第66話

 僅かな時間とは言え、いつもよりは遅く起きたオレだったが、ネコゾンビ騒動で睡眠が中断されたせいか、まだ父が起きてこないため、予備の槍を持って鍛練に励んでいた。


 やはりこの槍では軽いにも程がある……柄が木製なのもあるが、軽すぎてバランスが悪く思える。


 これでは本当の意味での予備にしかならないだろうし、父の予備武器として進呈してしまうのも良いかもしれない。


 ただ、弘法筆を選ばず……のたとえも有る通り、本当に技を極めている人なら、この槍でも存分に使いこなすのだろう。


 こうして鍛練で使う分には、知らず知らず力任せになっていた動作を修正するのに、逆に良いぐらいでもある。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 さて……朝食も済ませ、父の杖術の技を、無事にスキル化することも出来た。


 やはり【槍術】ではなく【杖術】になったので、それを踏まえて、新しく武器を作って貰う方が良いだろうか。


 時刻は9時を回ろうとしている。


 まだ時間が有ると思って、息子や甥っ子達と遊んでいたら、少しばかり出発予定時刻をオーバーしていた。


 まぁ、モンスターに遭遇でもしない限り、歩いて2分の道のりだ。

 慌てる必要はない。


 いつもなら、ダンジョンに直行するのだが、今日は先にダン協の建物に寄る。

 柏木氏にいたんだ鎗や防具の具合を見て貰うためだ。


 ダン協内に併設された武具販売店へ向かうと、そこには柏木氏、柏木兄、それから受付のお姉さん(かなり歳上)が勢揃いしていた。


 まるで待ち構えていたかのような格好……というか、事実オレを待っていたようだ。


「やぁ、宗像君、早速来てくれたんだね」


「おはようございます、柏木さん、お姉さん。右京君も、おはよう」


「おはようございます!」

「おはようございます。じゃあ私は受付に戻るから、何か有ったら呼んでね?」


「あぁ、ありがとう」


 お姉さんは親しげな様子で柏木氏にヒラヒラと手を振り、オレが入ってきた出入口から、買い取り所の方へ戻っていく。


「お知り合いだったんですか?」


「あぁ、倉木さんは私の探索者時代から、ダン協に居たからね。こことは違うダンジョンだが、当時は良く世話になっていたんだ」


 倉木さんっていうのか。

 若い頃の倉木さんは、かなり綺麗だったのかもしれない。

 今でもスタイル等は崩れていないし、顔のパーツも整ってはいる。


「右京君は今日はどうしたの?」


「宗像さんが来るっていうんで、お会いしたかったのも有るんですが、今日は武器を買い換えようと思いまして……黒川さんが亡くなって、野田さんも片腕を失って引退しましたから、僕と妹が二人ともロングスピアじゃ、2人でイチから出直すにしても、無理が有りますから」


 野田某がリーダーっぽかった少年……黒川はオークに潰されてしまった彼、か。


「じゃあ剣とか刀にするの?」


「そうですね……それか宗像さんみたいに短槍でしょうか」


「それも悪くないかもしれないけど、妹さんも槍だから、刺突系の武器より、斬撃系か打撃系の武器が良いと思うよ。ただまぁ……右京君は、あんまりガタイの良い方じゃないし、そこのスレッジハンマーみたいなのはオススメしないかな」


 右京君は、良く言えば細マッチョ……だが、一歩間違えると少女にも見える程、線が細いのだ。

 とても重量級の装備は似つかわしくない。


「……父と同じことを言うんですね。でも確かに、そのハンマーは重すぎて断念したところです。そっちの斧も、ちょっとだけ重かったので諦めました」


 ちょっとだけ?

 いや、見るからに無理だろう。

 案外、腕力がダンジョン通いで上がってたりするのかな?


「右京、しょうもない見栄を張るな。宗像君、済まないね。とりあえず、君の要望から聞くとしよう」


 しばらくは黙って、オレ達のやり取りを聞いていた柏木さんだったが、息子の見栄を張る姿が我慢ならなかったのか、遮って用件を尋ねてきた。


「短鎗と防具の状態を見て頂きたいのと、継続使用が可能ならメンテナンス……無理そうなら新しく作って頂けないかな、と」


「了解した。では、そちらの商談用ソファーへ、どうぞ。……右京は、しばらくショートソード中心に扱えそうな武器を見つけておけ。盾も持つことを考えて、ギリギリの重さの武器を選ぶんじゃないぞ」


 不服気ではあるが、どうにか素直に頷いて、ショートソードを見ることにしたらしい右京君を置いて、パーティションで区切られた商談用スペースへと移動する。


「さて……状態チェックからしようか?」


「お願いします」


 まずは持っていた鎗から預け、柏木氏から促されるたび、身に付けていた防具を1つ1つ手渡していく。


 やはりというか、なんというか、柏木氏の顔が最も曇ったのは、鎗を手にしている時だった。


「結論から言うと、この短鎗は寿命が近いようだね。他の防具類については、留め具が少しいたんでいるものこそあれ、それを交換さえすれば、すぐにどうこうという物は無いようだ。良く手入れもされているようだし……」


「そうですか……では取り敢えず、留め具の交換は、すぐにでもお願いします。それで、鎗についてなんですが、このまま使い続けるのは、やはり難しいですよね?」


「……最悪、たった1回、硬いモンスターに突き掛かっただけでも、折れかねないな」


「……そうですか。なるべく近い品質の鎗って、有りますか?」


「これは総鉄製だからね。柄まで金属製となると、さすがに置いてる店は無いよ。水道橋のダンジョンに併設されていた店舗なら、有ったかもしれないけど……まぁ、今はあんなだからなぁ」


 あんな……戻りドラゴン等に潰されて、水道橋のダン協の施設群が壊滅したのは、かなり有名な話だ。


「となると、やっぱり新しく作成をお願いするしかないですね。お願い出来ますか?」


「あぁ、もちろん構わないよ。材質や、形状なんかの希望はあるかい?」


「はい、実は……」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 柏木氏に防具の留め具の交換と、新しい武器の作成を依頼した後、オレは右京君に付き合って、様々な武器や盾などを一緒に選んだり、新しいポーションストッカーを決めたりしながら、鍛冶作業の終了を待っていた。


 右京君は、全身鎧に盾、長剣……のような、いわゆる騎士や勇者じみた装備や、戦斧にバンデイットメイルのみ……みたいな蛮族じみたスタイルに憧れがあるようだった。

 ただ、あまりに華奢だ。

 さぞかし女の子にはモテるのだろうが、モンスターとの戦いに向いているようには、あまり見えない。

 結局、刃渡りの短いショートソードと、取り回しの良いサイズのヒーターシールド(方形の盾)に決めるようだ。

 前衛としては頼りないが、無理をせずにダンジョン探索を続ければ、いつかは憧れの装備にも、たどり着けるハズではある。

 取り敢えずは、妹さんと2人で、口の悪い連中からは、ド田舎ダンジョンと呼ばれる、この近くの廃校跡ダンジョンに通うことにしたらしい。

 ここからだと車で10分と掛からないし、コンビニが1件ある以外は、周囲が田んぼや畑ばかりの地域なので、恐らく外に出るモンスターも雑魚ばかり、探索難易度もかなり低めらしいので、彼ら兄妹にとっては、とても良い選択だと思う。


「宗像君、お待たせしたね。出来たよ。早速だが、こちらの試用室で、違和感が無いか試して欲しい」


 思っていた以上に早い。

 さすが【鍛冶】レベル2の腕だ。


 柏木氏の【鍛冶】スキル……?

 先ほど【啓蒙促成】で、躊躇わずにサクっと上げておいた。

 何より自分の為に。


 バレるデメリットより、上げるメリットが勝つと踏んだというのも有るし、一応の口止めはしたのだ。


 柏木氏ならバラさないという、いわゆる勘みたいなものが働いたというのもあるけれど……。

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