第24話・「Re」ってつけたってやり直せるわけじゃない

 「あの、大智?どういうこと?」


 って、それはまー、思わず冷静にもなるよね。

 言ってはいけない気持ちを自覚したのは昨日のことで、その当の本人から突然の電話。

 何が始まるのかとドキドキしてたら、謝りたい、って。何ごとだっての。


 「事情も分からないで謝られても。むしろわたしが謝ら…」

 『俺、付き添いしてもらってた間、リン姉が俺の言うこと聞いてくんなくてふて腐れてた。リン姉もわざわざ違う学校から来てくれてたのに。ほんっとーに悪かった。ゴメンっ!!』


 スマホの向こうで頭を下げる音が聞こえてきそうな勢いだった。

 ………。

 いやね。言いたいことは分かったよ?

 でもね、大智の態度がどーのこーのって言っても、結局わたしが大智のためにしなければいけないことがあって、わたしがそれを出来ていなかったんだから。逆にわたしの方が謝らないといけないんだって。


 「そういうことならさ、大智。わたしだって謝らないといけないことあるんだから」

 『え、リン姉に悪いことなんかなんもないって』

 「いいから聞いてよ」

 『うっ、うん…』


  だから、聞き分けのない大智への苛立ちを呑み込んで、噛んで含めるように言い聞かせる。


 「大智。わたしはさ、大智と二人で歩けることに浮かれて、大智がケガをして助けが要るってことを忘れてた。自分のことしか考えてなかった。だから、大智が怒っても仕方ないって思ってる。そりゃあね、口も利いてくれなくなったのはちょっと堪えたよ?でも落ち着いて考えてみたらさ、わたしは大智のサポートをしに行ってたのに、その役に立たないんじゃあ、わたしが大智の隣を歩いてた意味が無いもの」


 自分で言っておいてなんだけど。本当にわたし、何やってたんだろうなあ、って思う。

 テスト期間中だってことも半ば忘れてたわけだし、あのテストの結果はまあ、わたし自身に対する覿面な天罰なんだろうなあ。


 …あー、落ち込んできた。きっとご飯食べて一晩寝て、明日秋埜の顔でも見れば立ち直れそうなくらいの落ち込み具合だけど、あんまり気落ちしたところを大智に気取られるのも、面白くないものね。


 「そういうことだから。別に大智が謝らないといけないことなんかないよ?気にしなくてもいいから、ね」

 『…うん』


 なんだか久しぶりに聞いた、自信のなさそうな大智の声。わたしの後ろに隠れて弟分やってた時期を思い出して、ちょっとほっこりする。


 『…わかったよ、リン姉。それじゃあ、仲直りってことでいいかな?』


 …んっ、くう…くそぅ、やっぱりわたしは大智が好きだってことを思い出すじゃないかあ、そんな言い方。

 心も体も、すっかり見違えるくらいに大きくなったあの時の男の子。なんだかなあ…わたし、自分を持て余してる。本当にどこに行くんだろ。


 「いいよ…ううん、そうじゃないね。ありがとう」

 『いやこっちこそ。…って、はー…ホッとした。なんかリン姉とケンカみてーなことになったのって始めてだったし。俺ビビりまくってたもんなー』


 あはは。大智も結構可愛いとこあるよね。

 本当はわたしの方が…その、散々醜態さらしてたものね。とても言えないけど。


 ずきり…。


 …微かに胸が疼く。これはきっと、わたしが忘れたらいけない疼き。でも、大智の声を聞いてしまうと、目を背けてしまう。


 「…でもどうして突然謝ってきたりしたの?大智にしては殊勝ってとこだよね」


 だから。


 『あーうん。実は、昨日の夜散々叱られてしまってさー』


 これはきっと。


 「へー、誰に?」


 そんな大事なことを忘れてしまおうとしているわたしへの、罰なんだろう。


 『オズ姉に。めちゃくちゃ怒られた。わざわざ来てくれてるリン姉になんでそんなことを言うのー、って』


 …そっか。

 やっぱり大智は、そうなんだよね。



 ・・・・・



 「おはよーございます、麟子センパイ。今日はうちが出迎えてみましたー…って、どしました?」

 「えあっ?!…ああ、うん。何でもない。おはよ、秋埜」

 「…何でもない、って顔じゃないすけどね。あんま寝てません?」

 「うーん…どうだろ。疲れてたからすぐ寝入ってたとは思うけど」

 「そすか。じゃあまたお昼に。迎えにいきますねー」

 「…うん。待ってる」


 一際大きく手を振って、秋埜が校舎に小走りで駆けてく。

 一緒に行けばいいのに、とも思うのだけど、何か後ろめたいというか後ろ暗いというか、そんな感情が渦巻いてて、秋埜の顔を真っ直ぐに見られなくなってる。

 けど秋埜は、わたしがそんな風になっててもあまり変わらない。

 大智の送り迎えをしてた時こそ随分あっさりとしてたものだけど、わたしがみっともなく秋埜に泣き顔を見せてしまってからは…なんだかそれ以前の、それこそ秋埜がわたしに告白する前のように戻って、でもわたしはそんな秋埜とどう距離をとればいいのか、分からなくなってる。


 なんだかなあ…好きとかそういうことを抜きにしたって、秋埜とはいい友だちでいたいと思うのだけれど。わたしの方が迷っているんだよね、きっと。

 うん、秋埜の言う通りだ。わたしの問題は、まだ解決なんかしていない。

 …そして問題は、その問題をどーやって解決すればいいのか、わたしには皆目見当がつきそうもないことなのだ。




 「センパイセンパイ。今日はうちで晩ご飯食べていきません?」

 「え?」

 「うち、今日父親が急な出張でいないんすよ。急に言うもんだからご飯一人分無駄になっちゃって。どーです?」

 「あ、うん…どーしよ」

 「おー、先輩もついにあっきーのものになっちゃうのかー」


 今日は最初から開き直って学食の利用だったりする。

 今村さん…はまあ、昨日と同じくうどん、にかき揚げ。秋埜がラーメン。わたしは、というと実はこの学校の学食はコスパが良いのは確かなんだけど、お安い方に、じゃなくって同じ金額で量の方に振っちゃっているので、メニューの選択に難儀するのだ。

 なので、軽くカップサラダとおにぎりなどを。


 この時間では三人掛けの席を確保するのも簡単ではないのだけれど、金曜日の今日は購買のパンのラインナップがいつもと違うため、お昼ご飯を学校で調達する組はそっちに流れてて、意外と人の入りは多くない。

 ちなみにこの話を一年生の秋埜と今村さんに教えてあげたところ、とっくに知ってますと言われたのは先輩としてのプライドをいたく傷つけられた痛恨事だったりする。やっすいプライドだなー、とか言わないでほしい。

 そしてそんなわたしの傷心を揺さぶる秋埜の申し出。さて、どーしたものか…。


 「人ごとみたいにいわんでいい。もっちーも呼んでんだから」

 「ほえ?」


 あれ?そうなの?


 「同じマンションなんだから遠慮すんなってーの。ね、センパイ?」


 と、今村さんから隠れてる方の目でわたしに目配せ。ていうか、優雅なウィンク。なるほど、昨日の埋め合わせをわたしにさせようって魂胆、ってことね。

 そこまで気を遣われては無駄に出来ないし、今村さんを邪険にしてしまったことについてはわたし自身も、何か罪滅ぼしが要るなー、って思ってたからもっけの幸い。


 「そうね。ご飯会みたいになるし、だったらわたしも何か作っていこうか?」


 言ってみてから、うんこれは楽しくなりそう、って自分の思いつきをちょっと自画自賛。


 「ほらー、センパイもこー言ってるんだからさー」

 「お、おう。それはありがたやありがたや…でもごめんなー、今日は行けないや」

 「え?なんで」

 「そーだよ。遠慮しなくてもいいのに」


 それがわたしの本心からの言葉ととってくれたのだろうか、今村さんは頭をひと掻きしてからパンッ、と音も高く両手を合わせて伏し拝み。


 「…うちのおかんがなー、珍しく早く帰ってくるので一家揃って外食しよーって話なのさー。弟二人が楽しみにしてたんで、自分だけ外れるってわけにいかなくてなー?」

 「…あー、そっか。それじゃ仕方ないな」


 秋埜が珍しく口をとんがらせて残念がる。


 「そうね…今村さん、弟いたの?」

 「いますよ?二人くらい」

 「くらいって何だ、くらいって…」


 秋埜が今村さんのてきとーさに呆れてた。

 何て言うか、わたしもこの子のこーいうアバウトっぷりというか、差し障りのないいい加減さというか、そういう性格にも段々慣れてきて、あんまり力入れないで付き合える子なんだよね、って思いは強くなってる。

 秋埜とは何だかとても、友だちというだけじゃなくてそれ以上のナニカになりかけのようなそうでもないような、ややこしい関係に踏み込んでしまってる最中なので、こういう今村さんのほやっとした存在は、なんだかとてもありがたいのだった。


 「でもそれじゃあ、仕方ないか。秋埜?また今度にしよ?」

 「何言ってんすかセンパイ。そもそも用意した晩ご飯の始末って話なんですから、センパイだけでも来てもらいますよ?」

 「…はい?」


 ちょっ、今村さんに贖罪する機会だったんじゃないのっ?!

 いきなりそんな方針転換されても心の準備がっ…。


 「…先輩先輩。いよいよあっきーとのはじめての夜ですな?」

 「ちちちがいまっ…ひゅっ?!」

 「噛みながら言っても説得力ないですぜ?」


 うわぁ…変なコト言われたせいでモロバレするくらい顔が赤くなってるぅ…困った…。


 「…そんなわけあるか」

 「あだっ」


 …わざわざラーメンのどんぶりを横に除けたお盆で、今村さんにツッコむ冷静な秋埜だった。

 

 それにしても。

 秋埜の家でご飯かあ。

 それも、二人っきり…困ったような、楽しみなような。

 何か引っかかるものを抱えつつも、午後の授業が上の空になるわたしだった。

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