第34話・あなたを好きなわたしのこと

 うん、わたしにしては十分やったと思うんだ。


 まず校門前で待ち伏せ。

 今村さんに協力をお願いして一緒に登校してもらった。ほとんど朝一から、もー寒い中を待って、結構余裕ある時間に姿を現した秋埜は、わたしと目が合った瞬間回れ右をしてそそくさと去ってしまった。隣にいた今村さんが取り残されて、わたしと気まずく視線を交わしてたものだった。後で聞いたら裏から塀を乗り越えて入ってたらしーから、学校にはいるんだろう。


 昼休み。

 向こうからは来るまいと思い、四限目が終了すると同時に教室を飛び出して乗り込んだら、とうに姿を消した後だった。

 これまた今村さんに足止めをお願いしていたのだけど、聞く耳持たずに終業と同時にお財布だけ持って出ていったというから、徹底してる。

 そこまでわたしに会いたくないのかなあ。無理も無いけど。

 結局、それ以上協力してもらうと今村さんと秋埜の間がどうなるか心配にもなったので、役に立てないことを謝る今村さんには、もう大丈夫だからと一先ず手を引いてもらった。

 それでも、何かあったら協力するから、と言ってくれたのがありがたい。

 決め手が出来て後一押し、ってなったら手伝ってもらおうと思う。




 「今日はなかなか忙しく動き回っていたようね」

 「まあね。空振ってばかりだったけど」


 細かい事情なんか教えてはいなけど、気には掛けてくれてた様子の星野さんが、ホームルーム明けと同時に話しかけてくる。

 わたしも今日は打つ手無し、と諦めモードなので急ぐわけでもなく、そのまま雑談になる。


 「…何があったか知らないけど、鵜方さんが来ないと昼休みって気分にならないから、頑張ってね」

 「うん。でもそんなに責任感じることはないよ。わたしが迂闊なこと言ってしまったせいだし」

 「そう?ま、私の言葉にそんな影響あるとも思えないけど」


 そうでもないんだなあ、これが。多分、あの時星野さんにああ言ってもらわなかったら、秋埜はずっとわたしを待ちぼうけのまま、わたしが卒業してしまってなんとなく関係が途切れてたような気もするし。

 …なんだか大智のことを鈍感だのなんだの言う資格が無いわたしだった。


 大智、といえば今週末は緒妻さんがセンター試験だ。変なプレッシャーかけるのもなんだから連絡とるのは控えてるし、そーいうのはもう大智に任せてる…って内容のやりとりをLINEでやったきり。もちろん今のわたしと秋埜の状況なんかも知らせてない。

 だから、これは純粋にわたしの力だけで解決しないといけない。相談だの背中を押してもらうのだのは、もうこないだの三条美乃利と逢野さんにしてもらったんだしね。

 …って、思ってたんだけど、ねー……。


 「うん?何かあるのかしら?」

 「?」


 星野さんが教室のスピーカーを見上げて首を傾げてる。

 わたしもそちらに注目すると、声がこれから出るぞー、って予告するような例の、ザザザ、って音がしてた。

 なんだろ、とわたしも耳を傾けると、聞き覚えのある声で。


 『ぴんぽんぱんぽ~ん』


 ………。

 そして、そのまま途切れた。


 「…ねえ、これって」

 「…分かってる。…しゃーない、出頭してきますか」

 「やっぱりか。まあよく分からないけど、お大事に」

 「ありがと。今週いっぱい出かけてるって聞いたんだけどなー」


 帰ってきてたのか。それとも秋埜の様子聞いてさっさと戻ってきたのかな。

 わたしは帰り支度を済ませて、まだ何か残る様子の星野さんに手を振って教室を出た。




 「中務でーす。お召しにより参上しましたー」


 やる気はあるけど気負いなく保健室の扉を開ける。

 中ではスーツ姿の相原先生が、いつものポジションで待ち構えていた。ホントに途中で帰ってきたのか、この人。


 「来たわね。じゃあ今から行きましょう」

 「行く?どこにです?」


 わたしの姿を見ると同時にヴィトンのボストンバッグを手に立ち上がり、火の気のない保健室を出て行こうとする。


 「秋埜のトコに決まってるでしょうが。知らないとは言わせないわよ」


 え。どーせ週末は会いに行っても無駄だろうなあ、と思ってじっくり作戦錬るつもりだったんだけれど。いきなり言われてもなあ。

 ていうか、思うんだけど、この人どこから秋埜の状況とか情報仕入れているんだろ。


 「本人から直接連絡来てたのよ。『センパイにきらわれた』ってね。あんた何を言ったのよ、あの子に」

 乱雑な手付きで保健室に鍵をかけながら言う。わたしが悪いの確定ですか。間違ってはいないけど。

 「わたしの思い込みと先走りで秋埜の気持ち無視して傷つけました」


 ピタ。

 先生の動きが止まる。けどそれも一瞬で鍵をかけ終えると、わたしに向き直って真剣な顔で言う。


 「…自覚があれば何言っても許されるってわけじゃないわよ。このガキ」

 「生徒に向かってガキ呼ばわりは問題あるのでは?」

 「今の私は秋埜の母親代わりよ。自分の子を可愛がって何が悪い」


 それで他所の子を罵っていいわけじゃないんだけどなあ。

 けど母親代わり、ってのは気に入った。

 わたしは素直に、すみませんでした、と頭を下げる。


 「…止めなさいよ、あんたにそう下手に出られると悪いことしてる気になる」


 そーいうつもりは無いんですが。

 けどまあ、謂われがあるといっても一方的に糾弾されるのが楽しいわけじゃないから、それには黙って先生の後に続く。

 先生は職員室に保健室の鍵を返すと、私をひきつれて職員用駐車場へ向かった。

 生徒を連れていっていい場所じゃないとは思うんだけど、そこまで気が回らないのかもう立場をスイッチしてるのか。

 まあいいや。秋埜の顔が見られる、かもしれないなら、ついて行っても構わないか。

 けど一応は家には連絡入れておこう。また寄り道になるので何を言われるか、とは思うけど、先生と一緒だと協調しておけば問題ないよね。


 そして駐車場の、相原先生の車はなんだかお洒落で、けどなんだか猛々しい感じの外車だった。車のことはよく分からないけど先生のイメージに合ってるような気がする。


 「ほら、そっち」

 「あ、はい」


 外車なのに運転席は右側なのがなんだか外車っぽくなくて、でも乗り込んでみたらぎゅっと体が押さえつけられるよーな座席が、ちょっと気持ち良かったりした。


 「……あのー、センセ?安全運転でお願いしますね?」


 …なんだけど、運転席に乗り込んだ先生の顔はなんだかとても厳しくて、身の安全に微妙に不安を抱く。


 「………」


 無言。えー、わたし無事に家に帰れるんだろーか。

 でも運転自体はしごく普通の様子だった。信号で停車する度にイライラと左手の下にあるレバーをがちゃがちゃいじってたけど。

 まあそれでも、車なら秋埜のトコのマンションまでそう時間がかかるわけじゃなく、十数分でマンションに着くと、


 「ほら、わたしは車止める場所探してくるから先いってなさい」


 と、放り出されてしまった。どーしろっての。無責任だなあ。

 ぼーぜんと見送るわたしを置いて、先生は行ってしまった。困った。

 …とはいってもね。まさか今日来る羽目になるとは思ってなかったけど、どーせ向き合うつもりではいたんだ。

 わたしは三度目になる秋埜のお宅訪問に、マンションを見上げてため息をつきながら、取りかかるのだった。




 「あーきのー。わたしー。開けてー」


 ドアホンのボタンを押して呼びかける。


 『………』


 無言だった。それはそうか。

 でもインターホンを切る様子もないから、多分聞いてはいるんだと思う。


 「その、わたしの顔も見たくないなら開けなくてもいいから。声も聞きたくないなら切ってしまって構わないから。だから聞いてよ。いい?」

 『………(こくん)』


 中の様子までは分からないけど、秋埜が頷いたような気配はした。

 大丈夫。わたしが自分で切ったと思ってた繋がりは、まだ秋埜が離していない。ありがとう、秋埜。


 「この間はごめん、わたしが悪かった。秋埜の気持ちとか、そんなもの無視してわたし一人で突っ走ってた」


 この言い分含めて、自分一人で空回りしてるよなあ、わたし。

 きっと秋埜からしてみれば何を勝手なことを言ってる、って思ってるんだろうね。

 だけどきっと、ここから始めないといけないんだ。

 わたしのため。

 秋埜のため。

 がんばろう、わたし。


 「…あのね。秋埜が知らないだろう話をこれからする。っていっても近所の人に聞かれるとちょっと恥ずかしいからさ。もし秋埜がイヤじゃなかったら、中に入れてくれないかな?顔合わせたくないんなら違う部屋にいてもいいし。だめ?」

 『…………』


 ちょっと悩む様子。

 わたしもずるいなあ、って思う。わたしの体面を盾にして秋埜にドアを開けさせようとしてるんだから。

 でもこれで開けてくれるんなら、秋埜はまだわたしのことを諦めてはいない気がする。賭けかもね、これは。


 『…………鍵あけます。三十秒したら入ってきてください』

 「ありがとう」


 最初の賭けには、勝ったみたい。

 一度インターホンが切れて、扉の向こうに秋埜が来る気配。

 それから、解錠の音がやけに高く鳴る。あーもう、今すぐこの扉開けてしまいたい。開けて秋埜の顔を見たい。そしてぎゅうって抱きしめて、わたしの気持ちをぶちまけてしまいたい。


 『…ちゃんと三十秒経ってから入ってきてください』


 でもこれは約束だから。わたしから破ることは出来ない。


 『……………』


 ちょっと逡巡した様子の後、廊下を歩き去った気配がした。

 わたしは心の中で三十秒、きっちり数える。多分気持ちが逸って早く数えてしまっただろうから、更に十数えて、扉を開ける。

 キィ、と軋んだような音がして扉は開き、わたしが玄関に入って扉から手を離すと、やけに大きな音がして扉が閉まった。


 「…お邪魔します」


 なんだかいつも通りのあいさつも他人行儀に響く中、わたしはつい今、秋埜が歩いていった廊下を進む。

 居間に入った。秋埜の姿は見えない。

 わたしはとりあえず、コートも脱がないでソファに腰掛けた。


 「…センパイ、三十秒より長かったっす。そんなにうちの顔見たくないんですか」


 …秋埜の声。キッチンから聞こえた。

 わたしはそれだけで胸が締め付けられる。

 でも、今はまだダメだ。

 胸元に手を当てて、わたしは心を鎮める。


 「秋埜が許してくれるなら、今すぐそっちに行って秋埜の顔を見るよ。でもまだダメなんだと思うよ。わたしも、あなたも」

 「許すとか許さないとか…そんなことセンパイにはないです。でも言いたいことがあるなら言ってください。聞いて、あげますから」

 「うん。ありがとね、秋埜」


 きっと膝でもかかえて、暖房も効いてない部屋の中、フローリングの床に冷やされてるんだろうなあ。

 早く二人で暖まりたいな、って思う。


 「…あのね。わたし、星野さんに教えてもらったんだ。わたしが秋埜のことを、好きなんだって」

 「………センパイ、口ばっかりじゃないすか。何度もうちのこと大好きって言ったくせに、うちの好きと違う好きばっかり」

 「そうだね。でもわたしが気付いた、秋埜のことが好き、って思いはやっぱり秋埜がわたしに言ってくれた『好き』とは違うと思うんだよ」

 「………っ」


 動揺を隠さない秋埜。誤解させてしまってるかもしれないけれど、これはわたしの本心だから、秋埜に偽ることは出来ない。


 「昨日ね、この間わたしたちと揉めた、三条美乃利たちに会った。秋埜にひどいこと言ったわたしを見て、笑いにきたんだ」

 「…っ!…あいつら……」

 「そうじゃないよ、秋埜。そうじゃない。わたしは笑われて当然のことしたんだもの。だからわたしは笑われて、あの人たちがどんな思いで一緒にいたのか、思い知らされた。それでわたしは、秋埜と一緒に居たいんだって、思うことが出来るようになった」

 「………」


 意味が分からない、とでも考えてるんだろうなあ。わたしだって、これだけで説明が済んだとは思わないもの。

 でもね。この際過程のことなんかどうでもいいんだ。

 大事なことは、わたしが秋埜と一緒に居たい、その気持ちだけ。


 「秋埜。顔を見せてよ。わたしは秋埜と一緒にいると、ずっと幸せになれる気がするんだ。わたしの隣にいて欲しいのは秋埜なんだって、心の底から言えるんだもの」

 「そんな言い方でうちがセンパイを許すと思うんですか…っ?!」


 うん。やっと本音を言ってくれたね。

 それでいいんだと思うよ。わたしは秋埜が許せないことを言って、秋埜にひどいことをした。

 だから、絶対に、秋埜がわたしを許す、ってことを経ないと、一生わたしは秋埜に向き合えないんだ。

 弁解っぽくはなるけれど…わたしは、わたしの「好き」を語る。


 「秋埜。わたしはあなたのことが好きだよ。朝起きた時にまず思い出すのは秋埜の顔だし、お昼休みに秋埜が教室に来ないと、とても寂しい。放課後は一緒に帰ろう?今村さんも一緒に騒ぐのは、本当に楽しくて、また明日って別れた後も、何度も振り返って秋埜の姿を確認したいよ。それから夜、ご飯も食べて落ち着いた時には電話で話そう?そんなこと学校でやればいいじゃない、って思うかもしれないけど、学校でだけじゃ時間が足りないもの。つまんないことだっていい。秋埜とお話していれば、どんなことだってわたしは嬉しくなれる。寝る前には秋埜のことを思って、ドキドキしながら横になるんだ。それで寝不足になっても構わない。秋埜のことを考える時間は、わたしにとってとても大切な時間なんだもの」


 …なんだかなあ。わたし、自分のことしか言ってないや。


 「そんなことをずっと続けていきたいな、って思うんだ。それがわたしの『好き』。秋埜の『好き』とは違うかもしれないけど、それはこれからいっぱい話して、二人で揃えていこうよ」


 でも、今わたしの出来ることは、これで以上。

 秋埜が許してくれるのかどうかなんか分からないけれど、許してくれないとしても、だ。わたしはわたしを続けていく。そうまでしても、わたしは秋埜が欲しい。


 「………センパイ」


 それでも。秋埜は顔を見せてくれた。

 あー、秋埜だ。わたしの好きな、秋埜がいる。かわいくて、どこか弱くて、小学生の頃にわたしが助けずにいられなかった時と違って今ではわたしよりも背が高くなってしまったけれど、やっぱり、秋埜だ。


 「……センパイ…麟子センパイ」

 「うん」


 わたしを睨みながら、名前を呼ぶ。

 そして、ゆっくりと、ではあったのだけれど、わたしに近付いてきてくれる。

 それが怒りによるものであっても、わたしは構わない。秋埜が、わたしの手に届くところにいる。どんな思いで彼女がいたとしても、それはわたしにとっての喜びなんだ。


 「…麟子、センパイ」


 …そうして、最後まで、わたしのことを呼びながら、わたしの前に立った。


 「秋埜」

 「ハイ」


 わたしより背の高い秋埜の前に、立った。


 「…何でもいいよ。怒るのでも、嫌うのでもいい。声をきかせて欲しいな」


 真っ直ぐに見上げながら言うと、秋埜はわたしと合わせた目の中に、ほんのちょっと郷愁に似た色をにじませて言った。


 「…センパイ。口先ばっかりじゃないすか。本当にうちのことだけが、うちのことが一番好きだっていうなら。キス、してください」


 「うん」


 返事よりも先に秋埜をソファに押し倒した。


 「ええっ?!セ、センパぁイ…ちょっと、これはその…はっ、早すぎません…?!」

 「秋埜がキスしろって言ったんだよ」

 「いいっ、言いましたケド…その、こんないきなりとか…」


 わたしの腕に抑えられて秋埜はもがくけど、逃がしたりしない。だって、わたしは秋埜とキスが、したいんだもの。


 「…本当にイヤならしないよ?」

 「あのっ…イヤじゃないんすけど…その、うちにもちょっと心の準備とゆーものが…」

 「うん。待つ。秋埜がわたしのことを待ってくれた分くらい、待つよ?」


 そうして、体の下の秋埜をじっと見る。制服はまだ着替えてなかった。

 だから、なんだろうけど。一日身にまとっていた制服からは、上気した秋埜の体温で余計に、秋埜のにおいが沸き立つ。


 ごくり。


 思わず、息を呑んだ。

 ブラウスの一番上のボタンは外されて、秋埜の首もとが見えてた。

 汗、かいたんだろうな、って思うと我知らず胸が高鳴る。


 「…あ、あの……麟子センパイ?うち、まだいいとは言って……」


 うん、言ってないよね。言ってないけど、キスじゃなくていいから、秋埜が欲しい。

 わたしは秋埜の首もとに、顔を寄せる。寄せるとその分、秋埜のにおいが強くなる。


 …そうしてわたしはもっともっと、秋埜が欲しくなる。


 「…せ、せんぱぁい……あのっ……」


 すんすん。

 小さく鼻を鳴らして、隙間しかない距離で、秋埜のにおいをかいだ。


 もしその露わな肌に唇を寄せたら。


 あるいは、舌で汗のあとを舐めとったら。


 そして、甘く、首すじを噛んだら。


 …秋埜はどんなかわいい声を聞かせてくれるんだろう……?


 思ううちに、秋埜が、わたしをゆるす。


 「………りんこ、せんぱい……いい、で、すよ……?」


 もう、完全に蕩けてしまった秋埜の声。


 わたしのりせいはふっとんだ。




 「…なにやってんのよ、あんたたち」


 ……………ちぇっ。忘れてた。

 顔だけあげて、玄関に続く廊下への出口を見た。

 相原先生が、呆れたように…と思ったら、顔を真っ赤にしてわたしたちを見ていた。意外と初心いトコあるなあ、このセンセ。


 「先生、あと五分でいいですから席ハズしてもらえないですか?」

 「出来るわけないでしょーがこの風紀紊乱娘。あんた秋埜に何するつもりだったのよ」

 「何って。見て分かりません?」

 「センパイ…あの、ちょっとマズいんで…」


 残念。秋埜が我に返っちゃった。

 わたしは体を起こして解放すると、秋埜は慌ててソファから立ち上がり、髪を手で撫でつけると、わたしから離れて対面の席に腰を下ろした。なんだか歩きづらそーにしてたのが、とっても色っぽかった。


 「……まあ仲直りしたのはいいんだけどね。そういう真似するならせめて高校卒業してからにしなさい」


 先生は、腰に両手をあててお冠の構えで、わたしにとっては聞き入れられないことを言う。

 でもねー。


 「…先生、それは身内としてですか?それとも学校の先生としてですか?」

 「教師としてに決まってるでしょうが。不満でもあるの?」


 いえいえとんでもない。

 …身内としてなら無下には出来ないけど、ガッコーのセンセイの言うことなら逆らってナンボだもんね、と不良みたいなことを思って、内心でガッツポーズするわたしなのだった。




 あとは和やかに時間を過ごした。

 秋埜とわたしはなんというか、すっかり元通りで、いつもより秋埜が距離を詰めてきてたような気はするけれど、先生の手前それ以上ひっつくこともなくって。

 わたしの方も、頭が冷えてしまえば仲のいい後輩との距離を測りかねてる先輩、って姿に戻って。

 先生はまあ…教師としての顔と、秋埜の従姉妹としての顔をいったりきたりしながら、駐車場見つけるのに時間がかかったもう少し遅れてたらえらいことになるとこだったと、並んで座っているわたしたちに言わなくてもいい愚痴をこぼしてた。


 秋埜が煎れてくれたお茶を飲みながら、そんな先生の言葉を無視して秋埜の顔を見る。

 そして秋埜もこちらを見ていたから、間近で目が合った。


 「………っ?!」


 秋埜の頬に、さっと朱がさす。照れてる。かわいーなあ、もう。


 …まあ、そんな感じで、能天気にもわたしと秋埜はなし崩し的に、元通りになった。

 元通り…じゃないよね。

 前に進んで、スタートラインに立ったんだ。


 そんな風に思える、一日だった。

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