第27話

 意気揚々と引き揚げて来たオレだったが、ダンジョンの出入り口付近で、大量の返り血を浴び

 、真っ赤に染まった姿のオークを目にして、冷や水を浴びせられた気分になってしまった。

 次いで沸き上がる、どうしようもない怒りの感情。


 ……誰だ!

 それは誰の血だ!?


 やはりモンスターは人類の敵だ。

 ダンジョン外にまで出没を始めたモンスターどもは、既に明確な敵対者なのだと、改めて強く認識し直す。

 オレを見つけて、まるでわらうかのように片頬を吊り上げるオークに無言で駆け寄り、力任せに鎗を突き掛ける。

 オークは咄嗟に棍棒を持たない左腕で、オレの狙った心臓あたりを庇う。

 一撃で決まらないなら仕方ない。

 連続で突く。

 失血を強いるように。

 特に精細な狙いをつけることなく。

 滅多刺し。

 わざわざヤツに反撃のいとまを与えてやることなどしない。


 気が付けば、オレに背を向け、うずくまるような姿勢のまま息絶え、光に変わりゆくオークの姿があった。


 無言でオークの落としたポーションを拾う。

 グルグルと最悪の思考がよぎる。

 そんなハズは無い。

 それは万が一にも起こり得ないことだ。

 嫌な予感を振り切り、ダンジョンを出て、妻子の待つ実家に向かおうとしたのだが……出てすぐのところで足を止めることになった。


 ヘルメットごと無残に潰された頭部が、あの時は重厚過ぎるようにさえ見えた、鎧の中に埋まってしまっている。

 あの丸太のようなサイズの棍棒で、正面から叩き潰されたのだろう。

 酷い状態の遺体にすがり、ボロボロに泣き崩れているのは、自身も左腕を潰されてしまっている、あの生意気な少年だった。

 兄妹は揃って槍を折られてしまっていたが、見る限りは目に付く大怪我はない。

 いや、兄の方が脇腹を抑えているか。

 2人ともに沈痛な表情で、様子を見守っていた。

 一昨日、ダンジョンの入り口付近で挟撃を受けていた若者達だ。


「あっ!あの時の……」


 妹の方がオレに気付いたようだ。


「……ポーションは有るか?」


 こんな時、どう声を掛けて良いか分からない。

 気付けば、そんなことを聞いていた。


「ありません。ダンジョンに入る直前、急に黒い光が目の前に現れて。私達も必死で戦ったんですが……ポーションも手持ちは全部、使ってしまいました」


 その、赤く腫らした目を隠すこともせず、淡々と力無く答える女の子。

 無言で3本、ポーションをストッカーから引き抜き、半ば無理やり押し付けるようにして渡す。

 無意識にか、先ほどオークから得たポーションは避けていた。

 憎むべき仇の遺品に救われたくは無いだろう。


 仲間の惨状を思ったのか、今日は押し問答をする気はないようだ。

 兄妹で揃って深々と頭を下げてくる。


「なんでだ?…なんで!」


 なんで、もっと早く出てこなかったんだ?

 そう聞きたいのかもしれないな……。

 それに答えるべき言葉を、オレは持たない。

 つい先ほどまで泣き崩れていた、リーダーらしき少年の方を見ることはせず、オレはその場を足早に立ち去った。


 なぜだか、無性に息子の顔が見たい。

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