第67話 『無慈悲なる鉄槌の業火』

 リンドウとオニキスの衝突によって生じた狂気の波は村の外にまで拡大していく。狂気は黒い風となって大地を這うように吹き通る。風に当てられた者は一瞬の違和感を覚えながらも気に留めることはせず、戦いに身を投じていく。ここは戦場で、彼らは兵士なのだから利口な判断だ。激化していく戦場で手足を止める行為は命を投げ捨てるのと同意である。


 だがそこに理性は欠如していた。闘争本能にただ従って己が力を奮い、餌を貪る獣の如くただ眼前にある標的の命を狙う。そこには軍隊にあるべき統率力がない。本来なら戦場で統率を失えば士気を保つことができずに崩壊するのが道理。しかし狂気が支配するこの領域ではそんなことは関係ない。彼らの飢えを癒すのは命の奪い合いだけである。


 その戦場を巨大飛空艇からミリアは見下ろす。戦場を俯瞰していた彼女だからこそ戦況の変化を敏感に捉えていた。


「魔王軍の勝利は揺るぎないものですが……」


 戦場を渦巻く狂気の波が人間に撤退の二文字を失わせていることにミリアは気付いた。撤退や逃走を図ってくれたらそれだけ討伐が容易くなるのに、その選択肢を捨てて歯向かってくるとなれば魔王軍に要らぬ犠牲を払うことになってしまう。人類に宣戦布告した初陣で大きな損害を出すことは出来ない。


 どうにか状況を打破しなければいけないと対策に頭を捻るミリアの元にアデルから声が届いた。


「ミリア、戦場にいる魔王軍に後退の指示を出せ」


「後退ですか?」


「そうだ。これから指示する場所に後退させた後、飛空艇からの一斉放射で地上を焼

く」


「一網打尽にするというわけですね!」


「ああ。それに気付いていると思うが戦場を狂気が支配した。このままではこちらにも被害が出る。どうやら既にリンドウたち決起軍の面々に影響が見受けられるから急いでくれ。準備できた次第の指示はお前に一任する」


「わかりました!」


 アデルとの会話が切れ、ミリアは主の命に従ってクルーに指示を出す。


「各軍に後退の指示と座標を送りなさい!」


 ミリアの指示に従って管制部のクルーたちが一斉に動き出す。


「全砲門を展開。魔力エネルギー充填! 後退が済み次第、発射します!」


 火器の統制を任されたクルーたちも一斉に動き出す。ブリッジに限らず、艦内が慌ただしく動き出す。クルー不足の為に一人が何役も担う状況だが、それでもミス一つなく指示を熟す辺りクルーの優秀さが分かる。


「ミリア様! 全軍、指定座標までの後退を確認しました!」


「ミリア様! 全砲門の展開を完了! 魔力エネルギー充填百%! いつでも行けます!」


 クルーからの報告にミリアは頷き、視線を前方に広がる戦場に向けた。腕を前方に振り下ろし、指先まで意識を集中させた。


「全砲門、掃射‼」


 巨大飛空艇から魔力のエネルギー弾が一斉掃射された。

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魔王の軌跡 雨音雪兎 @snowrabbit

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