第21話・だめなひと(それ、わたし)

 一回目。


 「ちょっと!なんでこんなとこで待ってんだよリン姉!」

 「え?」

 「校門の前でなんか待ってたら他のヤツに目をつけられるだろ?!ほら、付き添いはいいから早く早く!」


 と、わたしの背中を押して追いやろうとする。

 …学校終わってすぐに駆けつけてきてやったのに、なんて言い草だろーか。


 「…ったく、前だってウチの先輩にナンパされてたのに、リン姉も懲りねーっつーかなんつーか…」


 ああ、そういう。

 でも別にそんな心配しなくても、もう自分がイヤならイヤってはっきり言うから大丈夫だってば。


 「心配してくれるのはありがたいけどね、大智。わたし小学生の頃にそんなこと言ってくれたことないでしょ?だからだいじょーぶよ」

 「小学生の頃、じゃないだろーが。立派におっきくなってんじゃん」


 そういう意味じゃないんだけどね。

 でもいいか、と大智から奪うように荷物を受け取ると、松葉杖でぎこちなく歩き出す大智と並んで歩く。

 えっちらおっちら。

 擬音をつけるならそんなところの、一生懸命だけど悲壮さのない歩みの大智は、当たり前だけど普段の歩幅からするととんでもなくゆっくりだ。

 わたしはそんな大智の歩く速さに合わせるように、意識してのんびり足を運ぶ。

 そんな今が、ほんのちょっぴり嬉しい。


 「…なんか今日はえらく機嫌いいのな、リン姉」

 「そう?」


 まあそうかもしれない。


 「…なんか大智に合わせてわたしが歩くなんて、随分久しぶりだなあ、って懐かしくなってたから。それでじゃないのかな」

 「今は違うって?」

 「今は、ねー…」


 あんまり今の自分のことなんか考えたくないんだけどな。

 けど、それを確認することを誰かが欲してる気がして、わたしは思ったことを素直に言葉にする。


 「…あんまり大智が早く歩くから、諦めてしまった、って感じかな」

 「そこまで違わないだろ。大体俺だって、リン姉らと一緒の時はちゃんと気を遣って歩いてるぞ」


 …そーいう意味じゃないっつーの。

 わたしは結構、やさぐれた。




 病院までバスを乗り継いでいって大体三十分。

 それに比べれば、診察室に入った大智が出てくるのは、割と早かった。


 「もう終わり?」

 「今日のところは。あと薬だけもらえば帰れる」

 「そっか」


 預かってた大智の荷物を担いで、ベンチを立つ。重い…なんで男の子の荷物ってこんなに重いんだろ。


 「悪い、リン姉。重いだろ?」


 わたしのそんな様子に、申し訳なさそうな大智。緒妻さんが同じことをしてもそんな風に言うのだろうか。

 考えても仕方のないことを思いわたしは、だいじょーぶ、と強がりであることを隠すように大きな動作で荷物を担ぎ直す。

 大智の物言いたそうな顔を、なんとなく無視していたくなった。




 二回目。


 「別に学校の前にまで迎えにこなくたっていいってば」

 「誰かに声かけられる心配なんかしなくたっていいわよ。大体、こんな重い荷物持ってバス停まで歩けるわけ?」

 「教室からここまで来られるんだから、問題ないっての」

 「無理しないで任せてよ、もー…」


 そんなにわたしがここで待ってると困るのかな。大智のことだから、言った通りにわたしが他の男の子に声かけられるのがイヤなんだろうけれど。

 そう思うとなんだか大智がいじらしくなって、ついにやにやした顔で、その高い位置にある顔をのぞき込んでみたりする。


 「…変な顔で見るなって」

 「変、ってどーいうことよ」

 「どう、と言われても…なんかいやらしいというか、とにかくそんな顔すんなっての」


 なんでよ。ちょっと大智と歩いてるのが楽しくなっただけじゃない。

 それはまー、こんな状況で抱いていい感想じゃないかもしれないけれど。

 …と、ぶんむくれのわたしの顔を見て、大智は気まずそうに言う。


 「ごめん、言い過ぎた」

 「…うん」


 わたしも謝ることが出来れば良かったのだけど。意地をはる時と場所が、たまに選べなくなる。




 「今日は結構時間かかった?」

 「あ、悪い、言ってなかったっけ。今日から診療の他にリハビリと筋トレのチェック入って、実際にやってみてるから。一時間…まではかかんないけど、大分待ってもらうことになるんだよ」


 前回と違って、今日からはいろいろとやることが増えるみたい。

 待ってるのはキライじゃないけど、最初に言っておいてくれれば時間つぶしに文庫本でも持ってきたのに。スマホでゲームはしないわたしは、そんなに退屈をしのぐ手段持ち合わせてないし。


 「そっか。大智も大変だね」

 「ケガしたのは自分がわりーだけだし。それより時間使わせてわりーから、無理して来なくてもいいんだぞ?」

 「無理なんか、してないって」


 軽く、言った。大智の顔が、あんまり見てられない風にゆがんでた。




 三回目。


 「だーかーらー、校門で待ってるなって言ったじゃん」

 「わたしは別に構わないってば。それとも、わたしと一緒にいるところを見られると困る女の子でも、いるの?」

 「オズ姉なら全部承知の上だろ?誰に見られて困るってんだ」


 わたしの抗弁なんかほとんど言いがかりに近い。大智がわたしを気遣ってる、っていう自信もなんか無くなってきた。

 だって、わたしの顔を見て最初に示す表情が、なんだか困った風じゃなくって、怒ったように見えてきてるから。




 「おかえりー」

 「ん。荷物頼むわ。帰ろうぜ」

 「…うん」


 素っ気ないのは構わないんだけど。顔くらい見て欲しいな。




 四回目。


 「………」


 もう大智は、わたしを校門でみかけてもなにも言わなかった。

 肩をすくめてため息をつくだけ。


 「…女の子の顔みてしていい態度じゃないと思うんだけど」

 「リン姉、言うこときいてくんねーし」

 「わたしがやりたくてやってることに文句つけないでよ」

 「…わりー」




 「おつかれー」

 「おー。帰ろっか」

 「………うん」


 その後、会話は一言もなかった。



 ・・・・・



 五回目。


 …の前の日。


 『お麟ちゃん、明日からは私が行けるみたいだから』

 「…分かりました」


 …正直、助かったという思いはあった。

 大智と一緒に歩いているのは楽しい、と思っていたのだけれど、何を考えてるのかよく分からなくなって、会話が交わらないのだ。

 何も話してなくて息詰まる、っていうのがこんなにもキツイのだと思わなかった。


 『引き継ぎしないといけなこととか、ある?』

 「いえ、特には…大丈夫です。あ、大智の診察の時間結構長いから、勉強の道具とか持っていくといーかもしれないです」

 『それは息抜きにならなくって気が詰まりそうね。買ってそのままになってる本でも持っていくことにするわよ』


 ころころと楽しそうに笑う緒妻さん。

 大智が病院に担ぎ込まれた日のように、切羽詰まった感じはしない。受験勉強の方が落ち着きでもしたんだろうか。


 『そうねえ、お麟ちゃんに楽させてもらったから、頭の整理がついたみたい。爺さまもちょっとは理解してくれたし。大智と私を最初にくっつけようとしたのは爺さまの方でしょ、今さら何を言ってるの、って文句言ったら折れちゃった』

 「あ、あはは…」


 折れたって、何を折ったんだろうか…と、物騒な絵面が脳裏に浮かんだ。


 『…とにかく、明日からは私が送り迎え出来そうよ。お麟ちゃん、今までありがとうね』

 「…はい。大智によろしく」


 わたしはスマホを投げ出して、ベッドに寝転がる。


 …秋埜は今何をしてるんだろうか。


 昼休みはいつも通りに、あるいは時折今村さんとも一緒に過ごしているけど、気のせいかこれまでのようにわたしに絡む…っていうと変だけど、先輩後輩の間柄をすっ飛ばすような迫り方をしてきてない。

 そう、わたしが守っていて欲しい、って思っていた線をきっちり守っているのだ。

 物足りない、っていうか…なんだろう。

 何かが変わったかもしれない、って期待が実はそうじゃなかった時の、失望?

 …上手く言葉に出来ない。

 最近は秋埜がわたしに示した、わたしの問題、とやらにだって思い煩っている暇がない。そのことについてどう思っている?って秋埜に聞いても、「さあ?センパイの問題ですし」と、わざとらしいくらい冷たく突き放されていた。


 「どーすりゃいいってのよ」


 誰に聞かせるでもない呟きだったけれど、一人でもいいから聞いてくれる人が、欲しかった。



 ・・・・・



 五回目の、当日。


 わたしは、やっぱり大智の学校の校門を見ていた。

 もちろん、そこで大智を待つわけではなくって、大智と緒妻さんが連れだって出てくるのを物陰で待っていたのだけど。

 なんでそんな真似をしているのか、と問われて聞かせられる答えなんか持っていなかったけれど。そうしたいと思ったから、としか言えない。


 「まるでストーカー、よね、これは…」


 まるで、じゃなくてそのものっすよ、と誰かがわたしのアタマの中で囁いていた。

 うるさいな、ほっといて。

 そんなバカな真似をしているうちに、大分まばらになった下校する生徒の群れの中に、二人をみつける。

 相変わらず仲の良さそうな様子…というのとも、ちょっと違った。

 むずがるような、苦笑するような大智、っていうのはわたしが相手の時とそこまで違うとも見えないのだけれど、緒妻さんが大智の歩く速度に合わせて、周囲の様子にきちんと心を配っているのだ。

 大智が段差を越えようとすると、緒妻さんは松葉杖が引っかからないようゆっくりとその先端を誘導しているし、ガードレールがない場所では緒妻さんの方が車道側に立って、誤って転んでしまわないようにサポートしている。

 大智が疲れた風に見えるとさりげなく足を止めて休憩し、バスに乗ろうとしてた時には先にバスに乗り込んで、ケガ人が乗るからと運転手さんに待ってもらうようお願いしていた。


 …何一つ敵わないじゃない。

 二人の乗ったバスを見送ってわたしは、唇を噛んだ。

 わたしは、大智と一緒に歩けることを喜んでただけで、一つも大智のためには出来てなかった。

 自分のことしか考えてなかった。

 助けになんか、なっていなかった。


 「なーにやってるんすか、あなたは」


 呆然となって、帰ろうと振り返った時、わたしの後ろにいたその人影が、呆れたように言った。

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