第28話 『アデルの思惑』
ベヨネッタが客人として魔王城に招待されて三日後、念願の城主であるアデルとの邂逅を果たす。切羽詰まった人間の来訪者。それも協力を承認しない限り素性を明かさないことを前提とした無謀な交渉術を彼女は選んだ。それはニールセンを救いたい気持ちよりも自分の命を優先してしまった結果だ。
発言してすぐにベヨネッタは酷く後悔した。命の恩人のピンチよりも自身を優先したことに自己嫌悪を覚えたからだ。
唯一の救いはアデルの懐の広さである。こちらの素性を明かさずとも協力することを快く商人してくれたおかげでニールセンを救える可能性が出てきた。それは安堵感となって張り詰めていた緊張の糸を容易く切り、意識を奪い取った。
「どうやら相当に気を張っていたようだな。ミリア、ジルを呼んでくれ」
空になったカップの片づけをしていたミリアがジルを呼びに部屋を後にする。その間にアデルはベヨネッタを持ち上げてソファーに寝かせた。
「ですが安請け合いしてよろしかったのですか?」
交渉の場にもいたイーヴァルは熟考する間もなく協力を承諾したことに疑問を覚えた。先日のウルシュグランとの戦いで人間との共闘を極力避けるように言いつけられている。アデルは例外があると主張はしていたが、神の代行者たる存在からの言いつけとなればそちらを優先しなければならない。
「魔王城の近辺で兵士が徘徊しているとなれば目的を知っておく必要があると思ってな」
エピス山の一件で魔王の復活は帝国に知られた。そして浮上した情報は瞬く間に波紋していく。真偽を確かめるべくどこかの国が兵士を派遣したとなれば遠くない日に軍隊が進軍してきてもおかしくない状況下にある。情勢から魔王を気にかける余裕はないとは思うが、仮にも大軍で攻められては魔王城の陥落は免れない。城の主で魔族の王であるアデルにとって最悪の事態は避けたい狙いがあった。
「ここはどの国にも属さない無領域地帯ですからこの目で拝むまでは特定できませんね」
無領域地帯は様々な理由から見捨てられた土地のことである。国を挙げての大量虐殺や村の焼き討ちなど世間的に公表できない事件を隠蔽する為だけに放棄された土地で、どの国でも後ろめたい歴史を持つことから暗黙のルールが敷かれている。魔王城の建造地として選ばれたのも人間のルールなど関係ない存在であることを明確に示すためだ。
そんな曰く付きの土地にどこかの国が兵士を派遣した。
「気になるだろ?」
先程までの疑問は消えたイーヴァルは頷いた。
「彼女には悪いが、この状況を利用して探りを入れる」
ベヨネッタに視線を落として目蓋を閉じ、心の内で謝罪する。
「ですが、それだけはありませんよね?」
「くく、なかなかに鋭いな」
アデルの思惑が別にもあるのではないかとイーヴァルは考えていた。ただでさえ世界情勢が戦争まっしぐらの最中に無領域地帯に足を踏み入れることは新たな火種を着火させることになる程に危険な行為だ。それを女二人に発見されただけで行動に移したことがアデルは解せなかった。普通なら口止めしようと動いたと考えられるが、それ以前にベヨネッタたちは兵士たちの存在を口が裂けても言えない。
何故なら彼女たち自身もまた無領域地帯に足を踏み込んでいるから。その事を報告したところでベヨネッタたちの首が落とされて真実は闇の中に消えていく。それが暗黙の了解と呼ばれる由縁だ。
ならばどうしてベヨネッタたちを追いかけたのか?
「つまり彼女の先生が初めから目的だったと?」
「それは分からないが……」
過去の歴史が語るように魔女という存在は秘密兵器ともなり得る強力な存在だ。人類繁栄システムたる魔王の影響が薄れつつある現代において人間同士の覇権争いに魔女の力を着眼することは容易に理解できた。それが危険な策であることも承知をした上で、現代の人間は勝利を望む傾向にあるのかもしれない。
「それとは別にして魔法を独自の技術に発展させた魔女にも興味がある」
その過程に多くの犠牲者を出していることに興味はない。大事にしても小事にしても人生というのは犠牲の上で成り立つ。この世界はそのように出来ている。大切なのは犠牲の先に成長を得られているかである。
間もなくしてジルを引き連れてミリアが戻ってきた。
「来たぞ、アデル。俺に何用か?」
「すまないが彼女を部屋まで運んでやってくれ。まだ子供とはいえ女の子。俺やイーヴァルが運ぶのは憚れるのでな」
「それならミリアかユミルに任せればよかろう」
わざわざ自分が選ばれたことがお気に召さないようだ。
「二人には他に頼みたいことがあるのさ。頼まれてくれるな?」
ジルは小さく溜め息を漏らすも、アデルの考えを汲み取り、女の子を背に乗せて部屋を後にした。
その後ろ姿を見送ったアデルたちは本題に移る。
「アデル様、自分とユミルさんに頼みたいこととは?」
「この付近に人が潜伏できそうな場所がないかを探してほしい」
ユミルが使役する魔獣による偵察とミリアの補助魔法をかけ合わせることで効率を向上させる。ニールセンの安否も兵士たちの目的に探りを入れるにしてもまずは所在を発見する必要があった。
「わかりました。では早速、取り掛かります」
両手を太股下で重ねるように合わせてお辞儀をしたミリアは部屋を後にした。
「見つかりますかね?」
「兵士の数次第といったところか」
大軍となれば拠点となる基地やキャンプ地が設営される。それは移動型ではなく固定型の拠点だろう。対して少数の部隊で活動しているとなれば移動の先々をキャンプ地とするのがセオリー。その違いだけで調査結果は大きく異なるだろう。
「どちらにしても今は待機だな」
「では英気を養っておくことにしましょう。どう転んでも人間との戦いになるでしょうから」
結果、魔女を救うことになったとしても暗躍する某国の兵士と剣を交える。そうな
れば切り込み隊長を務める自分の役目だと、イーヴァルは意気込む。
「期待しているぞ」
イーヴァルの意気込みを買う形でアデルは期待の声を贈るのだった。
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