第76話

 問題なくリポップしていた石距てながだこだったが、今回は既に隔絶した感もある速度差を活かして、魔法を使わずその10本も有ったタコ足を、どんどんと斬り落としていく。


 逆に、取り巻きのフライングジェリーフィッシュ(クラゲ)の方が面倒だったので、今回は躊躇い無く【風魔法】で始末したぐらいだ。


 他の取り巻きモンスターだが、ジャイアントタートル(カメ)にしても、グラトンコンストリクター(ヘビ)にしても、今やさほどの脅威とはならないので、タコ足を斬り離すついでに片付けておいた。


 結局、苦し紛れに瘴気を吐き出すのが厄介だったぐらいの話で、終始オレがスピードで翻弄し続けた、ワンサイドゲームといった戦闘内容だった。

 やはり、まずタコ足を斬り落としていく戦法こそが、石距てながだこ戦では正攻法かつ必勝法なのだろう。

 最初の苦労は何だったのかと思わざるを得ないのが、正直な感想だ。


 問題はこの後……第5層の深部の探索と、階層ボス挑戦が控えている。


 ここまでは、のんびりとしたペースで、各階層ごとに小部屋を回る余裕すらあったが、第5層では極力、先へ、先へと進んでいくべきだろう。

 あまり探索終了の時間が遅くなるのは得策ではないし、ボス戦に備えて余分な消耗は避けるべきだからだ。


 第5層に歩を進めると、真っ先に襲い掛かって来たのは、ホッパーシーアーチン(ウニ)だった。

 それも2体同時に奇襲を、それぞれ別角度から仕掛けて来て、もう少し気付くのが遅かったら、被弾も有り得たタイミングだ。

 僅かに内心で慌ててしまったが、1体目の奇襲は何とか回避……避ける方向が分かっていたかのように、続けて手元に迫ってきた2体目は、脇を締め腕を折り畳み……鎗をコンパクトにスイングして、柄の部分でホームラン。

 天井に激突して、盛大に弾け飛んだ。

 地面に落ちた1体目は、冷静に一突き。


 花火みたいに炸裂した方の、ホッパーシーアーチンのドロップアイテムを探すのには、少し手間どったが、これが大当たり。

 ホッパーシーアーチンの肉……つまりはウニの板盛りだったのだ。


 その後も待ち伏せがメインのサイレントリーパー(イソギンチャク)や、スピニングスターフィッシュ(ヒトデ)などを警戒しながら慎重に先を急ぐも、オレのそういった事情など、お構い無しに攻め掛かって来るレギオンシースレーター(フナムシ)の群れや、ゾンビ、スケルトン、オークなどを薙ぎ倒していく展開が、しばらく続いた。


 そして巧妙に通路に擬態していたゼラチナス・キューブを倒して、ドロップアイテムを拾い、顔を上げた時のことだったが、明らかに新顔のモンスターが、こちらに向けて、猛スピードで飛来するのが見えた。


 見付けたと思った次の瞬間には、既に目前に迫っている。

 見た目は完全にエビ……しかも背中向きの状態のまま恐ろしい速度で突撃してくるのだ。

 レクレスシュリンプ(無謀なエビ)の名は伊達ではない。


 過去最高の速度で迫り来る、その無謀な突撃を倒れ込むようにして回避し、振り向いた時には、遥か彼方かなた……オレが来た方向の突き当たりの壁に当たって、どうにか止まったようだ。

 呆れながらも追いかけて行くと、ビチビチと跳ね回っているが、生憎ここに潮溜まりはない。

 しかも、非常に硬いハズの甲殻に大きなヒビが入ってしまっている。

 狙いを定めて鎗を突き刺し、もがいていたエビを楽にしてやると、白い光が消えた後に遺されていたのは『レクレスシュリンプの肉』だった。

 要は、むきエビなのだが、トラックのタイヤほども有ったレクレスシュリンプの体長から考えると、ほんの僅かな部分という印象になってしまう。

 ホッパーシーアーチンが落とす板盛りのウニと、ちょうど同じぐらいの量なのだ。

 分かりにくければ、スーパーで肉や魚が載っているノーマルサイズの食品トレーを思い浮かべると、いくらか想像しやすいかもしれない。


 レクレスシュリンプの行動パターンは、基本的に潮溜まりの比較的深いところからの、跳躍に限られる。

 跳んだ先が同じような条件の潮溜まりなら、甲殻が割れていようが、死にかけだろうが構わず、果敢に再攻撃してくるのだが、ごく浅い潮溜まりや陸地に上がってしまうと、ほぼ何も出来なくなるモンスターだ。

 似たような習性のホッパーシーアーチンや、スピニングスターフィッシュが、陸地に上がっても短時間なら同程度のパフォーマンスが出来るのに対して、ややお粗末に過ぎる。

 ただ……甲殻の硬さや、その飛来速度は、ここまでに出現したモンスターの中では、頭一つ抜けているのも事実で、決して油断して良いものではないだろう。


 レクレスシュリンプが登場したということは、事前に仕入れてきた情報によると、第5層も深部に到達したということになる。

 他のダンジョンなら、階層ボスも務まりそうなほど手強いモンスターも居るらしいし、一切の間引きが行われていないエリアだ。

 とにかく気を引き締めて進もう。


 第5層では、これまでも、そこかしこに点在していた潮溜まりだが、深部に来ると大きく、そして深くなっているうえ、むしろ陸地の方が少ない通路や、潮溜まりの中を進まなくてはいけない通路が多くなってきた。

 戦闘も大変だが、せっかくモンスターを倒した後、ドロップアイテムが沈んでしまっていることも多く、少しばかりオレの気分も沈んでいくのもつらい。


 ここでレクレスシュリンプ以外に、新しく出現し始めたモンスターを列挙していくと……


 巨大なヤドカリ……ジャイアントハーミットクラブは、巨大巻き貝のようなカラとともに、サイレントリーパーを背負ってやって来ることも多い。

 自然界で、ヤドカリとイソギンチャクが共生関係にでもあるのだろうか?

 残念ながらよく知らないのだが、一緒にやって来ると、これがまた厄介だ。

 ただのヤドカリなら、さほど大きくもないハサミだが、ここまで巨体になると、単純に凶器以外の何物でもなくなってしまううえに、はさむ力もまた非常に強い。

 ジャイアントハーミットクラブに、鋼鉄製の槍の柄を断ち切られたという報告もあるぐらいだから、相当なものだろう。

 そのうえ、サイレントリーパーの特性である存在希薄化が、ジャイアントハーミットクラブにも同時に作用するらしく、極めて気付きにくいモンスターと化している。

 これは恐らく偶然だろうが、ハーミット……つまり隠者の名に相応しく思えてしまう。

 さらにサイレントリーパーの触手自体も麻痺毒を持っているのだから、二重に脅威度を増してしまうのだ。

 まぁ、倒してしまえばドロップアイテムも、きちんと2体分、入手できるので、ある意味では美味しいが……。


 ジャイアントシーキューカンバは、巨大なナマコのモンスターだ。

 ブニブニした身体は、非常に弾性が強く、生半可な武器では斬ったり突いたりしても、徒労に終わるのがオチなのだという。

 しかも、打撃には異常に強く、まずダメージを与えられないらしい。

 さらには、攻撃を加えると肛門にあたる部分から、強い粘着性を持つ自らの内臓を吐き出し、触れたものを絡めとる。

 そして口に該当する部分からは、触手を吐き出して攻撃してくるのだが、どちらが口で、どちらが尻かが非常に分かりづらいのが難点だ。

 上手く背後から近づければ、オレの持つ鎗なら難なく倒せるモンスターでは有るのだが、間違って口の方から近付いて、危うく触手に捕まりそうになったこともあった。

 倒すと稀に『ジャイアントシーキューカンバの肉』を落とす。

 ナマコは兄の様な酒飲みには、たまらないツマミになる。

 反対に義姉はナマコをゲテモノ扱いして、口にしたことが無いハズだ。

 ……ナマコ、美味しいのになぁ。


 バレットバーナクルは、巨大なフジツボのモンスターだ。

 基本的には、ダンジョンの壁や床、他のモンスターに固着している。

 獲物が通ると蔓脚まんきゃくと呼ばれる、つる状の脚を一斉に、かつ高速で伸ばし、まるで弾丸のように襲い掛かって来る。

 速度こそレクレスシュリンプに僅かに劣るが、

 甲殻の硬さはギガントビートルにも勝り、今までに見たモンスターの中では最硬(誤字にあらず……)だ。

 当然ながら、当たれば痛いどころの騒ぎではない。

 では、カタパルト役を務めたモンスターは無事に済むのかというと、それは種類によるとしか言えないのだが、ゾンビやレギオンシースレーターなら爆散してドロップアイテムに変わったりもするし、ジャイアントハーミットクラブなら、ギリギリ耐えてフラフラと襲い掛かってくることも、しばしばだ。

 これがダンジョンの壁や床だと、全くの無傷……どうやら不壊の魔法でも掛かっているようである。


 それはそうだろう。

 ダンジョンの壁を斬り刻んだり、打ち壊して進んで良いのなら、誰だってそうしたいところだろうし、ボス戦をどうにか回避するために、ダンジョンの床や天井を掘ることだって厭わない者は、いくらでも居ると思われる。

 それに対策しないなんて脇の甘いことは、ダンジョンを生み出した『モノ』が何であれ、有り得ない話だ。


 あ、ちなみに硬すぎるほど硬いバレットバーナクルだが、打撃には僅かに弱いという特性を持っている。

 割ってさえしまえば、中身が柔らかいのは、エビやヤドカリと共通していた。

 レアドロップは『バレットバーナクルの殻の破片』……集めれば、防具の素材になってくれそうではある。


 これら初見のモンスターに加えて、もちろんスケルトンや、フライングジェリーフィッシュ、クリーピング・クラッドなど既知のモンスターも大量に居て、ようやくボス部屋前に辿り着いた時には、さすがに僅かな疲労を感じている。


 ここまでは先を急ぐため、さほど立ち入らなかった小部屋(時々扉を開け、内部の宝箱の有無の確認だけはしていた)に入り、中に巣食っていたレギオンシースレーターの群れを排除し、束の間の休憩をすることにしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る