのような展開が、しばらく続いた。


 しかし、これも実は事前に考えていた通りの流れだ。

 接近戦では、せっかくバレットバーナクルを回避したところで、トドメを刺しきれない個体が必ず出てくる。

 それに彼我の距離が近ければ近いほど、射出されたバレットバーナクルを避けるのが、難しくなるだろう。

 さらには、待ち構えているレクレスシュリンプも厄介だし、フォートレスロブスターのハサミも襲い掛かって来ることは、火を見るより明らかだ。

 こちらも決定打に欠ける間合いだが、あちらもジリ貧の展開に持ち込める。


 そして、必死に回避と追走、バレットバーナクル撃破の繰り返しをしていた甲斐がようやくあった。

 フォートレスロブスターが、バレットバーナクルの射出を止め、完全に待ちの姿勢に入ったのだ。

 開戦時から、フォートレスロブスターの背後の潮溜まりに控えて、動く気配の無かったレクレスシュリンプを攻撃の主体とする、迎撃の態勢に移行したと思われる。

 取り敢えず、フォートレスロブスター前面と側面のバレットバーナクルは撃ち尽くしたようだから、オレがヤツらの背後に回るか、わざわざ背中を向けてくるかしない限り、フォートレスロブスターにも打つ手が無くなったとも言えた。


 さぁ、ここからは博打だ。

 もし全く通用しないなら、いったん退却することすら、全て織り込み済み。


 まずは……潮溜まりに居て動かない、一番手前のレクレスシュリンプに向けて【風魔法】を放つ。

 水中に居る相手を【風魔法】で攻撃した際に、威力がどこまで減衰するのかは、ボス部屋に来る前に一応の実験を済ませてある。

 その時の相手も、同じレクレスシュリンプ。

 結果は見事に撃破成功。

 実験時と、さほど変わらぬ水深に居る、しかも同じ種類のモンスターだ。

 この結果はある意味、当たり前のもの。

 そして……やはりモンスターの魔法に対する抵抗力は、物理的な防御力とは別の法則が働いているようだ。

 鎗で突いた時には、あんなに硬かったレクレスシュリンプの甲殻を、翠緑の光輪は、お構い無しに切り裂いている。


 さて……確認は終わった。


【風魔法】が、フォートレスロブスターに、どこまで有効かは、まさにギャンブルだが、同系統下位のモンスターであるレクレスシュリンプを、ああも簡単に屠るのだから、それなりの期待はして良いだろう。


 にわかに待ちの姿勢をやめて、水面から飛び出して来たレクレスシュリンプを、ろくに相手もせずに簡単に避けて、フォートレスロブスターとの距離を保つ。

 デンと構えていたハズのフォートレスロブスターが、文字通り泡を食って前進してくる。


 オレは、その様子を見ながら、どうやら賭けには勝ったらしいことに、内心で歓喜の雄叫びを上げていた。


 あとは油断せず殺しきるのみだ。

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